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不当長期刑のドラッグディーラー1,300人を恩赦~法の不平等を正す~

■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■

 先週の金曜日。オバマ大統領は冬の休暇で故郷ハワイに赴く前に、153人の刑務所収監者に恩赦/減刑を与えた。これで累計1,324人となる。うち395人 は終身刑だった。すでに過去11人の大統領が与えた恩赦の合計数を上回っている。

 オバマ大統領の大量恩赦はアメリカが長年格闘してきた「ドラッグ戦争」に基ずく。ドラッグ戦争の「解決策」は大量の黒人を刑務所に閉じ込めることだったが、それは黒人社会を崩壊させこそすれ、何の解決にもならなかった。

 ベトナム戦争帰りの兵士が大量にドラッグ中毒となったことからニクソン大統領の時代からドラック対策が本格的になるが、決定打となったのは1986年にレーガン大統領が制定したADAA(アンチ・ドラッグ・アビューズ・アクト)と呼ばれる法だ。

 どれほど取り締まってもドラッグは無くならないどころか、1980年代に入るとクラックと呼ばれる安いコカインが大流行した。クラックを取り締まるため作られた非常に厳しい法律がADAA法だった。クラックは同じコカインであっても粉末に比べると甚大な害悪をもたらすとされ、クラック所持の刑罰は粉末コカインの100倍と定められた。クラック5グラムの所持で最短5年の刑となり、対して粉末コカインは500グラムの所持で同じく5年の刑。これが最短の刑期と定められ、判事たちはケースごとの判断や情状酌量を禁じられてしまったのだった。

 上記の説明から漏れているのは、粉末コカインの利用者は白人、クラックの利用者は黒人だったことだ。

 以後、刑務所の収監人口は爆発的に増えていく。以下は全米の刑務所/留置所の収監人数の合計。現在は230万人を超えており、アメリカは世界最大の刑務所王国となっている。ドラッグにまつわる受刑者は5人に1人。

1970年 - 357,292人
1980年 - 513,900人
1986年 - ADAA法施行
1990年 - 1,179,200人
2000年 - 2,015,300人


 現在、黒人の全米人口比は13%だが、刑務所人口の実に40%を占めている。男性に限ると黒人の3人に1人は生涯のうちどこかで刑務所に入り、白人は17人に1人の計算になるとされている。

 なぜ、それほど多くの黒人がドラッグ密売をするかと言えば、黒人社会に貧困と犯罪の無限ループがあるからだ。まず、職がない。就職できない理由は人種による雇用差別ももちろんあるが、教育(学歴)の欠如が大きく作用している。なぜ教育を受け損ねるかというと、貧困地区に生まれ、勉強をしようにも出来ない環境に育つからだ。加えて子どもの頃から親も含めて周囲の若者や大人に犯罪に手を染めている者が多く、感覚がマヒしていく。やがて自身も落ちこぼれると、高校中退の黒人男子に就職などあるはずもなく、結果的に犯罪に走ることとなる。そうした若者がやがて子を作り……貧困と犯罪の再生産である。


オバマ大統領から恩赦/減刑の受刑者に宛てた手紙。
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「民主主義では人は間違いを犯した後もセカンドチャンスに価します」「元犯罪者を疑うたくさんの人々と出逢うでしょう」「しかし、あなたは正しい選択ができることを忘れないでください。そうすれば、あなた自身だけでなく、親しい人々の人生にも良い影響を与えます」「懐疑的な人々が間違っているとあなたが証明できることを私は信じています。グッドラック、成功を。バラク・オバマ」


 オバマ大統領は2010年にADAA法のクラックと粉末コカインの刑罰比率100:1 を18:1に縮小する法にサインした。本来は1:1とするはずが、反対派との妥協により18:1となった。今ではクラック・コカインと粉末コカインの身体への影響に差は無いことが定説となっている。

