- 2016年12月14日 01:35
読まれなかった原稿
4/5【違法性阻却】
そういう観点から、カジノ法と呼ぶことには十分な正当性があり、かつ、その論点の最重要課題は「違法性阻却」となります。私はこの点に絞り込んで、12月2日採決前の審議に立っています。
この違法性阻却については、平成25年11月20日、我が党の玉木雄一郎議員の質問に対して、当時の平口法務大臣政務官が非常に重要な答弁をしています。
(平成25年11月20日衆議院内閣委員会)
○平口大臣政務官 お答えをいたします。(略)
そこで、お尋ねのカジノにつきましては、一般論として申し上げますと、刑法に、賭博罪、また賭博場開張等図利罪、こういうものがございまして、これらが成立し得る、このように考えております。
(略)
他方、特別法を制定いたしまして、賭博罪が設けられた趣旨に反しない制度が構築され、その範囲内で実施される、こういうふうな場合には、カジノに係る行為について刑法上違法とされないこともあり得る、このように承知をいたしております。
そもそも、刑法が賭博を犯罪と規定した趣旨は、賭博行為が、勤労その他正当な原因によらず、偶然の事情により財物を獲得しようと他人と相争うものでございまして、一つは、国民の射幸心を助長し、勤労の美風を害するということ、もう一つは、副次的犯罪を誘発し、さらに国民経済の機能に重大な障害を与えるおそれがあるということ、こういったようなことにあるわけでございます。
そのため、法務省といたしましては、これまでも、刑法を所管する立場から、目的の公益性、運営主体等の性格、収益の扱い、射幸性の程度、運営主体の廉潔性、運営主体の公的管理監督、運営主体の財政的健全性、副次的弊害の防止、こういったような点に着目し、賭博に関する立法について意見を申し述べてきたところでございます。
これからも、賭博に関する特別法が検討される場合には、このような観点から協力したい、このように考えております。
正にここで言う8つの着目点、つまり、①目的の公益性、②運営主体等の性格、③収益の扱い、④射幸性の程度、⑤運営主体の廉潔性、⑥運営主体の公的管理監督、⑦運営主体の財政的健全性、⑧副次的弊害の防止が重要になってきます。
これを一つ一つ説き起こしていきたいと思います。
では、今回のカジノ法案で何処に公益性があるのか、という問いには、カジノ管理委員会でしっかりやるとしか答弁がありませんでした。何がどう「しっかり」規定されるのかは、すべて実施法に委ねるそうであります。しかも、公益性として、財政の改善、文化の振興といった答弁をしていました。しかし、法律には入場料、納付金を「徴収することができる」となっているだけです。徴収しても、しなくてもいいのです。それでどうやって公益性のある事業が実現できるのでしょう。答弁では「徴収するものと理解している」という事でした。それはただの提案者の「祈り」でしかありません。
法案に書かずに、審議で提出者が「祈り」を語れば法規範になるのであれば、この国会の審議は不要です。究極、「カジノを作ります」とだけ法律に書いて、それ以外の規制は提案者が滔々と「祈り」を語れば足りるという事にすらなりかねません。法案に書いてある事と反対の事を答弁し、それを「考慮すべき提案者の立法意思だ。」と言い切る姿勢は、議会制民主主義の危機を覚えました。
また、答弁の中には「税収が上がる」事を公益性の一つに挙げていましたが、それであれば、世の中にあるすべての株式会社は公益性のある事業をやっていることになります。そんな珍妙な答弁で公益性を語る事には苦笑するしかありませんでした。「税収が上がる」事が公益性の要件になっている事も、提出者の意図であり、それを踏まえて、政府は法律を作るのですか。違法性阻却に厳しい姿勢を取ってきたこれまでの政府関係者は泣いていると思います。
