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なぜカンボジアレストランは襲われたのか? ―パリ同時多発テロを振り返る(2)― - 風樹茂

 昨年の同時多発テロの事件現場を何度も訪れた。なぜカンボジアレストラン(le petit cambodge)が標的になったのか不思議だったからだ。

同時多発テロから2カ月の現場

 羽田発パリ行きのエールフランス便はシャルル・ドゴール空港に早朝に着く。予約している乗合バスでホテルを目指す。冬のパリの朝は8時を過ぎても薄暗い。北緯48度と北海道よりも地球の上にあるせいだ。店もほとんどが閉まっている。まるでフランスのオルランド大統領のいうように「戦争前夜」のように暗い。映画『 ブリッジ・オブ・スパイ』を思わせる。映画は冷戦開始の時期を舞台にしているが、今の時代は、ヨーロッパの混乱、中東紛争、アメリカの孤立主義、アジアでの新たな大国の勃興、今の日米同盟に値する日英同盟(日本は嫌々軍艦を地中海に送ることになった)など、むしろ第一次世界大戦前夜と酷似しているところがある。

 今回のホテルはパリ10区、テロの標的となったカンボジアレストランまで薄暗い路地を歩いて5分の距離だ。氷雨の中、11人が犠牲になったレストランを目指す。味、価格ともにリーゾナブルな人気レストランだったようだ。

 報道では、賑やかな繁華街とあったように思うが、全く違う。路地の奥にある人気ラーメン屋という雰囲気である。夜にも足を向けてみたが、テロの影響もあるのだろうが、周囲は暗く人通りも少ない。向かいがカフェ「カリヨン(Le Carillon)」である。客がなかでコーヒーを飲んでいる。早朝には気付かなかったが、このカリオンもテロリストの銃弾に15人が犠牲になっている。一方カンボジアレストランは、銃弾を受けたであろうガラス窓は白く塗りたくられ、閉まったままだ。

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襲撃されたカンボジアレストラン

 不思議だ。テロリストは、なぜ、高級レストランを選ばずに、こんな店を標的に選んだのか? 人気とはいえ、この店は一見さんが訪れるような店とは思えない。カリヨンだとて襲われる特別な理由は不明だ。心地よいジャズがかかる店だったらしいが。

 そこから、レピュブリック広場まで歩いて出てみた。昨年、シャルリー・エブド本社へのテロ事件に抗議するために、大集会が開かれ、160万人が行進した起点である。有名なタンプル大通りが広場につながっている。19世紀中ごろ、犯罪大通りといわれ、夥しい劇場があった。往年の映画ファンならば、見たことがあるだろうDマルセル・カルネ監督の『天井桟敷の人々』の舞台でもある。 

 この女性像マリアンヌとこの広場こそが共和国フランスの美しい標語を象徴している。

 ー自由、平等、友愛―

 像の土台には、同時多発テロの犠牲となった人々の名前、フランス国旗と犠牲になった国の国旗、そして「わたしはシャルリー」「イラク、シリアの死者200万人にわれわれは責任がある」などの標語が張られ、花々が生けられ、蝋燭が灯されている。凍える寒さだし、早朝の出勤時間なので、像を訪れる人はほとんどいない。若くし亡くなった女性の写真もある。悲しい祈りの場だ。

ユダヤ人兄弟は2カ月前に劇場を売り払っていた

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「バタクラン劇場」ユダヤの兄弟はテロ前に売り払っていた

 その足でバタクラン劇場まで歩く。15分ほどの距離だ。花束、蝋燭、国旗は大通りを隔てた生け垣にびっしりと並べられている。インターネットでは劇場の持ち主はユダヤ人だったから襲われたなどとの書き込みもあったが、所有者だったユダヤ人兄弟は2015年の9月11日に売り払い、イスラエルに移住している。

 『The Time of Israel(テロ翌日11月14日付け)』に兄弟へのインタビューの記事がのっている。兄弟によると、「危ない」という情報があり、イスラエルのネタニヤフ首相の「フランスのユダヤ人は危ない、イスラエルに来た方がいい」という言葉に従ったのである。誰に売ったか、誰からの情報だったかは明示していない。9.11に売ったというのは、何かの符号のようだが、ただの偶然かもしれない。
 
