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- 2016年12月02日 23:42
特集:トランプ流・次期政権への助走
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米大統領選挙の開票から3週間以上が過ぎ、ドナルド・トランプ政権の発足に向けて助走期間が始まっています。政策や人事に関する情報も飛び交っていますが、「これからの米国はどうなるのか?」と、次期政権への関心はいつもにも増して高いようです。
ただしわれわれが驚いた以上に、トランプ氏本人も戸惑っているのかもしれません。次期大統領の日々のツィートからは、首尾一貫性のないさまざまなメッセージとともに、手探りで次期政権を模索している様子が浮かび上がってきます。間もなく発足する米国次期政権をどう読み解くべきなのか。「トランプ流」は、ユニークな支持者に支えられていることもあり、今までの常識が通じないのが困ったところです。
米国のプロレスでは、善玉、悪玉を問わずレスラーが試合前にマイクを握って大いに会場を沸かせる。内容は思い切りくだらないもので、「あんな野郎、3分で倒してやる。いや、1分で十分だ」などと吼える。しかし真面目な話、1分で相手を倒してしまうと、時間が余ってしまうので興業的には困ることになる。ここはひとつ、善玉レスラーがピンチに陥ったり、謎の覆面レスラーが乱入したりといった「筋書き」が必要になる。そういった「虚構」の部分も含めて、ファンはプロレスを愛好しているわけである。
実際にプロレス興行に携わったこともあるトランプ氏は、そういったレスラーと観衆のコミュニケーションから何かを学習したようである。だから彼の選挙キャンペーンには、いかにもプロレスラーのような「ふかし」が入っている。彼の発言を額面通り、字句通りに受け止めてはいけない。
トランプ氏のもっとも有名な公約は、「メキシコとの国境に壁を作る」であろう。トランプ氏は演説会場で「GreatでBeautifulな壁を作ってみせる」などとぶち上げ、聴衆は「壁を作れ」コールでそれに応える。続けてトランプ氏は、「そのカネを払うのは誰だ?」と会場に呼びかける。すると支持者たちは一斉に「メキシコ!」と叫ぶ。これが真面目な選挙演説だと考えると馬鹿らしくなるが、レスラーと観衆が勝手に盛り上がっているのだと考えればごく自然な光景と言える。
こうした状況に対して、こんな批評が語られ始めている2。
つまりトランプ氏と支持者の間には、常識では理解しがたい独自の「文法」がある。それはちょうど、レスラーとファンの間のようなコミュニケーションなのではないか。ところがメディアは、彼は真面目な候補ではない(not seriously)と見下す一方で、片言隻句には過敏に反応してきた。ところがトランプ支持者たちは、そんな批判にはまったく耳を貸さなかったし、むしろますますメディアを信用しなくなったのではなかったか。
もっともヒスパニック層やメキシコ国民にとっては、「壁を作る」は冗談では済まされない発言だろう。大統領選挙の開票日以降は、実際にメキシコペソが叩き売られている。メキシコに工場を有してグローバル企業も、戦々恐々といったところであろう。
好むと好まざるにかかわらず、われわれは「トランプ流コミュニケーション」を理解しなければならない。その際に、既存のマスメディアによる分析はあまり当てにならない。なんとなれば、彼らは全く「プロレス」を理解できていないからである。
とにかく、この人物には呆れるほど首尾一貫性がない。”The failing @nytimes”(落ち目のニューヨークタイムズ紙)の記事は間違っている、などとこき下ろしていたかと思ったら、11月23日には直接、本社に乗り込んでしまう。その場では同紙を「世界の宝石」と持ち上げ、その後は悪口を控えている。今度はCNNに非難の矛先を向けたりしている。
現在進行中の閣僚人事についても、「ペトレイアス氏に会ったが、非常に印象的であった」などと教えてくれたりする。どうやらサービス精神を発揮して、極秘情報を漏らしてくれているようなのだが、面接を受けた側は気が気ではないだろう。
さらには「フィデル・カストロが死んだ!」とつぶやいたり、全米各地の事故や山火事にお見舞いのメッセージを送ったり、さらには「国旗を燃やすのはケシカラン」といった不規則発言もある。発言がいちいち「天然」過ぎるのである。
民主党陣営から「票の数え直し」要求があり、「一般投票で決めるべきだ」という声が出たりすると、ムキになっていちいち反論している。しかも「不法移民による投票があったはず」などと証拠の不確かな話まで持ち出す。そんなことを言えば、ますます票の数え直しの必要性を認めてしまうので、次期大統領としては黙殺する方が賢明なはずなのだが、我慢していられないところがトランプ流である。政治家らしい「演出」や「計算」は抜きで、1500万人のフォロワーに対していつも地のままの自分をさらけ出している。
かくして、イレギュラーな形で次期政権に関する情報発信が行われている。閣僚人事などの公式発表も、ほとんどがSNSで行われている。驚くべきことに、トランプ氏は当選後に一度も記者会見を行っていない。