また、今回のカジノ法は、純然たる民間主体による賭博の違法性を阻却します。その観点から、「運営主体等の性格」についても、運営主体が純然たる民間主体であってもいいのかという点についても答弁がありませんでした。これまでの競馬、競輪、オートレース、モーターボートといった公営競技はすべて公が運営主体です。そして、公益性のある事業への支出が義務付けられています。それと全く異なる民間事業者であっても、違法性阻却可能という事になれば、違法性阻却に際しての「運営主体等の性格」という着目点は全く意味をなさないという事になるはずです。この点について何か有益な答弁をされましたか。
「収益の扱い」については、先程も触れましたが、この法律では収益がどう扱われるのかについてメカニズムが何処にも書いてありません。政府が行う事となっているギャンブル依存症への対応、反社会勢力への対応等の必要な措置に収益が充てられるかどうかも法律では書いてありません。何度質問しても返ってくるのは、答弁者の漠然とした「祈り」だけであります。本来であれば、公益性のある事業への支出と政府の対策に掛かる費用以上の入場料と納付金を徴収しない限り、このモデルは回らないはずであるにも関わらず、その辺りを完全に無視して法案作成をしている事に大いなる危惧を覚えます。
また、私から「収益が一切還元されない場合であっても、違法性は阻却され得るのか。」という質問に対して、盛山法務副大臣は「総合的な判断」というとてつもない答弁をしました。入場料、納付金を取らない事が法文上は可能である以上、こういう事態が生じ得ます。「収益が一切還元されない場合」でも、違法性の阻却が出来る可能性を残す答弁をした法務副大臣は、その任にないと言って差し支えないでしょう。
射幸性については、今回のカジノ法案にあるカジノは「賭博」である事を再度想起する必要があります。賭博はその定義において射幸心を助長するとされています。助長するから賭博なのであり、今回の法律は射幸心を助長するものであるという事を否定することは出来ません。では、その射幸心をどうすれば違法性は阻却されるのか、これについても答弁はありませんでした。すべてはカジノ管理委員会による適切な規制というレベルを超えるものではありませんでした。
この射幸心という言葉は、風俗営業適正化法にも出てきます。ぱちんこ屋やまあじゃん屋は「射幸心をそそるおそれのある」遊技とされています。私は委員会で「射幸心を助長」と「射幸心をそそるおそれ」の違いについて聞きました。与党席からは笑いと「辞書持ってきて調べろ」というヤジがありました。しかし、考えてください。この「助長」と「そそるおそれ」の間に違法と合法の太い線が引かれるというのが現在の法制度なのです。そこを詰めた議論をしようとするのが笑いの対象になるというのは、与党の諸君の法意識の欠如を物語っているとしか言いようがありません。
今回のカジノ法案は「射幸心を助長する」ものを作るのだという意味合いをよく噛み締めてほしいと思います。助長した結果、依存症になる人が居る事は心配になりませんか、そういう議論をすべて先送りにしている事に本当に不安を覚えませんか。与党諸君の胸の中にある良心に私は訴えたいと思います。
運営主体の廉潔性とは何ですか。返ってくるのは「健全なカジノ」という漠然とした表現だけです。敗者を作り、そこから収益を得る賭博そのものが定義として「国民の射幸心を助長し、勤労の美風を害するばかりでなく、副次的な犯罪を誘発し、さらに国民経済の機能に重大な障害を与えるおそれ」を持つものなのです。そういう事業者に求められる廉潔性とはどの程度のものなのか、説明されましたか。「健全なカジノ」という言葉だけで逃げていませんか。しかも、これまでの公営競技は公の事業主体ですから、廉潔性を求める規制を掛けやすかったですが、今後、純然たる民間企業に政府が課す事が可能な廉潔性は何処までが可能なのか、考えたことがありますか。
運営主体の財政的健全性についても何らの答弁もありませんでした。カジノ事業者の収支が悪くなったらどうする事を想定していますか。即座に廃業させますか、それとも、収支が悪くなったら入場料を徴収しない、納付金を徴収しない事で政府が経済的にサポートする事もあり得ますか。



