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韓国という「国のかたち」――朴槿恵大統領の弾劾というケース / 浅羽祐樹

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なぜ朴大統領は弾劾訴追されたのか

朴槿恵大統領の弾劾には、韓国という「国のかたち」、憲政秩序のありようが凝縮して表れている。朴槿恵や崔順実といった個人にだけ焦点を当てると、事の本質を捉え損ねてしまう。一般に、「そもそもどういう問題なのか」を正しく理解することが最も難しい。

2016年12月9日、韓国国会は野党3党が提出した朴大統領に対する弾劾訴追案を234対56という票差で可決した。与党セヌリ党からも62票以上の「造反」があったということで、弾劾訴追はそもそも党派対立の結果ではないことを意味している。

韓国憲法(「韓国WEB六法」では憲法、憲法裁判所法、公職選挙法などを日本語で読むことができる)は「大統領(など高位の公務員)がその職務執行において憲法や法律を違背したときには、国会は弾劾の訴追を議決することができる」(第65条第1項、括弧内は著者)と定めているが、朴槿恵大統領は崔順実らと共謀し職権乱用、強要、公務上機密漏洩など刑法上の罪を犯しただけでなく、国民主権(第1条)や代議制民主主義(第67条第1項)、職業公務員制(第7条)や公務員任命権(第78条)という憲政秩序の根幹を毀損したというのが、弾劾訴追の事由である。

そもそも、大統領制では、議会だけでなく執政長官も国民に直接選出され、それぞれの任期が固定されている。

朴大統領の任期は2018年2月24日24時までの5年間で、次期大統領選挙は元々17年12月20日に予定されていた。任期途中に国民は大統領(や議会)をリコール(解任要求)することはできないし、大統領も自らに対する信任を問う国民投票を行うことはできない。国会も大統領や内閣に対して不信任決議を可決し、総辞職に追い込むことはできない。首相や内閣の成立と存続の両方が議会に依存している議院内閣制とは制度設計が異なる。

代議制民主主義では、「本人(principle)」である国民は「代理人(agent)」である政治家に国政を委任し、一定の裁量を認めている反面、通常は選挙で、政策パフォーマンスを基にその責任を問う(待鳥聡史『代議制民主主義-「民意」と「政治家」を問い直す』中公新書, 2015年)。政治家が官僚にさらに委任する場合も、本来、「公務員は国民全体に対する奉仕者であり、国民に対して責任を負う」(憲法第7条第1項)という位置づけになっている。

韓国国民は朴槿恵を大統領に選出したが、その大統領が政策や人事など国政全般に一民間人を介入させることまで白紙委任したわけではない。「国政壟断」「憲政蹂躙」と現地で広く理解されているのはこのためである。

この委任(delegation)と責任(accountability)の連鎖を核心とする代議制民主主義の中で、重大な「代理人の逸脱(agency slack)」が起きたときには、「本人」はいつでも委任を撤回し、直ちに責任を追及することができるというのが、朴大統領に対する「即時退陣」要求である。任期途中で大統領が自ら辞任することは憲法で予定されていないが、世論調査でも、毎週末のろうそくデモでも、事実上の「リコール」が、大統領が辞任する時期を明言する代わりに与野党合意で選挙管理の暫定内閣を形成する「秩序ある退陣」(と朴による「4月退陣」表明)や「弾劾」を圧倒した。

言うなれば、「われら大韓国民」(憲法前文)という生身の主権者が直接現れ、憲法典の規定を超えて憲法体制を変化させる「憲法政治」という局面、「市民革命」前夜になっていた。

国会における大統領の弾劾訴追は、こうした中で、なんとか憲法典の規定に従って大統領を公職から排除しようとしたものである。

大統領制では2人の代理人がいるが、そのひとり(大統領)が委任と責任の連鎖という代議制民主主義の根幹を毀損したとき、もうひとり(国会)がその事実を認定し、憲法裁判所の審判に罷免するかの最終決定を委ねることで憲政秩序を回復しようとするのが、この制度の趣旨である。弾劾訴追後も、憲法裁判所による決定を待たずに「即時退陣」を求める世論が圧倒的多数で、韓国政治が憲法の枠内で展開するか、今後も予断を許さない。

つまり、「憲法政治(constitutional politics)」と「通常政治(normal politics)」(Bruce Ackerman)のせめぎ合いはまだ完全には収束していない、ということである。

憲法裁判所は国民の期待どおりに「罷免」するか

韓国憲法では、国会による弾劾訴追を受けて、最終的に罷免するかを審判するのは憲法裁判所である。

憲法裁判所は、民主化・憲法改正の結果、現行の1987年憲法で法院(裁判所)とは別に新設された機関で、弾劾の他にも、法律の合憲性、政党解散、国家(地方)機関間の権限争議、憲法訴願の審査を専管している。任期は6年、9名の裁判官で構成されていて、大統領、国会、大法院長(最高裁判所長官)が3名ずつ選出する。その所長や大法院長は大統領が国会の同意を得て任命するため、憲法裁判所はそもそも大統領の意向が反映されやすい構成になっている。