11月30日にはこれまたツィートで、「12月15日に記者会見を行う」旨を公表した。それは「大統領職との利益相反がないように、ビジネスからの撤退を宣言するもの」であり、これについてはさすがに真剣に考慮した形跡がある。なんと4回分のツィートを使って、以下のように「大統領職に専念するためにビジネスを手放す」と宣言している。
こんな調子であるから、過去のトランプ氏の発言をいちいち掘り起こして、「国際秩序が崩壊する」「自由貿易が危ない」「日米同盟はどうなる?」などと大騒ぎしているのは、あまり生産的なこととは思われない。次期政権の「予定は未定」なのだと割り切って、今の助走期間を見守るしかないのではないだろうか。
11月21日には、トランプ陣営は「就任当日(Day One)に実行すること」を公表した3。これも動画投稿サイト、ユーチューブを使った2分半のビデオメッセージで、日本では「TPPからの離脱」ばかりが報道されているが、全体としては以下の6点を宣言している。
1. 貿易:政権初日にTPPからの離脱を宣言する。二国間交渉は否定しない。
2. エネルギー:エネルギー生産に関して、「雇用を害する」規制を緩和する。
3. 規制:新しい規制を1つ導入する際には、2つの規制をなくす。
4. 安全保障:国防総省に「あらゆる形の」サイバー攻撃に対する計画を作らせる。
5. 移民:米国民の雇用を脅かすビザの乱用を労働省に調査させる。
6. 政治倫理:退職した政府高官は、5年間ロビイストになることを禁ずる。
よくよく見ると、明確に言い切っているのは1の「TPP離脱」だけである。2から6までは抽象的であるし、この中には「オバマケアの廃止」もなければ、「パリ協定からの離脱」もない。選挙戦で語っていた内容からは大幅に後退している。「TPP離脱」は新政権にとって「まったく腹が痛まない」ことなので、これだけは断言できたのであろう。
ここで重要なのは、かかるメッセージに対してトランプ支持者たちからの不満や失望がほとんど聞こえてこないということである。案の定、期待値はさほど高くないので、トランプ次期政権は政策課題を柔軟に設定することができるのだ。
TPPについて言えば、「反自由貿易」はトランプ氏の選挙公約の中でも「一丁目一番地」的な存在であるから、この時期の離脱宣言はやむを得ぬところであろう。とはいえ、トランプ次期政権と「二国間FTAをやりたい」国が出てくるとは思われない。また、米財界に対して、「FTAをやるから要望を出せ」といえば、おそらく中身的にはTPPと近いものが出てくるだろう。さらに議会共和党には、TPPを推進した議員たちが大勢いる。
ということは、日本側はTPPを現時点で絶望視する必要はないことになる。他の交渉参加10か国も同様に割り切れない思いをしているはずなので、粛々と批准の手続きを進めたうえで、トランプ政権に対して時間をかけて翻意を促せばよい。経済規模から言っても政権の安定度から言っても、日本がその先頭に立たなければならないだろう。
ただしわれわれが驚いた以上に、トランプ氏本人も戸惑っているのかもしれません。次期大統領の日々のツィートからは、首尾一貫性のないさまざまなメッセージとともに、手探りで次期政権を模索している様子が浮かび上がってきます。間もなく発足する米国次期政権をどう読み解くべきなのか。「トランプ流」は、ユニークな支持者に支えられていることもあり、今までの常識が通じないのが困ったところです。
●「トランプ流」に戸惑うメディア
以前、本誌で紹介して、驚くほど反響があったのが「トランプ支持者=プロレスファン説」である1。トランプ氏がとうとう”President-elect”になってしまった今、この説をもう一度取り上げてみたい。米国のプロレスでは、善玉、悪玉を問わずレスラーが試合前にマイクを握って大いに会場を沸かせる。内容は思い切りくだらないもので、「あんな野郎、3分で倒してやる。いや、1分で十分だ」などと吼える。しかし真面目な話、1分で相手を倒してしまうと、時間が余ってしまうので興業的には困ることになる。ここはひとつ、善玉レスラーがピンチに陥ったり、謎の覆面レスラーが乱入したりといった「筋書き」が必要になる。そういった「虚構」の部分も含めて、ファンはプロレスを愛好しているわけである。
実際にプロレス興行に携わったこともあるトランプ氏は、そういったレスラーと観衆のコミュニケーションから何かを学習したようである。だから彼の選挙キャンペーンには、いかにもプロレスラーのような「ふかし」が入っている。彼の発言を額面通り、字句通りに受け止めてはいけない。
トランプ氏のもっとも有名な公約は、「メキシコとの国境に壁を作る」であろう。トランプ氏は演説会場で「GreatでBeautifulな壁を作ってみせる」などとぶち上げ、聴衆は「壁を作れ」コールでそれに応える。続けてトランプ氏は、「そのカネを払うのは誰だ?」と会場に呼びかける。すると支持者たちは一斉に「メキシコ!」と叫ぶ。これが真面目な選挙演説だと考えると馬鹿らしくなるが、レスラーと観衆が勝手に盛り上がっているのだと考えればごく自然な光景と言える。
こうした状況に対して、こんな批評が語られ始めている2。
