- 2016年12月14日 11:15
町山智浩氏が見た“美味しいとこ取り”トランプ大統領の矛盾
2/2すでに顕在化しつつあるトランプの矛盾

-実際に矛盾が生じている部分も既にあるのでしょうか。
町山:いちばんトンデモないと思っているのは、大減税ですね。「すべての所得層に対して減税する。貧しい人、最も低所得の人達に関しては、所得税は取らない」とまで言っている。ところがそれを埋める財源はよくわからない。
その一方で、「公共事業、公的支出を増やす」とも言っている。税収を減らして、どうやって公共事業をするのか、まったく分からない。ローズヴェルト大統領もニューディール政策の公共事業によって労働者に仕事を与えましたが富裕層の税率は9割にしたんですよ。 私はアメリカで納税しているので、減税の恩恵を受ける側ですが、何の策もない減税は公共サービスや福祉の削減になるので危険です。トランプは、「公共事業を民間にドンドン下ろすんだ」とも言っていますが、汚職が発生する可能性も出てきます。
また、トランプは勝利演説の時に、「私は忘れられた人々によって選ばれて、忘れられた人々のための政治をする」といいましたが、この「忘れられた人々」は具体的には、白人ブルーカラーの人達のことを指しています。
しかし、トランプは相続税を撤廃するでしょう。現在、相続税は40%ですが、議会で優位を保っている共和党は、これをずっとゼロにしようと議決し、オバマに拒否されてきました。トランプが法案を出したら通過するでしょう。
すると富裕層は税金逃れのために一斉に生前相続をするでしょう。そもそも相続税は格差是正を目的とした税制なので、格差がいっきに拡大します。トランプを支持したブルー・カラーの白人たちは格差に苦しんでいるのに、こんなことでいいんでしょうか。
-選挙運動中から“美味しいところ取り”の政策を主張してきた結果、様々な矛盾が出てきているということですね。
町山:他にも、中国に対する危機感を煽る一方で、ホテルやコンドミニアムを開発するトランプ・オーガニゼーションは、2008年ごろ、中国の大手不動産業者と契約しています。
また、「日本車に35%の関税をかける」と主張して自動車を製造しているラスト・ベルト人達から票を集めましたが、アメリカで流通している日本車の6割はアメリカ生産なので、それには税金をかけられない。あまり意味ないですね。
それどころか、メキシコやカナダに工場を移転させているフォードやGMが困ってしまう。彼らはアメリカの車であるにもかかわらず、関税をかけられることになってしまうからです。実際、フォードはトランプ当選直後に「それは無茶だからやめてくれ」と交渉を始めました。
たとえ口から出まかせでも、ラスト・ベルトに対して何の経済政策も出さなかったヒラリーよりは票を真剣にとりに行ったわけですが。
-トランプは日本にも軍事費の負担増を求めると主張しています。
町山:日本に米軍の負担増を求めるという主張は、アメリカ中央部に住んでいる人たちに対する大きなアピールになりました。何故なら彼らには、海外の安全保障にアメリカが貢献する理由がまったく理解出来ないからです。「グローバルな市場を確保するためには軍事的な安全が必要」と言っても、そのグローバルな市場のせいで仕事を失った人たちですからね。
先ほど言ったように、トランプに投票した人達の4割は自分の生まれた街から一生出ないそうです。それぐらい閉じた世界で暮らしていると国際的な安全保障といっても感覚として分からないでしょう。
そこに「日本や韓国は儲けているだろう。なんで俺達が彼らを守ってやらなきゃいけないんだ」と主張されれば、守る必要がないと思ってしまう。それは、ある意味正しい。彼らの商売や生活に日本や韓国は一切繋がっていませんから。実際、中央部に行くと日本車も本当に少ないですよ。アメリカ全体としては、「アジアや欧州を含めた世界と取り引きしているんだ」と言ったところで、「いや、俺達していないし」となってしまう。
-国際安全保障を理解できない人がトランプを支持していたとしても、本人が理解していないとは限りません。トランプ自身は、現在の状況をどのように考えているのでしょうか。
町山:おそらく実際に政権を取ったらどうするか、ということまで考えていなかったのではないでしょうか。実際、彼のスタッフに経済分野に詳しい人などはいませんでした。だから結局、敵呼ばわりしていたウォール街の連中を雇っている。
これまでアメリカは、シンクタンクによって動かされてきた歴史があります。例えば、ヘリテージ財団のようなシンクタンクが共和党の新自由主義経済を進めてきたわけですが、そういう機関とも付き合いがない。そもそも今現在、彼の首席戦略顧問のスティヴン・バノンはもともとハリウッドのインディペンデント映画のプロデューサーですからね。プロパガンダのプロではあるけど、経済や国際政治の知識も経験もない人物です。