一体、「即時退陣」や「罷免」を求める圧倒的な「民意」を前に、国民に直接選出されていない憲法裁判所はどのような基準や論理に基づいて行動を選択するだろうか。

盧武鉉大統領のケース(事例/判例)が唯一のレファレンスである。

2004年、盧大統領は総選挙を前に与党ウリ党への支持を呼びかけたが、公務員の「政治的中立」(公職選挙法第9条)義務違反として中央選挙管理委員会から警告を受け、それが国会における弾劾訴追事由になった。憲法裁判所は法令違反であることを認めたものの、憲政秩序を回復するためには罷免するしかないというほど重大ではないとして棄却した(憲法裁判所「2004憲ナ1」2004年5月14日)。

この「重大性」が今回、朴槿恵大統領のケースに対する法理判断の基準になり、当然、ケースどうしも比較衡量される。

当時の憲法裁判所法では、弾劾審判に限って裁判官一人ひとりの個別意見は公開されなかったが、金栄一、権誠、李相京の3名の裁判官は罷免に値するという「認容」だったことがのちに明らかになっている(李範俊(在日コリアン弁護士協会訳)『憲法裁判所 韓国現代史を語る』日本加除出版, 2012年, 317-321頁)。金栄一は金大中大統領が任命した大法院長による選出、権誠と李相京は国会選出だが、弾劾訴追を推進したハンナラ党と民主党(金大中大統領の与党で、盧武鉉もその公認候補として大統領に当選したが、のちに離党しウリ党を結成した)がそれぞれ推薦した。

この規定は05年に改正され、現在は、弾劾も含めて、憲法裁判所による審判は全て、法廷意見だけでなく個別意見も公開される(個別意見の重要さについては、大林啓吾・見平典編『最高裁の少数意見』成文堂, 2016年に詳しい)。

現在の憲法裁判所の構成は、大統領選出3名分は所長も含めて全員、朴大統領の就任直後に人事が行われた。大法院長3名分のうち2名は李明博大統領が任命した大法院長による選出で、残りの1名は盧武鉉大統領が任命した大法院長による選出である。国会選出3名分は李政権の末期に人選され、慣例で与党1名、野党1名、与野党合意で1名、それぞれ推薦された。

今回、弾劾審判の主審裁判官を務めるのは、与野党合意の国会枠で選出された姜日源裁判官である。選出母体や過去の判例動向から、野党選出で、統合進歩党の解散審判で唯一「反対」の個別意見(憲法裁判所「2013憲タ1」2014年12月19日)を表した金二洙裁判官以外は保守的とされる。

憲法裁判所の構成に関する変数は、朴漢徹所長と李貞美裁判官(大法院長選出)の2名がそれぞれ2017年1月31日と3月13日に相次いで退任することである。

罷免を決定するには6名の裁判官の同意が必要で、そもそも審判は7名の裁判官が出席しないと成立しない。特に問題になるのが所長の後任であるが、大統領権限代行に就いた黄教安国務総理(首相)が人事権を行使することは憲法上認められているのか、また政治的にも野党が過半数を占める国会は同意するのか、未知数である。

罷免であれ棄却であれ、憲法裁判所による弾劾審判の決定が下る時期も重要である。罷免ならば、「60日以内」(憲法第68条第2項)に大統領選挙になるし、棄却ならば朴槿恵大統領は直ちに職務に復帰し、大統領選挙は当初どおり2017年12月20日に行われる。

大統領選挙の日程によって各候補者の競争条件が左右されるため、一部で「迅速な審判」を求める声が出るのもある意味当然である。憲法裁判所の審判は「180日以内」(憲法裁判所法第38条)とされているが、67日間で決着がついた盧武鉉のケースとは異なり、朴槿恵大統領は法理だけでなく事実関係についても全面的に争う構えを示している。

他方、朴大統領の刑事上の容疑に対する特別検察官による取り調べは同年2月28日まで行われることになっているが(一度だけ3月30日まで延長できるが、大統領権限代行による裁可が必要)、その後、李貞美裁判官の退任(3月13日)、朴自身も表明していた退陣時期(4月)と続くため、この間が審判の決定が出るタイミングとしてフォーカルポイント(期待が収斂する点)になることは確実である。

決定の内容については予断を許さないが、「憲政秩序を回復するためには罷免するしかないほどの重大な法令違反があったか」という法理判断以上に、憲法裁判所は「民意」に敏感にならざるをえない。

そもそも、韓国に限らず、司法は違憲審査にあたって、法律を違憲・無効にした場合、議会がそのとおり法改正を行うかどうか、さらには有権者が議会と司法のそれぞれをどのように評価するのかを「読み込んだ」上で、そもそも違憲にするかどうかを選択しているというのが、「司法政治論(judicial politics)」の視点である(たとえば、Georg Vanberg, The Politics of Judicial Review in Germany, Cambridge University Press, 2009)。そこでは、議会だけでなく司法も、中位有権者の動向によって行動選択が左右されるという知見が示されている。

韓国の憲法裁判所も例外ではなく、その積極的な違憲審査は概して、「民意」に沿ったものであると評価されているし(たとえば、車東昱「空間分析モデルを通じてみた憲法裁判所の戦略的判決過程」『韓国政治学会年報』第40集第5号(2006年12月), 111-137頁)、憲法裁判所自身も「常に国民の側に立」ってきたことを自負している(憲法裁判所ウェブページ「憲法裁判所長の挨拶」)。日本の最高裁判所とは異なり国民審査もなく、憲法裁判所にとって民主的正統性はより切実である(棚瀬孝雄『司法の国民的基盤-日米の司法政治と司法理論』日本評論社, 2009年)。

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