記事

「あんた、生きてんのか死んでんのか、わかんねえよ」──社会的にそう感じている人はたくさんいる。──羽田圭介(1)|作家と90分|瀧井 朝世

1/2
画像を見る 羽田圭介(はだ・けいすけ)
1985年、東京都生まれ。明治大学卒業。2003年、「黒冷水」で第40回文藝賞を受賞してデビュー。2015年、「スクラップ・アンド・ビルド」で第153回芥川龍之介賞を受賞。著書に『不思議の国のペニス』『走ル』『ミート・ザ・ビート』『御不浄バトル』『「ワタクシハ」』『隠し事』『盗まれた顔』『メタモルフォシス』などがある。

ゾンビ映画を1日1本観続けて感じた閉鎖的な感覚。それは純文学の世界と似ていた。

――芥川賞受賞から1年と少し。そろそろ新作が読みたいなと思っていたら、どーんと出たのが実に750枚の大作『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』(2016年講談社刊)。とてもいいタイミングで刊行されたなと思いましたが、書き始めたのは受賞よりもっと前ですよね。

羽田 そうです。書き始めたのは3年半前くらいからですね。その頃は新刊を出してもどこの書店にも置いてもらえず、何をやっても何のリアクションもないという状態で。その時に、もう映像化とか賞とかは関係なしに自活していく作品として何か書こうと思って、ちょっとエンタメ要素のある小説を書くことにしたんです。

――というわけで、ゾンビサバイバル小説となったわけですか。

羽田 そうですね。当時は外に出る仕事も少なかったので、自宅でずっと本業の仕事をしていたんです。自分で気分転換をしなくてはいけないので、自炊したり、自宅のプロジェクターで映画をたくさん鑑賞していたんです。だいたい1日1本観ていて、その時にゾンビ映画をたくさん観ました。昔からよく観ていたのでもう一度見返したり、2000年代に作られた新しいゾンビ映画を観たりしていると、全部が面白いわけではなく、つまらないものも多かったんですね。なんでそんなにつまらないのかというと、ゾンビに噛まれたらゾンビになるというお約束を、何も考えずに設定として使っているんです。無自覚に先行作品の真似をしているものが多くて、それはとても閉鎖的だなと思ったんです。そんなことをしていたらゾンビ映画に興味がない人は、そこからもう先は観なくなるだろうと思いました。

 その感覚が何かに似ているなと思ったら、自分が日ごろどっぷり浸かっている純文学と似ているんですよ。自分もプロとして十数年やっているうちに文芸誌の評論家に受けるとか、同業者の小説家から認められるような作品を書きがちになってきたなと感じていました。だから昔より文芸誌の批評でコテンパンにやられることはなくなったんですが、でも当時自分が出した本の中で一番売れていたのが、高校生の素人だった自分が書いたデビュー作の『黒冷水』(03年刊/のち河出文庫)なんですよ。日頃あまり本を読まない友人たちも、僕が出した本の中でどれが一番面白いかといったら、『黒冷水』だと言う人が多い。一般の人にとっては、素人であった自分が書いたものが一番面白いんですよ。自分はデビューしてから、プロになったからにはスキルを上げなくてはと思っていろいろ勉強したので、その後に書いたもののほうが洗練されているはずなのに。つまり何かを洗練させていくと、外側にいる人からは理解されなくなる可能性をはらんでいるんです。これは純文学だけではなくて、ありとあらゆる業界にもあてはまるだろうと思いました。それを、ゾンビ映画に組み込んで書こうとしたんです。

 作中で作家に「あんた、生きてんのか死んでんのか、わかんねえよ」という言葉も出てきますが、作家に限らず社会的にそう感じている人はたくさんいる。自分だって芥川賞を受賞した小説はたくさん売れましたが、それ以前は単に後ろにいる出版社に生かされていたんだなと思うし。