“The press takes him literally, but not seriously;トランプ氏の発言を言葉通り(literally)に捉えると、「次期政権がメキシコとの国境に壁を作らなかったら公約違反になる」(支持者が怒りだすだろう)などという観測が成立してしまう。だがそれは、「あのレスラーはちゃんと1分で敵を倒さなかったじゃないか」と文句を言っているようなもので、真っ当なプロレスファンは、「こいつ、何もわかっちゃいねえな」と呆れることだろう。たぶんトランプ支持者たちは、次期政権がメキシコ国境に壁を建てなくともとやかく言わないだろう。せいぜい既存のフェンスを直して国境管理を厳しくする程度で十分なはずである。
his supporters take him seriously, but not literally.”
(マスコミはトランプ氏を言葉通りに捉えるが、真面目に受け止めてはいない。
支持者はトランプ氏を真面目に受け止めているが、言葉の内容にはこだわらない)
つまりトランプ氏と支持者の間には、常識では理解しがたい独自の「文法」がある。それはちょうど、レスラーとファンの間のようなコミュニケーションなのではないか。ところがメディアは、彼は真面目な候補ではない(not seriously)と見下す一方で、片言隻句には過敏に反応してきた。ところがトランプ支持者たちは、そんな批判にはまったく耳を貸さなかったし、むしろますますメディアを信用しなくなったのではなかったか。
もっともヒスパニック層やメキシコ国民にとっては、「壁を作る」は冗談では済まされない発言だろう。大統領選挙の開票日以降は、実際にメキシコペソが叩き売られている。メキシコに工場を有してグローバル企業も、戦々恐々といったところであろう。
好むと好まざるにかかわらず、われわれは「トランプ流コミュニケーション」を理解しなければならない。その際に、既存のマスメディアによる分析はあまり当てにならない。なんとなれば、彼らは全く「プロレス」を理解できていないからである。
●我慢できない天然さが「トランプ流」
とはいうものの、「一言一句に捉われずに、トランプ氏をありのままに受け止める」ことは簡単ではない。そのことは、ツイッターで@realDonaldTrumpをフォローしていると、しみじみ感じるところである。とにかく、この人物には呆れるほど首尾一貫性がない。”The failing @nytimes”(落ち目のニューヨークタイムズ紙)の記事は間違っている、などとこき下ろしていたかと思ったら、11月23日には直接、本社に乗り込んでしまう。その場では同紙を「世界の宝石」と持ち上げ、その後は悪口を控えている。今度はCNNに非難の矛先を向けたりしている。
現在進行中の閣僚人事についても、「ペトレイアス氏に会ったが、非常に印象的であった」などと教えてくれたりする。どうやらサービス精神を発揮して、極秘情報を漏らしてくれているようなのだが、面接を受けた側は気が気ではないだろう。
さらには「フィデル・カストロが死んだ!」とつぶやいたり、全米各地の事故や山火事にお見舞いのメッセージを送ったり、さらには「国旗を燃やすのはケシカラン」といった不規則発言もある。発言がいちいち「天然」過ぎるのである。
民主党陣営から「票の数え直し」要求があり、「一般投票で決めるべきだ」という声が出たりすると、ムキになっていちいち反論している。しかも「不法移民による投票があったはず」などと証拠の不確かな話まで持ち出す。そんなことを言えば、ますます票の数え直しの必要性を認めてしまうので、次期大統領としては黙殺する方が賢明なはずなのだが、我慢していられないところがトランプ流である。政治家らしい「演出」や「計算」は抜きで、1500万人のフォロワーに対していつも地のままの自分をさらけ出している。
かくして、イレギュラーな形で次期政権に関する情報発信が行われている。閣僚人事などの公式発表も、ほとんどがSNSで行われている。驚くべきことに、トランプ氏は当選後に一度も記者会見を行っていない。
11月30日にはこれまたツィートで、「12月15日に記者会見を行う」旨を公表した。それは「大統領職との利益相反がないように、ビジネスからの撤退を宣言するもの」であり、これについてはさすがに真剣に考慮した形跡がある。なんと4回分のツィートを使って、以下のように「大統領職に専念するためにビジネスを手放す」と宣言している。
①I will be holding a major news conference in New York City with my children on December 15 to discuss the fact that I will be leaving my…
②great business in total in order to fully focus on running the country in order to MAKE AMERICA GREAT AGAIN! While I am not mandated to…
③do this under the law, I feel it is visually important, as President, to in no way have a conflict of interest with my various businesses.
