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「日本死ね」を軽く見てはならない

トランプ現象との類似性

 2016ユーキャン新語・流行語大賞のトップ10に「保育園落ちた日本死ね」が入ったことが物議をかもしています。株式会社ユーキャンや選考委員たちに批判が集まる一方で、社会学者の古市憲寿氏が「あくまでも比喩としての『死ね』と、具体的な他者や人格をおとしめるために使う『死ね』は全然違う」と擁護するなど、様々な議論が行われています。

 確かに多くの人たちは公共のメディアで「死ね」という過激な言葉が使われることに違和感を覚えると思います。新聞や雑誌で「○○死ね」と書けば、相手から訴えられるでしょうし、場合によっては刑事事件になります。もちろんネット上でも同様です。

 しかし、もしこれが「保育園落ちた日本はとんでもない国だ」とか「保育園落ちた日本許せない」であれば、たいした話題にならなかったでしょう。「死ね」という強い言葉だったからこそ、多くの人たちが議論の対象にし、その結果、待機児童問題がクローズアップされたという側面は否定できません。

 そういう意味では、「日本死ね」にはトランプ現象と類似しているところがあります。トランプ氏の発言がポリティカル・コレクトネスに反していたからこそ注目を集めたように、「日本死ね」も一般的な常識や倫理に反していたからこそ注目を集めたのです。

 それゆえ、ポリティカル・コレクトネスに反しているからこそ力を持ったトランプ氏を、ポリティカル・コレクトネスに基づいて批判しても効果がないように、一般常識や倫理に反しているからこそ力を持った「日本死ね」を、一般常識や倫理に基づいて批判しても意味がありません。むしろ、「日本死ね」を批判する人たちは待機児童問題を理解しようとしない既得権益層だということで、「日本死ね」はさらに影響力を拡大していく可能性もあります。

 そもそも流行語大賞発表を機に再び「日本死ね」について議論が行われていること自体、「日本死ね」が大きな影響力を持っている証拠です。トランプ氏を軽く見たツケが回ってきているように、「日本死ね」を軽く見れば、大きなツケが回ってくるかもしれません。

 ここでは、弊誌5月号に掲載した、作家の佐藤優氏と哲学者の山崎行太郎氏の対談を紹介したいと思います。

「保育園落ちた日本死ね」の衝撃

山崎 ……ネットの特徴は、自由で開放的な、ある意味でアナーキーな言論空間を形成していることです。ネット言論には色々問題がありますが、影響力のある思想はアナーキーな空間から出てくることがあるので、ネット言論を軽視することはできません。

佐藤 その意味では、最近話題になっている「保育園落ちた日本死ね」という匿名ブログの問題は興味深いですね。我々のように作家稼業をしている人間は、公共圏で「死ね」という言説を流す度胸はありませんよね。

山崎 逮捕されてしまいますからね。

佐藤 自分の願いが叶わなかったから他者を消滅させると言っているわけですから。

山崎 テロリスト宣言ですよね。

佐藤 これは本来であれば絶対に公共圏では取り上げられないものです。天才バカボンだって「見ない奴は死刑なのだ」というセリフが問題になり、途中から「見ない奴は逮捕なのだ」に変わったくらいですから。仮に私が国会議員だったとしても、出所不明のブログなんて怖くて使えませんよ。

山崎 「偽メール事件」なんてこともありましたからね。

佐藤 ところが東大法学部出身で元検察官の山尾志桜里議員がこのブログを国会で取り上げました。これに対して、安倍総理は「出所不明なものに対してはコメントできない」という極めて当たり前の対応をしたんですが、世論から叩かれた。それで「この問題は深刻に受け止めなければならない」と言い始めたわけです。「出所不明の、しかも『死ね』などというブログを国政の場で扱っていいとは思わない」と開き直っても良かったはずなのに、その勇気もないんですよ。

 待機児童問題が深刻なのは確かです。だから新聞はこの5年くらい実証的に報道してきたわけですが、政治は動かなかった。ところが匿名ブログの「死ね」という言葉が政治を動かした。しかもそれを取り上げたのが、かつて司法の世界にいた人間というわけですから、これは相当高度な思想ですよ。私のような気が弱い人間にはとても付いていけません。

山崎 まさに「人を殺す思想」ですね。

佐藤 その通りです。これまでの山崎さんとの対談では、「人を殺す思想」でなければ現実を動かすことはできないという作業仮説を立ててきましたが、図らずもそのことが実証されたということです。

全文は本誌5月号をご覧ください。

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