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「生」と「死」をめぐる普遍的な問いかけ――『クリスチャン・ボルタンスキーアニミタス-さざめく亡霊たち』 / 東京都庭園美術館学芸員・田中雅子氏インタビュー

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作者は忘れられても、作品のメッセージは残り続ける

――ボルタンスキー氏と現代芸術の出会いのきっかけは何だったのでしょうか。

60年代末に母親がはじめたギャラリーに出入りしていた人々の影響が大きいと思います。後に一緒に展覧会を行うアーティストのジャン・ル・ガックや、今やフランスを代表するギャラリストのイヴォン・ランベールにもこの頃に出会っています。

この頃、よく兄弟とパリの現代美術ギャラリーやヨーロッパの現代美術館にも出かけたりしていたみたいです。

――ご兄弟も芸術家なんですか?

ボルタンスキー氏には2人兄がいます。芸術家ではないのですが、長兄ジャン=エリーは言語学者、次兄のリュックは現代フランスを代表する社会学者です。母親は作家、父親は医者という知的な家庭でした。本人は学校をやめってしまったのですが、日常会話が非常に深い内容を含んでいたことが想像できます。ボルタンスキー氏自身も「耳から聞いた情報が重要だった」と言っていて、こうした人びとに囲まれていたことは、彼の扱うテーマや表現方法に大きく影響していると思います。

――比較的狭い世界で彼の芸術的感性は磨かれていったということでしょうか。

最初はそうだったと思います。ただ学校には行っていませんでしたが、母親のギャラリーでアルバイトをしていました。家の外の世界とはそうした所で徐々に繋がっていったようです。

ボルタンスキー氏には同じく現代美術のアーティストであるパートナーがいます。アネット・メサジェという方で、森美術館でも大きな個展をしている方です(注)。彼女と生活するためにはじめて家を出たそうで、それまではずっと家にいたと聞いています。ちなみに彼女とは20代の頃に出会って以来のパートナーなんですよ。

(注)森美術館「アネット・メサジェ:聖と俗の使者たち」(2008年8月9日~2008年11月3日)

http://www.mori.art.museum/contents/annette/

――もうずっと一緒にいらっしゃるんですね!現代美術家同士合うんでしょうか

でも、お互いのアトリエに入ったことはないらしいです。干渉し合わないのがいいんだそうです(笑)。

――なるほど(笑)。

 

ただ、先日アネットが、ボルタンスキー氏自身も2006年に授賞した高松宮殿下記念世界文化賞を受賞したことをとても嬉しそうに話しているところを見ると、アーティストとして心からリスペクトしていることはよく分かります。

 

――素晴らしいご関係ですね。

ボルタンスキー氏は確かに特殊な環境の中で青年期までを過ごしました。しかし世界で起きていることに対しては強い好奇心を持っていたので、ごく自然な流れで視点が外に向いていったのだと思います。1972年に前述のドクメンタに初参加して以来、海外でも展覧会を開くようになりましたし、今でも常に世界のあちこちで展覧会を開催して、世界中を飛び回ってます。今はパタゴニアで新しい企画を進めているところです。もう72歳なんですけど、そのバイタリティーには驚かされます。

――パタゴニアでは「神話を作る」ことを目指しているそうですね。どんな企画なんですか?

パタゴニアに600本のトランペットを設置して、風が吹くたびに音が鳴る、というインスタレーションを作成しようとしています。

ボルタンスキー氏は「誰がその作品を作ったのか忘れ去られても、作品のメッセージは人々の中に残り続けるものを作りたい」と言っています。今回の展示でもチリのアタカマ砂漠に数百の風鈴を置いたインスタレーションを映像に収めたものを展示しています。私たち日本人がチリの奥地の砂漠まで、実際に彼の作品を見に行くことはそうそうできない。豊島の「心臓音のアーカイブ」や「ささやきの森」も、例えばヨーロッパの人は簡単には観に行けません。

それでも、ボルタンスキー氏は、誰かにとっての「大切な人」を想うための場所として、これらの作品を制作しました。そしてそのことを私たちは知っています。インスタレーションが存在する(もしくはかつて存在した)ことが伝えられることによって、たとえその場所に行くことが叶わなくても、その場所が聖なる地として「存在」するようになる。神話のように大切なものとして、人びとの心に残り続ける。それはその作品を実際に観ることよりも、はるかに大きな力を持つと、ボルタンスキー氏は言っています。

今回の展覧会のタイトルにある「亡霊」にも共通しますが、肉体的、物質的にはそこに存在しなくても、何かが残る、存在している、それが重要なんだ、ということかもしれません。「神話」というキーワードが出るようになったのは比較的最近のことですが、作家自身が老年期に入ったことや、アクセスしづらい場所での展示が増えていることも関係していると思います。

ただ興味深いことに、ボルタンスキー氏自身は特定の宗教や死後の世界といったものは全く信じていないんです。本人も「人が死んで何かが残るとは思っていない」と言っています。

逆説的ですが、だからこそその人が生きた証として、記憶やその人を想う人の存在があるのだと思います。誰かが誰かのことを大切に思った証を残すような、そんな作品が増えてきているような気がします。

