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中二病の文化誌(7)「終わらない「センス競争」

「邪気眼」と並ぶ中二病の症状が「センス競争」である。
「センス競争」とは、「他人とは違うセンスの良い俺」をアピールすることによって差別化しようとする事をさす。

例えば、
EXILEやL'Arc~en~Cielを聞いている人に対して、「俺はそんな低俗なの聞かないぞ」と言ってRADWINPSや相対性理論を聞いていたり。
『ワンピース』や『NARTO』をバカにして『GANTZ』あたりを読んだり。
ハリウッドの超大作映画を否定してミニシアター映画を見に行ったり。

といった行動を他人にアピールする事、「他人とは違うセンス(ただし、客観的にはありふれたセンス)」をもって他人とは違うキャラづくりを行う事である。
だが、ここで、簡単に「センス競争ってイタいよね」とは言えない。
なぜなら、サブカルチャー(ここでは、クラシック以外の音楽、マンガ、アニメ以外の「ハイ・カルチャー」以外の文化全般を指す)とは、基本的には「他人との違うセンスでキャラづくりをしたい」という欲望をもった人々によって成り立っているからだ。誰もが、その「サブカル道」の入り口において、こうしたセンス競争的な欲望を元にサブカル道を突き進んだはずである。っていうか、それがなかったとは言わせない。

誰もが、隣でケータイ小説に熱狂している体育会系たちにいつか鉄槌を下すことを夢見ながら、分厚い外国文学全集やSFを読むことになる(もっとも、我々が夢見た「その日」はついに来ることはないのだが)。つまり、「センス競争のイタさ」を語るとき、その言葉はそのまま我々(っていっちゃうよ、もう)にブーメランのように跳ね返ってくる。
その意味で、センス競争のイタさとは、私自身のイタさなのだ。

一方で「センス競争」の始末が悪いのは、センス競争とは無限ループなのだ。
つまり、
「「「エグザイルに熱狂する人たちをバカにする中二病」を「みっともないなぁ」とバカにする高二病」を「どうでもいいことに熱狂してバカみたい」とバカにする大二病」(以下略)
と、いった具合に「センス競争」は無限にループし続ける。基本的にセンス競争における勝利を目指せば目指すほどあらゆるコンテンツを消費できなくなるのだ。
だから「センス競争」を気にしすぎるのはイタいのだ。

もう一つ、「センス競争」がイタいのは、なにより、「そのコンテンツを本当に好き/理解している」わけではない、という事だ。
つまり、「他人との差別化」だけを目的としてそのコンテンツを消費することが、「センス競争」が極めてイタい最大の理由である。ろくに読みもしない分厚い人文書を本棚に「置くだけ」で悦に入る「サブカル」はかなりイタいのだ(けど極めてありがちな光景ではある)。

ただし、これらの「センス競争」のイタさは「中二に良くありがちな事」として担保されている。
もちろん、「センス競争」の結果手に入れたコンテンツを後日、本当に好きになったり、ちゃんと理解できるのであればそれはそれで良い。
つまり、長年成長せずいつまでも「センス競争」をする事がもっともイタいんであって、「センス競争」自体は大して気にするものではない、というか、気にしすぎて「センス競争」ありきでコンテンツを消費する方がよほど「イタい」。

では、我々にとっての「成長」とはなんだろうか。

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