 その夜、レピュブリック広場近くの繁華街で夕飯を食べた。入ったのは民族音楽が流れるアラブ料理店。オーナーはトルコのイスタンブールからの移民だった。花金なのに店内の客は私とアラブ系の女性だけで閑古鳥が鳴いている。向かいのフランス風カフェレストランは、客たちで溢れんばかりに賑わっている。

テロ現場は様変わりした

 半年ほど置いて、この7月~8月にパリを訪れた。滞在中、最初の標的となったシャルリー・エブド社とバタクラン劇場に徒歩10分ほどの距離で挟まれている鉄板焼きの日本食レストランの女将に話をきいた。

 「新聞社のときはたいしたことがなかったけど、劇場のときは大変だったわ。客たちの携帯が一斉に鳴って、通りからは次々と店に人が逃げ込んできた。パトカー、救急車がどんどん走っていったし、それで、みんな食べ終わったら、店も早めに閉めた。根の深い問題だから、テロはまだまだ続きそう。劇場は外側のテラス席を狙われたレストランと違い、中をやられたから、大変よ。一度、コンサートやったけど、お客さんはトラウマがあるので、なかなか盛り上がらなかったみたい」

 劇場を訪れると、向かいの生け垣にあった花束はすっかり片付けられていた。この11月12日に劇場の再開を記念し、スティングがロックコンサートを開いた。

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神聖な祈りの場所だった

 一方、レピュブリック広場の変貌には目を見張った。喉元過ぎれば熱さを忘れるというのは日本人だけではない。半年前は、神聖な祈りの場であったが、今、マリアンヌ像の柱は、落書きで溢れ、終電に乗り遅れた若者が眠る薄汚い日常に回帰してしまった。広場ではホームレスもあちらこちらで眠り、トルコのクルド人の政治団体が、「ISから脱会した激戦地コバニを再建しよう。なぜ、エルドアンはイスラム国を支援するのか」と訴え、人々の署名を求めていた。

 記念行事のたびに、当局はマリアンヌ像の薄汚い落書きを拭い去っている。

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悲しみは落書きに拭い去られた

カンボジアレストランが襲われた理由

 営業を再開していたカンボジアレストランには昼下がりの時間に訪れた。外のテラスのテーブルは客でほぼ埋まっている。店員は若者が多く、インド系だったり、フランス人だったり、もろもろだ。

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味だけはカンボジアだった

 日射しが強いこともあり、室内に入ってみて、驚き、そしていままでの疑問がすっと氷解した。そこは、まったくカンボジアとは無関係な空間だった。銀色の壁、薄茶のテーブルが日射しを帯びて輝き、フュージョン系の心地良い西洋音楽が流れていた。向かいのカリヨンはジャズ、こちらはフュージョン。西洋そのもので、バタクラン劇場と同じだ。その意味で、テロリストは同時多発テロまでは、入念にターゲットを選んでいたといえる。

 私は奥の席に座り、カンボジアラ―メンのクイティウ(=もやし、青ネギ、イスラムの禁じる豚肉から成る)を注文し、これまでパリで入った、エスニックレストランに思いをはせた。中華、レバノン、インド、ベトナムなど。日本レストラン(フランスでは浮世絵、映画、漫画の影響からか、文化格付けの上位?)を例外として、客の入りとレストランの在り方にひとつの傾向があるように思えた。

 このカンボジアレストランは、外装も内装もカンボジアの色彩を排し、西洋音楽をかける。フランス人には人気店となる。まさにフランスの移民政策の同化主義に添った店。フランスそのものといっていい。一方、自国文化を尊重した造りのエスニックレストランは、味は悪くないのに、客の入りはもうひとつだった。

 すなわち、フランスに住む移民族たちは、西洋風にするか、自国文化を押し通すか、フランス人とテロリストの両方から厳しく踏み絵を迫られている。その象徴が、このカンボジアレストランだったのだ。

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