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人を信用するとか裏切られたとかではなくすべては自分を信じられるかどうか

あの人を信じていたのに裏切られた。もう人を信用することはできない。っていつまで他人のせいにして生きてるんですかね?

自分と他人とは違う。他人は自分の思い通りにはならない。それぞれ人は自分の欲望を持っていて特に欲望のためなら人を踏みにじったり裏切ったりだましたりウソをつくこともある。

それが人ってもんでしょ。そもそも人をちゃんと見ていない。そもそも人を理解しようとしていない。自分の都合のいいように他人を見ようとしているからあの人を信じたのにだまされたとかそんなおかしな話になる。

人を信じるのか信じないのか。それはあなた自身の問題。あなたの人を見る目の問題。その人がどんな人なのかをきちんと理解しようとせず見極めようとせず弱い自分を満たすために都合のよいように解釈し都合のよい言葉だけを受け取り「あの人は信じられる!」なんていって舞い上がっていざちょっとでも自分の期待と違う言動をした途端「裏切られた」とか「信じられない」と騒ぎたて挙句の果てはすべての人は信用できないとかいっちゃう。

いつまで他人のせいにしてる?人は人なんだよ。人を信用するとか信用しないとかじゃなくすべては自分を信用できるかどうか。自分の判断を信用できるか。

それが甘かったのなら反省して人を見る目を養えばいい。

私はサラ金で2年間働いていた。サラ金というのはすごい商売でね見ず知らずの人に数十万円ものお金を貸しちゃうわけだ。

この見ず知らずの他人に数十万円のお金を貸しても大丈夫なのかどうか。お金を返してもらえず「だまされた」なんて騒いだところでお金はまず戻ってこない。

だからね、真剣になる。その人がお金を返せるのかどうか真剣に綿密に審査する。審査して「この人なら信用できる」とこちら側が判断できたらお金を貸す。だまされるだまされないはすべて自己責任だ。なぜなら自分が困るから。

お金を貸すことだけでなくあらゆる人間関係に言える。その人を信用できるのかどうかはすべて自分で判断するんだよ。だまされないように確認するんだよ。ちゃんと相手のことを知るんだよ。

そうした努力を放棄してなんとなく信用できそうとかなんとなく頼りになりそうとかてきとーな判断だけで上っ面の判断だけで人を判断しているから結果だまされたみたいなことになる。

いつまで他人に依存してるの?あなたを変えてくれる白馬の騎士はどこにもいない。どこにもいない誰かを求めて今の問題から目を背け一時的な不足感を他人で補おうとするからだまされるだの人を信用できないなどと思ってしまうのだ。

他人は他人。あなたはあなた。信じるのは自分だけ。他人がどう思おうがあなたの問題ではない。ちゃんと他人は他人。自分は自分という線引きをしないと。すべては自分次第だって責任と覚悟を持たないと。

あなたの人生を進めていくのはあなた自身。他人に人生のハンドルをゆだねるな。常に人生のハンドルは自分自身が握っておきなさい。

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