記事

【読書感想】棋士の一分 将棋界が変わるには

2/2

 この新書で、橋本さんは、「コンピュータ将棋と人間の棋士は、どういう関係であるべきか」についての考えを述べています。
 2012年、第1回の『電王戦』で、米長邦雄さん(当時の日本将棋連盟会長)がボンクラーズというソフトと対局した経緯について。

 結果からいえば、米長会長は完敗した。
 米長会長は2003年に現役棋士を引退していたので、プロ棋士がコンピュータ将棋に敗れた最初の対局には当たらない。だが、米長会長の知名度と永世棋聖という称号も得ているほどのキャリアを考えれば、将棋界全体にとっても大きなイメージダウンになったのは間違いない。
 このときから「コンピュータはすでに棋士より強くなっているのではないか?」という印象が世間一般でもたれるようになったともいえる。
 それとともに私が問いたいのは、どうして米長会長がこの対局を決めて、自分自身が出て行ったのかということだ。
 当時の状況や日本将棋連盟の実態を知る人であれば、それが米長会長の私利私欲が先行したものであったことを疑いはしないだろう。
 この対局が行われる20日ほど前の2011年12月27日に、米長会長名義で「お知らせ」という通達が出されている。そこにはコンピュータとプロの対局料が1000万円だと明記されており、そのうえでこう続けられていたのだ。
《コンピュータとの対局は今年が第一回。来年以降はプロ棋士もソフトも違う人が対局予定です。
 第一回は「米長を指名」という先方の希望がありましたので不肖米長が対局するものです。といっても対局料が1000万円というわけではありません》
 この通達を見たあと、私は一人で会長室へと乗り込んでいった。とても黙ってはいられなかったからだ。そこで私は「こうした高額の対局料が出るところに会長自身が出て行くのは道義に反する」と意見をぶつけた。
 それに対する米長会長の返答は「私が自分から出て行くと言ったわけではなく向こうの希望だ」「1000万円と書いた対局料にも細かい内訳があり、その全額を私が受け取るわけではない」というものだった。
「正確な金額の問題ではなく、こういう対局にあなたが出て行き、対局料を受け取ること自体がおかしい」と返しても、「それは自分の意志ではない」というところに戻されてしまい、話が先に進まない。


 僕が米長さんがこの対局について書かれた本も読んだので、米長さんがこの対局に大きなプレッシャーを感じ、ボンクラーズを研究して勝負に臨んだことも知っています。
 自分自身が出馬したことについては、「現役のプロ棋士がいきなり出ていって敗れたらダメージが大きいから、まずは引退した自分が」という思いもあったのでしょう。
 でも、こうしてプロ棋士のひとりである橋本さんからみた、「第1回電王戦」は、必ずしも納得がいくものではなかったのです。
 現役は引退しているとはいっても、ネームバリューがある米長さんがコンピュータと戦い、敗れたときの世間に与えるインパクトは、確かに大きかった。
 これが引退したプロ野球選手とかなら、「まあ、年齢を考えると、しょうがないよね」とみんな思うのでしょうけど、「加齢にともなって将棋の強さを維持するのは難しくなる」というのは、将棋ファンでなければ、実感しにくいと思われます。
 そして、「偉い人が、高額報酬の仕事を地位を利用して自分のものにしてしまった」と、同業者として不満なのも、理解はできるのです。


 のちに橋本さんにも「電王戦」への出場依頼があり、その時の対局料は「数百万円レベル」だったそうです。
 橋本さんは「コンピュータと真剣勝負をして負けたら、将棋界全体に迷惑をかけてしまうから」と、引き受けませんでした。
 ところが、第2回の電王戦で、トップ棋士のひとりである三浦弘行さんがコンピュータに敗れてしまってからは、「多くの棋士がコンピュータとの対局を望むようになった」のです。

