- 2016年12月12日 17:53
国民はもう飽きている?
三浦瑠麗さんが「ゴー宣道場」の中で、天皇陛下の生前退位の問題については、「国民はもう飽きている」と言っていたが、それを言うなら、「国民はすべての問題に飽きている」と言わななきゃならない。
原発問題にも飽きている。
アベノミクスにも飽きている。
自衛隊の駆けつけ警護容認のスーダン派遣にも飽きている。
沖縄の基地問題にも飽きている。
憲法改正問題にも飽きている。
慰安婦問題・歴史認識問題にも飽きている。
年金問題にも、少子化問題にも飽きている。
待機児童問題にも飽きている。
いじめ問題にも飽きている。
格差拡大問題にも飽きている。
豊洲移転問題にも飽きている。
社会問題というものは、流行のように一気に報じられて、波が引くように飽きられていく。
国民が飽きているからと言って、議論の効果を信じないのならば、知識人や言論人や、ジャーナリズムの存在意義などない!
わしは次から次に生起する社会問題を、いちいち受け身で分析するだけの言論人ではない。
生前退位の問題は、安倍政権が一刻も早い幕引きを狙っているのだろうが、「国民は飽きている」という状況を待っているのはよく分かっている。
だが、高森氏にしろ、倉持氏にしろ、そうは問屋が卸さないぜという活動の成果が、来年になったら現れてくる。
わしも『天皇論 平成29年』を、来年出す予定だが、その威力がどれほどのものになるか、決して主観的な希望だけで語るわけにはいかないが、「SAPIO」の編集者たちが「ものすごい説得力」と衝撃を受けたようでもあり、それなりの自信があると言っておく。
「国民はもう飽きている」、それは三浦瑠麗氏が基本的にはリベラルの立場から漏らした「主観」だろう。
「リアリズム」に徹すると「ニヒリズム」に陥る危険性が非常に高い。
わしは権力には太刀打ちできないと諦める体質を持っていない。
わしの『ゴーマニズム宣言』は1000万部以上売れているし、『戦争論』シリーズは100万部以上売れて、今も読み継がれている。
それは世の中に一定の影響を与えただろう。
何度でも何度でも三振しながら、それでも特大のホームランを打つための情熱を失わないわしは「リアリズム」とも「ニヒリズム」とも無縁である。
その活力が失われることは、今のところ全然ないから、「国民はもう飽きている」と言われても、「それが何か?」としか言えない。
「ゴー宣道場」の参加者のアンケートに目を通すと、「国民はもう飽きている」という言葉に反応している者が案外多かったので、ナイーブな奴らだと思って、「ニヒリズム」に堕ちるなと言っておく。
2月の「ゴー宣道場」までには、「国民はもう飽きている」どころか、事態はまた新しい様相を呈してくるから、2月12日の「ゴー宣道場」では、再び「生前退位」一本のテーマに絞って開催する。