「亡霊」も、例えば朝香宮邸に住んでいた人たちの亡霊を召喚する、ということではなく、もっと多様で曖昧な存在なのです。亡くなった人たちの記憶や、その人への想いとか、そうした包括的で漠然とした「亡霊」の存在を感じ取れるように空間を再構築している。そもそも生きてる人と死んでる人の違いってなんだろう、ということさえ考えてしまいます。

同時に、「亡霊」という曖昧な存在は、絶対的な他者とも言えます。何か理解できないものが、理解はできないけれど存在している、という感覚でしょうか。具体的に見えて、理解できるわけではないけれど、確かにどこかに存在している。神話と共通しますね。

――壮大なテーマを提示しつつも、ボルタンスキー氏は作品がどう観客に見せられるのか、どう受け取られるのかについては、各々の解釈にゆだねるスタンスのようですね。

彼はよく作品や展示について「自分は楽譜を書いているんだ」と言います。今回もその「楽譜」を元に、現地のチームで準備を進めました。本人が到着したのはオープニングの数日前。大方できあがっているインスタレーションに対して、突風のように素早い、でも的確な指示を出して作品を完成させました。

「譜面」通りにインスタレーションを構成してみると、その空間がどんどんボルタンスキー氏の作品になっていくんです。そして最後、本人がちょっと手を入れると、紛れもない「ボルタンスキーの作品」が完成する。

――まさに音楽もそうですよね。作曲家の書いた譜面を見て、演奏者がその意図を反映しようと準備して、最後に作曲者がちょっと指示を出すだけで、その作曲家独特の音楽として完成していく。

その変化を目の前で見ていました。非常にエキサイティングで、感動的ですらありました。

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《影の劇場》1984年 
Photo:André Morain Courtesy the artist and Marian Goodman Gallery

――キュレーターとして、田中さんはどのような解釈を取り入れていたんですか。

一番明確なのはタイトルですね。展覧会のタイトルを相談している際に、ボルタンスキー氏は始めて美術館を訪れて以来「fantôme(亡霊)」のイメージを持っていると言いました。その一言からフランス語のタイトル「Animitas – Les âmes qui murmurent 」が決まりました。

これを当初翻訳家の方に和訳していただいた時、「アニミタス―さざめく霊」という訳が出てきたんです。「âme」は確かに直訳だと「霊」や「魂」に近い。でも原題は「Les âmes」という複数形なんです。ボルタンスキーの作品に通底する「無数の匿名の存在」と照合しても、その複数性がすごく重要なんじゃないかと思いました。

さらに、日本語で「霊」というと降霊術のような、特定の霊を召還するような意味合いが強くなってしまうような気がして。より「なんだかよくわからない存在」や「他者性」のニュアンスも意味に込めたいと思い「亡霊たち」にすることを提案しました。確かに旧朝香宮邸が経た歴史や空間は今回の展覧会の大きなインスピレーションの源ですが、その場所だけに収斂されない展覧会にしたかったのです。

――確かに似たような言葉でも、それ一つでボルタンスキー氏のテーマ性がより詳細に伝わる気がします。ボルタンスキー氏と日本との関わりはどんなものだったのでしょうか。

日本を最初に訪れたのは70年代初頭、実は展覧会のためではなく、彼の初期の映像作品があるアンダーグラウンドな番組で紹介されたときでした。以来、たびたび来日していることもあって日本には深い親近感を持っているようです。一神教とは異なる霊魂に対する感覚や、伝承が物ではなく知恵やコンセプトを伝承していくような所が気に入っているそうです。例として、ボルタンスキーはよく神社が一定のスパンで取り壊されて、立て直されることをあげます。

前の建物はなくなって、新しいものに変わるんですが、その底流にある価値観のようなものは、過去のものがなくなっても変わらずに受け継がれてゆく。そういうところがとても魅力的なのだそうです。このことは、先ほどの「楽譜」の話や現在のボルタンスキーのインスタレーションが展示後ほとんど解体され、また別の場所で形を変えて再現されることとも、どこか通じていると思います。

若者に問いかける「生」と「死」

――田中さんはどういう経緯でボルタンスキー氏の作品と出会ったのですか?

作品との最初の出会いは留学先のパリでした。パリ市近代美術館に常設されている「影の劇場」と、世界中の電話帳を集めた「電話の契約者」だったと思います。また留学中、インターンをしていたギャラリーにボルタンスキー氏が所属していたので、本人とも何回か挨拶を交わしたことがあります。帰国してからもボルタンスキー氏の活動には常に注目していました。

朝香宮邸はそれ自体が「記憶の器」と言えます。もともとは1933年に朝香宮家の邸宅として建てられ、その後吉田茂の公邸を経て、色々な経緯を経て1983年に美術館になりました。日本の1番揺れ動いた時代を見てきた建物ともいえます。この空間で取り上げるアーティストを考えたとき、ボルタンスキー氏の存在はいつも念頭にありました。とはいえボルタンスキー氏はアートの世界では大御所なので、まあダメ元で聞いてみようと、パリのギャラリーに相談してみた。するとすぐ直接ボルタンスキー氏から連絡が来たんです。

