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「閉所式には正直、寂しい気持ちもあった」2000人の被災者を受け入れた民間施設 阿蘇熊本空港ホテルエミナース

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熊本地震で大きな被害を受けた益城町。多くの住民が避難所での生活を余儀なくされたが、避難所に指定されていない民間の施設にも関わらず、多いときで2000人の被災者を受け入れたホテルがある。熊本空港から車で10分ほどのところにある「阿蘇熊本空港 ホテルエミナース」だ。

BLOGOS編集部


震災直後、ホテルでは何が起きていたのか。震災翌日から3ヶ月以上に渡り避難所として施設を開放するという英断を誰が下したのか、総支配人の橋之口茂さんに聞いた。(2016年11月10日取材)。

2000人がホテルへ避難してきた




-まずはホテルが避難所として使われるようになった経緯を教えてください。

14日に前震がありまして、その片付けがようやく終わったのが翌日15日。そして日付変わって16日に本震が起きました。その夜が空けて朝6時くらいから、エミナースの南の位置にある津森校区のみなさんが避難して来ました。

益城町の木山地区周辺は建物が軒並み倒壊していて、津森校区も橋が3本あるうちの2本がダメになりました。残り1本が通れるうちに避難しないと、避難した津森小学校のグラウンドで孤立してしまうという状態で。

益城町議のみなさんと津森区長、消防の分団長で話し合いをして、最初は熊本空港に逃げようという話になったんだそうですが、空港は被害が大きく大変な騒ぎになっているということで、広い駐車場があったエミナースに白羽の矢が立ったということでした。

-行政から避難者の受け入れ要請などはあったのですか。

なにもありませんでした。津森校区の町議から町役場に連絡すれどつながらず、エミナースを運営している本社(熊本交通運輸)の住永金司社長に連絡を入れて、エミナースの駐車場に避難してもいいですかと許可を取ったそうです。

私は朝早くから車がどんどんやってくるので何事かと思ったのですが、本社の住永社長がすぐにエミナースの大型バスを動かし、私もすぐ中型のバスを移動させ、被災者が休める場所を確保しました。

お年寄りが結構いらっしゃったので車内を使ってもらえればと思いまして。バスは全部で5台。乳幼児を抱えた女性や高齢の方、子どもたちを優先的にバスの中へ入れていきました。

このときはまだ、建物の中に避難してきた方を入れるという判断ができなかったんです。ホテル自体が倒壊する可能性も捨てきれず、安全確認が間に合いませんでしたので。

-ホテルを避難所として開放しようという判断はどなたが。

私は初日に本社の住永社長がバスを避難者の方に提供された時点で、「全面的に被災者の方をバックアップするぞ」という無言の指示と受け取りました。

その中で住永豊武会長もこちらに来て、あちこちの運送仲間に連絡してくれたところ、佐賀県の鳥栖からリョーユーパン5000個が手配され届きました。後から聞きましたが、運送関連の友達から無料で提供して頂いたとのことでした。

被災者の方々を館内に受け入れる際に、名前・住所をとり名簿を作成し、1階の宴会場のフロアを開放して534人の方に入っていただきました。車中泊を含めると全部で2000人ほどの人がエミナースに避難していらっしゃいました。

-2000人ですか!?

もうパニックの状態ですね。通常では客室35室で100名までの宿泊客をお受けしています。宴会場もマックスで150人、和室で100人ちょっと。うちには大きなプールがあって、夏場には3000人のお客様が来ることもありますが、2000人の方が、夜を過ごすというのは初めての経験でした。

当時は廊下もロビーにも人が寝ていらっしゃいましたね。

写真提供:橋之口茂


日本赤十字社の医療チームが入っていましたので、 ロビーには畳を敷いて、要介護者の方や病人の方が使えるスペースにしたり、写場を隔離の部屋にしたりしていました。私は被災者の方の安全と衛生環境を1番に考え、場所を提供することに専念しました。

たまたまボランティア団体の方が里帰り中だった


プールのスライダーの辺りの芝生広場にはテントが10梁くらい立って、ボランティアのTUNAGARIさんの協力で運営・管理をおこなってくれました。

写真提供:橋之口茂


たまたま「一般社団法人震災復興支援協会 TUNAGARI」というボランティア団体の方が津森に子供を連れて里帰りしていたんですね。その方が被災されて、「仲間を呼んでいいですか」というのでどうぞどうぞと。そうしましたらすぐに7~8人がやってきて、テントのボランティア受付ができて、救援物資の受け渡しをおこなってくれました。

写真提供:橋之口茂


ボランティアの方があんなに優秀だとは知りませんでしたが、名簿や支援物資管理一覧もすぐにできて、スペシャリストでしたね。

そして、ここには津森校区の区長さんが9名いらっしゃったんです。それから益城町議、消防団長、ボランティアのTUNAGARIさん。この方々のおかげですぐにコミュニテイができあがり、本震の翌日、17日の朝には区長さんたちとの会議体が出来上がっていました。あっという間に様々な環境が整っていたんですよ。

写真提供:橋之口茂


さらに、福岡で居酒屋を7店舗やっている松林幹雄さんという方が17日に「炊き出しをやらせてください」とやって来ました。

食中毒の恐れもあり、私一人では判断できなかったものですから、総料理長と相談しまして、「建物の奥で調理するならいいでしょう」ということになりました。

そうしましたら、町の婦人部の知恵で農協からコンロを持ってきて、あっというまに1300人分の味噌汁ができる体制が整ったのです。

松林さんは東日本大震災で東北にも炊き出しの経験があったようで、とてもありがたかったです。震災から約3ヶ月間にわたり、炊き出しボランティアを実施していただきました。

地震は車の揺れだと思った


-震災当日はどちらにいらっしゃいましたか。

14日の前震の時、私は夜勤だったので、一旦家に帰って、22時に出勤しようとしていたところ、21時26分に地震が起きました。この日は80名のお客様が泊まっていたんです。

そろそろスーツに着替えようかとキッチンを立ったところで「ゴーッッ!」ときましたから。普段、10t車が家の近くを通るときに、ちょっと揺れるんですね。「今日はものすごいトラックが連なってきてるな」と思ったら地震でした。

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