④Hence, legal documents are being crafted which take me completely out of business operations. The Presidency is a far more important task!
●政策は流動的で「走りながら検討中」
要するにこういうことなのではないか。思いがけず大統領選挙で勝ってしまったために、トランプ氏は予定になかった仕事をたくさん抱え込んでしまった。閣僚人事から今後の政策まで、あらゆることが未定であるために急いで決めなければならない。これまで続けてきた事業を手放さなければならない、という決断もようやく今になって下したところである。ご本人としてはたぶん断腸の思いであろうが、裏を返せば「大統領になる」ための準備がいかに出来ていなかったか、ということになる。こんな調子であるから、過去のトランプ氏の発言をいちいち掘り起こして、「国際秩序が崩壊する」「自由貿易が危ない」「日米同盟はどうなる?」などと大騒ぎしているのは、あまり生産的なこととは思われない。次期政権の「予定は未定」なのだと割り切って、今の助走期間を見守るしかないのではないだろうか。
11月21日には、トランプ陣営は「就任当日(Day One)に実行すること」を公表した3。これも動画投稿サイト、ユーチューブを使った2分半のビデオメッセージで、日本では「TPPからの離脱」ばかりが報道されているが、全体としては以下の6点を宣言している。
1. 貿易:政権初日にTPPからの離脱を宣言する。二国間交渉は否定しない。
2. エネルギー:エネルギー生産に関して、「雇用を害する」規制を緩和する。
3. 規制:新しい規制を1つ導入する際には、2つの規制をなくす。
4. 安全保障:国防総省に「あらゆる形の」サイバー攻撃に対する計画を作らせる。
5. 移民:米国民の雇用を脅かすビザの乱用を労働省に調査させる。
6. 政治倫理:退職した政府高官は、5年間ロビイストになることを禁ずる。
よくよく見ると、明確に言い切っているのは1の「TPP離脱」だけである。2から6までは抽象的であるし、この中には「オバマケアの廃止」もなければ、「パリ協定からの離脱」もない。選挙戦で語っていた内容からは大幅に後退している。「TPP離脱」は新政権にとって「まったく腹が痛まない」ことなので、これだけは断言できたのであろう。
ここで重要なのは、かかるメッセージに対してトランプ支持者たちからの不満や失望がほとんど聞こえてこないということである。案の定、期待値はさほど高くないので、トランプ次期政権は政策課題を柔軟に設定することができるのだ。
TPPについて言えば、「反自由貿易」はトランプ氏の選挙公約の中でも「一丁目一番地」的な存在であるから、この時期の離脱宣言はやむを得ぬところであろう。とはいえ、トランプ次期政権と「二国間FTAをやりたい」国が出てくるとは思われない。また、米財界に対して、「FTAをやるから要望を出せ」といえば、おそらく中身的にはTPPと近いものが出てくるだろう。さらに議会共和党には、TPPを推進した議員たちが大勢いる。
ということは、日本側はTPPを現時点で絶望視する必要はないことになる。他の交渉参加10か国も同様に割り切れない思いをしているはずなので、粛々と批准の手続きを進めたうえで、トランプ政権に対して時間をかけて翻意を促せばよい。経済規模から言っても政権の安定度から言っても、日本がその先頭に立たなければならないだろう。
- 吉崎達彦(かんべえ)
- 双日総合研究所取締役副所長・同主任エコノミスト。



