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「現実を変える力があるのは理想だけなんです」~「嫌われる勇気」の哲学者・岸見一郎さんに聞く

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子どもの教育に「叱ること」は必要ない

BLOGOS編集部

――上司・部下の関係だけでなく、親子関係においても、叱ったりほめたりするのは良くないことだと、アドラーは言っているようです。でも、「子どもをほめたり叱ったりするのが教育だ」と考えている人が多いのではないでしょうか?

たしかに「子どもを叱ることは、しつけに必要だ」と言う人は多いですが、アドラーは子どもの教育においても、叱ることやほめることを否定しています。その具体例として、私自身のエピソードを紹介しましょう。

私の息子が2歳のときの話です。ある日、息子がミルクの入ったマグカップを手に持って歩き出しました。まだ足腰がしっかりしていないので、次の瞬間に何が起こるかわかります。こういうとき、「ちゃんと座って飲みなさい!」と叱る親がいます。そして、もし子どもがミルクをこぼしたら、慌ててふいてしまう。でも、そうすることで、子どもが学ぶのは「無責任」です。つまり、自分が何をしても、親が自分の尻ぬぐいをしてくれるということを学んでしまうのです。

私の息子の場合はどうだったかというと、予想通り、ミルクを畳の上にこぼしてしまいました。ただ、私はすぐに畳をふくのではなく、子どもに「どうしたらいいか、知ってる?」とたずねました。質問に答えられなかったら、私は答えを教えるつもりだったのですが、息子は「知ってる」と言いました。「どうしようと思っているの?」と聞いたら、「雑巾でふく」と言いました。「じゃあ、雑巾でふいてくれますか」。私がそう言うと、息子は雑巾で畳をふいてくれました。そこで、私は「ありがとう」と言ったのです。

子どもがミルクをこぼしたのに、なぜ「ありがとう」と言うのか。そう思う人もいるかもしれませんが、これは、子どもが失敗の責任を取ってくれたことに対する「ありがとう」です。もし子どもが責任を取れなかったら、親が代わりに取らなければならない。でも、子どもがちゃんと自分で責任を取ったことに、親は「ありがとう」と言うのです。同時に「ありがとう」という言葉を伝えることで、子どもには、自分が役に立てたという「貢献感」を持ってほしいのです。

――それは「ほめる」のとは、違うわけですね?

違います。「ありがとう」という言葉は、対等な「横の関係」で使われる感謝の言葉です。それにより、子どもは自分が誰かの役に立てたという「貢献感」を持つことができ、自分に価値があると思うことができる。自分に価値があると思えた子どもは、対人関係の中に入っていく勇気を持つことができる。アドラーは、このことを「勇気づけ」という言葉で説明しています。

大事なポイントは、決して放任主義を勧めているわけではないということです。子どもには自分で責任を取ってほしいのです。子どもでも、自分がした失敗の責任はちゃんと取らないといけないのです。このあたり、アドラーは厳しい。だから、2歳の子どもにも、きちんと雑巾でふいてもらうのです。

さらにこの場面で、もし感情的に傷ついたとしたら、子どもに謝ってもらいます。ただ、ミルクをこぼしたからといって私は傷つかなかったので、謝る必要はありませんでした。

人が失敗したときの責任の取り方は、三つあります。一つ目は、可能な限りの原状回復。この場合でいうと、こぼれたミルクを雑巾でふくことです。二つ目は、感情的に傷ついた人がいれば謝ること。もう一つは何か、わかりますか?

――なんでしょうね・・・

失敗というのは、人が成長していくうえで大事なことです。子どもはもちろん、会社でも、部下が失敗したときにこそ、たくさんのことを学べます。でも、同じ失敗を二度、三度、繰り返すことは具合が悪い。そこで、失敗したときの責任の取り方の三番目は何かというと、それは、同じ失敗をしないための話し合いをすることなのです。

――なるほど。

私は2歳の息子にこう聞きました。「これからミルクを飲むとき、こぼさないためにはどうしたらいいと思う?」。もし答えられなかったら、答えを教えるつもりでした。でも、息子はちょっと考えてから言いました。「これからは座って飲む」。

――正解ですね。

私は「じゃあ、これからは座って飲んでね」と言いました。ここまでのプロセスをみてみると、私も息子も、まったく感情的になっていません。叱る必要なんて全くありません。叱らなくても、子どもは自分で責任をとり、失敗しないためにどうしたらいいかという話し合いをすることができる。

職場の上司と部下の関係もまったく一緒です。部下が失敗したとき、頭ごなしに叱りつけたって、何もいいことは起こらない。それどころか、部下から逆恨みされて、逆効果になるだけかもしれません。

「叱ることは子どものしつけに必要だ」と言っている親がいる限り、児童虐待はなくならないでしょう。それは、親が自分を正当化するための口実でしかありません。子どもが気に入らないことをして、親がカッとなったときに「これは教育なんだ。しつけなんだ」と言いたい親がいるだけなのです。言葉で叱責すること自体が虐待なんだということに、気づいてほしいと思います。

一度決めたことは最後までしなくてもいい

BLOGOS編集部

――「嫌われる勇気」を読んで、親子関係を「横の関係」にしていこうと考える人もいるでしょう。ただ、現在の日本の学校では、まだまだ「縦の関係」が重視されています。そうすると、家庭と学校で人間関係のあり方が違うので、子どもは混乱してしまうのではないでしょうか?