――結構ノリというか、軽いんですね(笑)。

本当にフットワークの軽やかな人です。若い人ともオープンに接するし、メールのやりとりも全て本人がして、返信も早い(笑)。

展覧会の企画が出てたとき、ちょうどパリに出張する機会があったのでその時に彼のアトリエに行って話をしてみたんです。東京都庭園美術館のことは知らなくて、雰囲気を伝えたら「年配のお客さんばかりなんじゃないの?」って、あまり乗り気ではなさそうで。「意外性のある空間だからこそ、面白い展示ができる。私はあなたの作品を日本の若い人と共有したいんです」って熱弁して(笑)。ひととおり話は聞いてもらえて「少し考えさせて」といわれました。ああ、これは無理だなって思いました。

ところが翌日ごく短いメールでしたが「やってみたい」というメールが来たんです。近々回顧展の予定があるから大掛かりなものは出来ないけど、空間にあった軽やかさのある展覧会にしよう、と。初めは出品作品も2点の予定だったのですが、結果的には7点、また当初予定になかった新作も生まれました。

約1年という展覧会準備期間としては比較的短い期間でしたが、作家と対話を重ねながら展覧会を作り上げたという実感はあります。

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クリスチャン・ボルタンスキー氏
Photo: Akemi Shiraha

――若い人に見てほしい、という意図もあったのでしょうか。

それはあると思います。ボルタンスキー氏自身もとても考え方が若々しい方ですし。朝香宮邸という場所の持つ独自性もあると思いますが、私自身もキュレーターの中では若手な方なので、新しい視点を提供したいという気持ちがありました。ボルタンスキー氏もそういうところを面白がってくれたのかもしれません。

日本では1990年に初個展が開かれて以来、まとまって作品を見る機会はあまりなかったので、今の若い人は海外、あるいは前述の地方の芸術祭に出向かない限り、なかなか実際に彼の作品を見る機会はなかったと思うんです。私自身、彼が問いかけるメッセージは、今若い方にこそ知ってほしいという気持ちが強くあります。

――インタビューの重鎮感がすごかったので、若い方とフランクに関わってらっしゃるというのは少し意外でした。

見た目はそうかもしれません(笑)。でもとてもチャーミングで、誰に対しても率直に接する方です。役職や立場ではなくその人自身や物事の本質を見ている。

――今回の展示で特におススメのものはありますか?

 

今回は回顧展ではないので、作品数は決して多くはありませんが、厳選されているからこそ、1点1点とじっくり対話するように見ていただけると思います。また、ボルタンスキーの作品には音や光、匂いなどを効果的に用いられているために、不思議と作品から離れても余韻が続きます。今回朝香宮邸というもともと人が住んでいた空間が舞台であるために、作品が展示されていない部屋でも妙に関連性を感じることもあるでしょう。

また、本館内あちこちから声が聞こえてくる新作の「さざめく亡霊たち」は、ランダムに流れるように設定されているので、体験する人がどこの部屋にいるかによっても感じ方が変わってくると思います。

海外の有名なアーティストだと、かえって東京で回顧展以外で展示を見られる機会は少ないので、ホワイト・キューブでの回顧展とは違う展示のかたちも楽しんでほしいですね。

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東京都庭園美術館 本館 第一階段装飾
写真提供:東京都庭園美術館

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東京都庭園美術館 新館 ロビー
写真提供:東京都庭園美術館

――お話を伺って、改めて作品と対話し、余韻に浸りに行きたいとそわそわしてきました。田中さん、本日はお忙しい中ありがとうございました。

■展覧会情報

クリスチャン・ボルタンスキーアニミタス-さざめく亡霊たち

会期 2016年9月22日(木・祝)–12月25日(日)

会場 東京都庭園美術館(本館・新館ギャラリー1・2)

開館時 10:00–18:00 ※入館は閉館の30分前まで。

休館日 第2・第4水曜日(12/14)

観覧料 一般:900(720)円 大学生(専修・各種専門学校含む):720(570)円 
中・高校生・65歳以上:450(360)円
※上記観覧料で「アール・デコの花弁  旧朝香宮邸の室内空間」展もご覧いただけます。

展覧会ホームページ

http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/160922-1225_boltanski.html

田中雅子(たなか・まさこ)

東京都庭園美術館学芸員

東京都庭園美術館学芸員。1983年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、渡仏。Institut d’Etudes Supérieures des Arts (IESA) Marché de l’art学科を修了。東京都現代美術館インターン、G-tokyo事務局などを経て2013年より現職、2014年のリニューアル開館準備に従事。現在開催中のクリスチャン・ボルタンスキーの東京初個展「アニミタス_さざめく亡霊たち」展を企画した。また様々なアーティストやクリエイターとともに、音楽、演劇、舞踊、映像…既存の領域を横断し、新しい表現を生み出すプロジェクト「TTM: IGNITION BOX」の企画も行っている。

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