 前回大会ほど大きな責任を背負う必要がなくなったのが理由の一つだ。
 それまではコンピュータと対局することが貧乏くじを引くのにも近かったのに、それが一転した。無論強いコンピュータと戦いたい、戦ってプロの矜持を示したいという棋士もいただろう。ただ、それ以上に、多額の対局料を受け取れるうえ、負けて失うものがなくなったというのが大きかった。最初に負けるのにくらべれば、はるかに責任は軽減するからだ。トップ棋士がコンピュータに負けるというのは、それくらい大きな事件だったのだ。


 そういうふうに考えると、三浦さんもちょっとかわいそうだよなあ、と思うし、棋士というのも人間で、お金は欲しいし、恥もかきたくないよね、と頷けるところはあるのです。


 橋本さんは「人間の棋士がコンピュータと対局するべきではない理由」について、こう仰っています。

 しかし、将棋というゲームがもつ可能性は無限ではなく有限である。ボードゲームである以上、真相・真理があるのは絶対だからだ。
 それでも、その有限を無限に見せることができる。それまで誰も考えつかなかったような一手を指すことなどがそうだ。苦労を重ねて定跡をつくり、試行錯誤によってそれを塗り替えていく。長い歴史の中でそうした繰り返しがありながらも結論が出ないからこそ奥が深いを感じる人がいて、ゲームの虜になるのだ。
 そこに計算機、コンピュータが入ってくれば、そうした魅力がなくなってしまいかねない。このままコンピュータが発達すれば、理論上最も正しいと考えられる定跡が、計算によって「正解」というかたちで示されることにもなるかもしれない。
 極端な話、すべての解析が果たされてしまえば、どんな局面においても悩むまでもなく最善手が示されることになる。人間同士で対局するなら、その手順をどこまで記憶しておけるかが問われるだけになる。
 お互いにそのすべてを記憶しているとすれば、先手になったほうが100%勝つことにもなりかねない。そうなれば、そのゲームに魅力があるかどうかというよりも、ゲームとして成立しなくなる。
 見る価値がなくなり、お金を取れるものでなくなれば、プロ棋士も存在できなくなるのは必然である。
 一度、対局禁止令を出したなら、そのままそれを貫いていればよかったのだ。プロ棋士とコンピュータ将棋が交わっていかなかったのであれば、コンピュータの世界で何が解析されようとも関係なかったはずである。

 いち将棋ファンである僕としては、その主張に頷けるところもあれば、そうでないところもあります。
 人間の棋士がいて、将棋ができるコンピュータがあれば、「どちらが強いのか」勝負させてみたい、というのは、あたりまえのことだと思うんですよね。
 いつかはコンピュータが勝つ勝負だ、ということはわかっていたとしても、両者の実力が拮抗しているなかで、人間側が立ち向かっていく姿には、ドラマがある。
 これまで、チェスをはじめとして、オセロ、バックギャモンなど、多くのボードゲームの名人がコンピュータと対戦して敗れ、ゲームそのものも解析されていきました。
 ボードゲームを好む人というのは、そのゲームの世界を解析することにも興味を持つタイプが多そうですし、コンピュータとの親和性も高いはず。
 もちろん、興行としての将棋は「コンピュータに人間が負けると困る」のかもしれないけれど、「どちらが強いのか知りたい」という興味は尽きることはないし、コンピュータと戦うことを拒否し続ける人間の棋士、という構図ができあがった場合、観客としては、そこに「神聖さ」よりも「逃げ腰な姿勢」しか感じないと思うのです。
 でも、そう考えていった場合、棋士という仕事は「斜陽産業」であることから逃れられないし、「強さ」だけでは食べていけなくなりそうです。
 羽生善治さんのように、現代の「コンピュータにも近づける知の象徴」になれる人は、ごく一握りでしょうし。


 正直なところ、橋本さんの主張には、頷けるところもあるし、将棋界の外部の人間である僕からすれば「それは橋本さんのほうが無理筋なんじゃないか」と感じるところもある新書でした。
 将棋界の偉い人は「カチンと来る」かもしれませんが、外からみて、将棋界全体にとって革新的な提言だと思うところは、あまりなかったんですよね。

fujipon.hatenadiary.com
fujipon.hatenadiary.com
fujipon.hatenadiary.com

あわせて読みたい

「将棋」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。