――最初から大作にするつもりだったんですか。ご自身の作品の中で一番長いですよね。

羽田 長篇を書くつもりでしたね。イメージとしては吉村萬壱さんの『バースト・ゾーン』。SFの設定で、第一部が国内、第二部が大陸、第三部がまた国内に戻る構成で。それに加え椎名誠さんの『アド・バード』のような、異常世界の壮大な話にしようとは思っていました。

都合の悪いことって見て見ぬふりをしたい。恐怖を感じても、ニヤニヤしてなかったことにしたがる。

――突然、渋谷の街にゾンビが出現。最初はみんなニヤニヤ笑って見ているだけですが、まさに噛まれるとゾンビになるため、だんだんゾンビの数が増えて全国にパニックが広がっていく。最初はみんなさほど深刻でなさそうなところがリアルでしたね。

羽田 都合の悪いことって見て見ぬふりをしたいんですよね。恐怖を感じても、ニヤニヤすることで恐怖をなかったことにしたいという。人口の9割5分以上がまだ人間ということにして、そういう時に日本人がどう振る舞うのかをリアリズム小説として書いていきました。

――主要人物が6人ほどいて、群像劇となっていますね。そのなかに作家や編集者もいるので、出版業界の内実や、羽田さんご自身の本音だろうと思われる言葉が詰まっていて、何度も噴き出しました。これ絶対にあの人のこと書いているよな、とか分かるし(笑)。作家を書くというのは自然な流れだったんですね。

羽田 僕はわりとその必要性もないのに小説家を小説に登場させるのには抵抗があったほうなんですよ。小説家が出てくるものを読んでいて、その世界観を表すのに小説家がいなくてもいいんじゃないかと思ったことが結構あったから。でも今回は、洗練させることと他者に理解されなくなっていくこと、それと日本人同士のコンテクスト、つまり文脈を読んで通じ合う行為は排他的になるのではないか、テキストを自分の解釈したいようにしか解釈しなくなっているのではないかという、まさに文章という小説家と切っても切り離せないものを書くので、小説家を登場させるしかないなと思いました。自分に禁止していたことをはじめて解禁しました。

――主要人物に、デビューした頃はよかったけれど10年目の今は極貧になっている作家、Kがいますよね。彼だけ名前がアルファベットです。Kは圭介のKで、羽田さんがモデルだと思う読者は多いのでは。

羽田 そう思われるように、という感じですけれどね。あとはあまりベラベラ喋れないんですけれど、夏目漱石の『こころ』の友人Kみたいな感じがありますね。

――ほう。そういえば夏目漱石や中上健次といった過去の作家たちもゾンビになって甦ってきますね。

羽田 それは日本の近現代文学の始まりのあたりにいる作家たちがほとんどのことをやっちゃって、その後で今、自分たちが小説を書いている意味を考える、ということで登場させました。

画像を見る
瀧井朝世

――なるほど。主要人物の話に戻りますと、自分が納得する作品にこだわって非常に寡作な作家、桃咲カヲルも登場します。

羽田 そっちもわりと自分を投影しているんです。彼女の場合はデビューして10年経っても、理想が高すぎるからほとんど作品を出していない。僕もそれに近いと思います。デビュー年数以上の本を書いていないですし。あと、本当に思っているのは、小説に対して真摯な態度をとるんだったら、ちゃんと勉強するだろうし、謙虚になって書けなくなるんじゃないか、ということです。

 勉強すればするほど、自分が書く意味があるのかって思うものだと思うんですよ。不勉強な人ほど何も知らないので、半世紀以上前にやられていることも知らずに新しいことをやっているつもりで書いちゃったりしている。勉強するとそういうことができなくて、謙虚になっていく。自分が書かなくてもいいんじゃないかという気も生まれる。少なくとも僕はわりと数年前の時期にそういう気持ちがありました。

人口の99%には馴染みのない出版界を覗き見る感覚を出すようにした。

――では作家志望の南雲晶という青年についてはどうですか。

羽田 あれは別にそんなに自分は投影されていませんね。彼の場合はあまり本を読みなれていない人にとっても読みやすくなるように、ゾンビ映画のお約束を踏んでいくような人物として書きました。