私には子どもが二人いますが、アドラーの思想にならって、家庭では完全に「横の関係」にしました。彼らが学校や職場に行くと、たしかに「縦の関係」ですが、そこで大きな混乱が生じたかというと、まったくないですね。どこか冷めているみたいです。感情的になって叱り飛ばす先生がいても、そんなことではびくともしない。自分を対等に見ている大人がいることを知っているからです。

――そうなんですね。

なかには「学校や職場は『縦の関係』だから、子どもは叱られることに慣れたほうがいい」と主張する人もいますが、「横の関係」を知っている人は、たとえ自分を下に置こうとする教師や上司がいても、まったく動じません。なぜ、この人はこういう態度に出るのかを知っているからです。それは、「劣等感の裏返し」なんだ、と分かっているのです。対等な「横の関係」で育ってきた人は、教師や上司に対してもきちんと言いますよ。「そんなふうに感情的にならずに、普通に話してもらっていいのですよ」と。

上司のほうは、それまで「縦の関係」が当たり前だったので、そういう若者と接すると非常に驚きます。でも、なかには「この部下に対しては虚勢を張らずに普通にしていてもいいんだな」と気づく上司もいます。そのほうが、背伸びしたり、自分を大きく見せたりしなくてもいいから楽だからです。そういうことに気づいた上司と部下は、対等な「横の関係」になることができます。さらに、その上司がほかの人との関係についても「横の関係」にしていくということはよくあります。

――「横の関係」を徹底して重視するアドラーの考え方に対しては、「理想主義にすぎないのではないか」という指摘もあるようですね。

実は、アドラーの考え方は全部理想なのだとも言えます。こうあるべきだ、かくあるべきだということを語っているわけですから。でも、現実を変える力があるのは、理想だけなのです。たとえば、この「嫌われる勇気」を読んで、対等な「横の関係」というものを築いていくべきだということに気づいた人は、現状の対人関係がそうではないとわかっても、そこにとどまることはないはずです。たった一人でも、できるところから変えていけばいい。そういう現実の行動につながっていくのが、アドラーの思想だと思います。

――最初に「嫌われる勇気」の読者は若い人が多いという話がありましたが、いま若者の間で問題になっているのが、いわゆる「ブラック企業」です。最近も、長時間労働などの末に自殺に追い込まれた電通の新人社員のニュースが、大きな話題を呼びました。会社で苦しんでいる若者は、どう考えればいいでしょうか?

まず、若い人には、自分が所属している共同体が唯一絶対ではないということを知ってほしい。受験や就職で順調にきた人は、壁に突き当たったときに「いまさらここで断念してはいけない」と思ってしまうことがあります。でも、我々は「生きるために働いている」のであって、「働くために生きている」わけではない。幸福に生きるために働いているのであって、その逆ではないということですが、そこが逆転してしまう人が多いですね。会社という共同体が唯一のものではないと気づいてほしいと思います。

もう一つは、一度決めたことは最後までしなくてもいいんだということですね。会社に入ってみたけど「ここは自分の居場所ではないな」と思ったとき、最初の決断を翻す勇気をもってほしい。日本人は一度決めたら最後までやり続けないといけないと思いがちです。哲学者の鶴見俊輔はそれを「サムライ的正義感」と呼びましたが、かつての戦争も、勝てないとわかっているのにやめられなかった。日本では「一度決めたら最後まで」というのが美徳とされていますが、それはウソなんだということを知ってほしい。

アドラーは、決断を覆すことの重要性も教えています。自分でいったん決めたことであっても、周囲の状況が変わったり、自分の判断が間違っていたと分かったりすれば、その決断を覆してもいいのです。それは勇気がいることですが、すごく大事なことだと思います。

――新卒で就職した若者にとっては、いったん入社した会社を離れるのは大きな決断でしょうね。

ある時、私のところにカウンセリングにやってきた若者がいました。彼は4月に東京の一流企業に就職したのですが、5月にやめたのだそうです。「なぜやめたのか」と聞いたら、理由が二つありました。一つは、飛び込み営業を命じられたけど、うまくできなかった、と。一流大学卒で、それまでの人生ではつまずいたことがなかったので、初めての挫折だったのです。

もう一つは、先輩や上司を見ていて「自分もあんなふうになるのか」と幻滅してしまったのだ、と。少しも幸せそうではないと感じたのだそうです。世間でどんなに一流企業と言われていても、自分の人生をふいにしてはいけないと思って、入社1カ月でやめてしまったのです。

こういう若者に対して、多くの大人は飽きっぽいとか、意志が弱いとか言うでしょう。でも、私は決断力があると思うのです。もちろん、ケースによっては、ただ嫌なことから逃げているだけという場合もあるかもしれません。でも、いまの多くの若い人たちはまじめすぎて、それが電通で起きたような悲劇につながっているのではないでしょうか。だから、「ここにいてはダメだ」と思ったときに、自分からやめられる決断力を若い人には身につけてほしいと思います。

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