仕方がないので、ロムニーを国務長官にしようとした。ロムニーはヘッジファンド出身なので、選挙期間中はウォール街の人間としてさんざん叩いていたのに。だからトランプのスタッフが「ロムニーは敵じゃなかったの? 有権者への裏切りでしょ」と怒って、国務長官は無しになりましたが、まったくバラバラなんです。
「アメリカではそれは起こらないだろう」が現実に
-大統領に就任する前から、政策に様々な矛盾が出てきている状況を考慮すると、今後4年間の見通しというのは非常に不透明なものになりますね。
町山:非常に不透明ですね。再三指摘していますが、一番恐ろしいのは、トランプが保守でもなければリベラルでもないということです。ポピュリズムですから、右だろうと左だろうと人気をとれる政策を採用する。そうなると「いったい誰からの人気を得ようとしているのか」が問題となります。人種や社会階層によって、それぞれ利害が異なりますから。
もう1つ、トランプ自身が自分の言っていることを信じていないように見えることも大きな問題です。彼は「メキシコ人を追い出せ」といいますが、本当にメキシコ人が嫌いなのかと言うと、おそらく何とも思っていないでしょう。「一切のイスラム教徒の入国を禁じる」と言いましたが、彼のビジネスパートナーには中東の石油業者などイスラム教徒がたくさんいるので、できるはずがない。それはわかって言ってるんですね。
「貧しい人、ブルーカラーの人達を救う」と言っても、億万長者の息子としてニューヨークに育った彼がそんなことを思う動機はどこにもありません。今まで付き合ったこともないし、会ったこともない。話したこともないでしょう。ラスト・ベルトだって、大統領選がなければ一生行くこともなかったでしょう。
とにかくポピュリストの典型で自分の言っていることを信じていない。信念がどこにもない。ものすごいゴリゴリの右翼やナチの方が、どんな政策をするか予想ができるのでまだマシなぐらいです。
ただ1つだけ、人物として彼の特徴は、怒りっぽいことです。スタッフをすぐにクビにしてしまう。それを考えると、政権が非常に不安定になりますよね。今は、プーチン大統領と仲良くしていますが、怒ったら何をするか分からないですよ。
-トランプの当選によって、人種差別的な言動を行う勢力が勢いを増しているという報道が散見されます。町山さんはアメリカで生活する中で、トランプ当選による空気の変化をお感じになりますか。
町山:トランプは共和党大会の指名受託演説で「もはやポリティカリー・コレクトでいる余裕はない」と宣言して、差別にある意味、“お墨付き”を与えた形になってますからね。特にトランプの最高戦略顧問になったスティーブン・バノンは、「Alt-Right」と呼ばれるネット右翼を読者に持つネット・ニュースの主幹でした。
ただ、トランプ自身が極端に人種差別的な人物かというと、そうでもないようです。彼は自身の事業を進めていく中で、それほど人種差別に関しての訴訟を起こされていないんです。ただ女性関係、セクハラなどの問題はずっと出続けていますが。
-最後に、トランプが当選した現在のアメリカの状況を理解するのに役立つ映画を教えてください。
町山:まず1992年の映画『ボブ☆ロバーツ』ですね。主演のティム・ロビンスが製作・脚本・監督しています。ロビンス演じるウォール街の投資家が上院議員に立候補しようとする政治コメディです。ロバーツがファシズムに近い主張や差別的な発言をすればするほど白人の労働者から支持を得て、ポップスターのようになっていきます。まさにトランプの出現を予言するような内容になっています。
作中で、ボブ・ロバーツがミスコンを主催するのですが、トランプ自身もミス・ユニバースの主催をしてますし、Alt-Rightのような若者が登場してナチス式敬礼をするところも似ています。
もう1つは、『オール・ザ・キングスメン』(1949年)。ヒューイ・ロングという1930年代に大統領を目指して暗殺された男をモデルにしています。主人公は徹底したポピュリズムで白人労働者の票を集めていきます。ヒューイ・ロングは、金持ちへの増税とベーシック・インカムの導入、移民排斥を打ち出して、大統領の座に近づいたのですが、女性関係のもつれで暗殺されてしまいました。
そのヒューイ・ロングがもし大統領になったら? という小説を1935年に、シンクレア・ルイスが書いています。「It Can't Happen Here」つまり、「アメリカではそれは起こらないだろう」というタイトルで、アメリカがポピュリストの大統領によって完全にナチ化していくという一種のSFです。
この80年ほど前に書かれた小説が、トランプ当選後から急に読まれ始めて現在ベストセラーになっています。起こらないはずのことが起こってしまったんです。