 以後、オバマ大統領はADAA法によって不当に長期の刑を受けた非暴力犯の恩赦と刑期短縮を行っていく。対象の圧倒的多数はドラッグの所持、運搬、密売を行った者。2015年には現役大統領として初めて連邦刑務所を訪れ、6人の受刑者と膝を突き合わせて語り合った。

 この時、オバマ大統領は「運が悪ければ自分もここにいたかもしれない」と考えたのではないだろうか。ニューヨーク州はADAA法制定前の1973年に独自の悪名高いロッカフェラー法を施行している。4オンス(113g)のドラッグ所持で最短15年から終身刑と定められ、当初はマリファナも含まれていた。オバマ大統領は1980年代にコロンビア大生としてニューヨークに暮しており、若い時期のマリファナ使用を認めている。ジェイ・Zもロッカフェラー法については度々語っており、もしドラッグディーラー時代に逮捕されていれば、今のジェイ・Zは存在し得なかった。(ロッカフェラー法は2004年、2009年に緩められている)

 いったん有罪になると、刑期を満了して出所しても就職、進学、住居賃貸、福祉の受給が難しくなる。州によっては選挙権も永久剥奪となる。また、大量の男性が刑務所にいることから黒人地区では男女の人口比が極端に傾き、女性はパートナーを見つけることが困難だ。すでに子どもがいる場合は父親の支援が一切受けられないシングルマザーとなり、多くの子どもが父親を知らずに/会えずに、または刑務所での面会のみで育っている。

 2年前の夏に黒人少年マイケル・ブラウンが白人警官に射殺されたことから暴動となったミズーリ州ファーガソンは警察から住人へのハラスメントが常態化、男性の収監率も異様に高く、黒人女性100人に対する黒人男性の比率は60人となっている。これでは地域社会がまとも機能するはずはなく、暴動は長年積もった住人のフラストレーションがマイケルの死によって爆発したのものだと言えるだろう。

 ニューヨーク市の黒人男性比率はファーガソンに比べると高いが、市の人口は全米最大の850万人。ここに生まれ、もしくは暮していた黒人男性のうち118,000人が刑務所収監か、または若い時期の死により社会から「消えている」。全米のあちこちに、こうした黒人男性のいない黒人地区が散らばっている。これほど大量の黒人男性が社会から消え、復帰後も社会構成員として機能できない仕組みが社会全体、国全体にマイナスの影響を与えないはずはない。また、大量の長期刑はひたすらに税金の支出となる。(アメリカでは刑務所の民営化が進んでいるが、ここでは割愛する)


以下はオバマ大統領による減刑例の一部。

●カーティス・ビーズリー(サウスカロライナ州)
5g以上50g以下のクラック・コカインを密売目的で所持することを謀略、5g以上50g以下のクラック・コカインを密売目的で所持。
2004年に量刑宣告:懲役34年+保護観察8年
減刑:2017年3月に釈放予定

●リサ・ウッズ・ボール(ヴァージニア州)
50g以上のメタンフェタミン(クリスタルメス)密売を謀略。
2009年に量刑宣告:懲役20年+保護観察10年
減刑:懲役15年8ヶ月に短縮

●トーマス・ブラウン(フロリダ州)
密売目的により少なくとも5kgのコカインを所持。
1989年に量刑宣告:終身刑
減刑:2017年11月に釈放予定

●ドゥエイン・ダンパー(ミシシッピ州)
クラック・コカインを販売目的で所持。
1999年に量刑宣告:懲役30年+保護観察8年+罰金$4,500
減刑:2017年3月に釈放予定


 オバマ大統領は来年1月20日に退任するまで恩赦・減刑を続けると言う。申請は3万人を越えており、4,000人の弁護士がボランティアで審査を行っているが、全ての審査は果たして間に合うのか。トランプが恩赦を行う気配は今のところ無い。オバマ大統領と数多くの「法の犠牲者」は今、残り少なくなった時間と闘っている。

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