――確かに彼は逃れて逃れて、逃れた先にもまだゾンビがいて…という道を辿りますね。一方、編集者の須賀という人物も出てきますね。作家に対する編集者の本音とか、文学賞のパーティでの様子などは意地悪なくらいリアルでしたね(笑)。

羽田 やっぱり小説家である自分を批判する目線は当然必要だと思いました。自分や自分たち小説家を外から見る目線みたいなものです。この小説の前半部分は、人口の99%以上の人にしたら馴染みのない出版界の内実を覗き見ている感覚を出すようにしました。それが面白さにつながると思いましたし。

――いや本当に、これはあの人のことだろう、とか、ああ、本当にこういうことあるよね、といったことが沢山あって。また、出版界とは関係のない人物も主要人物にいます。区の福祉事務所に勤める公務員の新垣はものすごい働きを見せますね。

羽田 出版とは全然関係ない人間も出すつもりでした。それ以前から、これとは別に、生活保護の不正受給の小説を書こうとしていて資料がたくさんあったので、どうせなら日本的なメンタリティを体現する役人たちがどう立ち振る舞うかを書いて風刺になればいいなと考えました。

――この本でもゾンビに噛まれるとゾンビになる、というお約束を踏んでいますが、噛まれてしまったのになかなか変化の兆しが見えない女子高生の青崎希も重要な存在ですね。

羽田 新しめのゾンビ映画でたまにそういう人物が出てきて、僕はそういう人物が出てくると冷めるんです。でも、どういう人がゾンビになって、どういう人がゾンビにならないのか、最後にいきなり答え合わせをするのではなく、中盤から彼女を登場させて、なんとなく理由が分かるようにしたほうがいいと思っていました。

画像を見る

――小説全体の作りとしては、前半は出版社のあるある話をつめこみつつ、主要人物たちのプロフィールやそれぞれの状況を明確にさせ、後半は北海道、冨士霊園、隔離地域という3か所での話がスピーディに進み盛り上がっていく。

羽田 だんだんフィクションの濃度を上げていくことは意識しました。最初はわりとリアルな状況で、そこにトンデモ設定をどんどんつけていきました。それと、海外ドラマの「ロスト」のイメージもありましたね。無人島に行ったらなぜか地下室があったりする、あの感じです(笑)。北海道はバイクツーリングでよく行っていましたが、冨士霊園は電車で取材に行きました。小説家の墓がたくさんある場所がいいなと思ったんです。

――ちなみに噛まれるとゾンビになる、というお約束をあえて出している点もそうですが、タイトルもまさにお約束ですよね。作中でもKが「なんにでも『~オブ・ザ・デッド』の冠をつけ商品として流通させ実際にそれらが受け入れられてしまうという従順性もある一方で…」と語る場面があります。批判性を感じますが。

羽田 そうですね。やるならそうやって自覚的に謙虚にやろうよ、という感じです。まあ小説を書いている時点で結構厚かましいとは思うんですけれど、自分がやっていること、やろうとしていることに対して、もっと考えてやろう、という。

あわせて読みたい

「羽田圭介」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    橋下氏 コロナめぐり識者に苦言

    橋下徹

  2. 2

    安全無視? 日本の危機管理に呆れ

    ESQ

  3. 3

    クルーズ船で横浜の飲食店が悲鳴

    田中龍作

  4. 4

    3日で5倍 韓国のコロナ感染急増

    木走正水(きばしりまさみず)

  5. 5

    告発した岩田医師の行動は成功

    中村ゆきつぐ

  6. 6

    横浜発の世界一周クルーズ出港へ

    WEDGE Infinity

  7. 7

    夫の性犯罪発覚で妻が味わう屈辱

    幻冬舎plus

  8. 8

    「殺してやる」辻元議員に脅迫文

    辻元清美

  9. 9

    新型コロナが芸能界に落とす影

    渡邉裕二

  10. 10

    新型コロナ感染拡大にWHOが警告

    ロイター

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。