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尖閣諸島の空は守れるのか ~新安保法制の不備是正を急げ~ - 織田邦男

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政策提言委員・元航空支援集団司令官 織田邦男

はじめに

 航空自衛隊(以下「空自」)は昭和33年、自衛隊法84条に基づく領空侵犯措置を開始し、日本の領空主権を守ってきた。24時間、365日、全国28個のレーダーサイトで我が国周辺の監視を続け、7つの基地で戦闘機を待機させ、スクランブル命令が下達されれば5分以内に離陸できる態勢をとっている。これまでのスクランブル回数は2万5千回を超える。

 冷戦中の主対象はソ連軍機であり、冷戦終焉後は中国軍機になった。特に近年の中国軍機の活動は著しく増加しており、挑発行動もエスカレート気味であり、領空主権に対する深刻な脅威となっている。 防衛省統合幕僚監部の発表によると、平成28年度上半期の緊急発進回数は594回であり、前年度の同時期と比べて251回増加したという。その内、中国機に対する緊急発進回数は合計407回であり、前年度の同時期と比べて176回増加している。如何に中国機の活動が拡大・活発化の傾向にあるかが分かる。

 中国軍は制空戦闘能力向上に伴い、徐々に活動領域を尖閣諸島方面に延伸しつつある。尖閣諸島周辺空域の実効支配をめぐる熾烈な鍔迫り合いが連日繰り広げられているようだ。航空自衛隊のスクランブル状況、そして日本政府の反応を瀬踏みしながら、少しずつ活動領域を広げ、傍若無人さを増しながら、サラミをスライスするように既成事実を積み重ねている。

  冷戦期の主対象はソ連の爆撃機であり、日本領空への接近は「偵察と訓練」が主目的であった。現在、主対象は中国の戦闘機であり、その目的は尖閣諸島の「実効支配の奪取」である。冷戦期と状況は全く異なる。冷戦期に問題なく領空侵犯措置を遂行できたからといって、今後もできると安易に思っていたら甚だ危険である。徐々に活動領域を広げつつある中国軍機が尖閣諸島の領空を侵犯するのは時間の問題かもしれない。その時、航空自衛隊は領空主権を守れるのか。そのためには何が問題で、何を為さねばならないのか。今一度振り返ってみる必要がある。

空のグレーゾーン事態対応

 昨年の新安全保障法制論議では、安倍内閣は武力攻撃事態以前の「グレーゾーン事態」については、現行法制のまま「運用でカバーする」として、法整備には手を付けなかった。

 今後、尖閣諸島をめぐって、「警察事態なのか防衛事態なのか」「犯罪なのか侵略なのか」が明瞭でなく、「法執行か自衛権行使か」「武器の使用か、武力行使か」に迷う事態が発生する可能性は高い。例えば漁民に扮した武装民兵が尖閣諸島周辺の領海を侵犯し、上陸を企て占拠したような事態だ。

 先ずは法執行機関として海上保安庁や警察が対応するだろう。仮に事態が海保や警察の手に負えない場合、海上警備行動や治安出動を下令して自衛隊を投入する。昨年の新安保法制論議では、法改正は実施せず、これらの命令を下令するまでの手順を簡素化して、迅速に自衛隊を投入できるようにするというのが安倍内閣の考え方であった。

 筆者はこれに対しては深い懸念を抱いている。自衛隊投入自体の考え方が、そもそも安易すぎる。自衛隊は国際的には軍隊であり、軍隊は最後の手段である。軍を法執行の補完とはいえ軽々に投入すべきではない。米国の場合も、連邦軍は領域内での法執行は憲法で禁止されている。

 また海上警備行動、治安出動は「警察権」の行使であり、法執行の補完である。投入される自衛隊の権限も警察権行使に縛られる。警察権行使という手足を縛ったまま軍(自衛隊)を投入するなど、百害あって一利なしである。 中国は今、”White Ship Strategy”という戦略をとっていると言われている。人民解放軍の投入は控え、公船(海警)、つまり白い船や漁船(民兵)を出して既成事実を積み重ねる戦略である。国際社会の非難を極力回避し、米国の軍事介入を避けるためである。中国は米国が介入しない形で尖閣諸島の実効支配を奪おうとしているのだ。 このような中、海保や警察が手に負えないからと言って、先に自衛隊を出すことは中国に軍事力投入の口実を与えるだけであり、中国の思う壺である。公船や民兵に対しては、最後まで海保、警察が対応できるよう体制の強化を急がねばならない。

 では、上空ではどうか。平時の領空侵犯は武力攻撃事態以前の主権侵犯事態であり、まさに「グレーゾーン事態」そのものである。だが上空には海保や警察のような「航空警察」は存在しない。最初から軍と軍(空自)とが相対することになる。陸上、海上のように「運用でカバー」して迅速に「選手交代」ということは出来ない。中国軍機に対しては、平時から有事まで、空自が切れ目なく対応しなければならない。

 上空における「グレーゾーン事態」は、領空侵犯措置が警察活動なのか防衛行動なのかによって対処要領が大きく変わってくる。

 一般的に領空侵犯措置には3つの性格があると言われる。

 ①領域保全のための国際法上の不法行為を阻止し、又は排除する部隊行動、所謂国際法上の警察活動 ②侵略未然防止の観点から外国軍用機の行動を警戒監視する必要があり、個々の侵入機が軍事常識上敵性行為と判定された時は、国際慣習法により認められている自衛措置を講ずる防衛行動 ③戦時中立の義務履行のための部隊行動 領空侵犯措置は、その時の状況によって警察活動から防衛行動まで変化し得る。しかも上記①②の接際部は必ずしも明確ではない。空自は警察活動から防衛行動までのファジーでグレーな状況に関し、切れ目なく一貫した対応がとれなければならない。

 平成22年10月29日、日本政府は答弁書で「84条は『公共の秩序の維持』に該当する任務」と述べている。つまり領空侵犯措置というのは平時の警察活動であることを明確にしたのだ。ということは、明らかに「侵入機が軍事常識上敵性行為と判定された」としても、84条では国際慣習法によって我が国を守る防衛行動はとれないことになる。本当にこれで空の「グレーゾーン事態」に対応できるのだろうか。 防衛法関係法令に詳しい安田寛氏は「防衛法概論」の中で領空侵犯措置について「渉外警察作用」という言葉を使って次のように説明する。

 「軍隊が組織的かつ計画的に外国の領域に侵入する行為は、武力攻撃であり、自衛権を発動させる。しかし、少人数の部隊が偶発的に国境を越えて他国の領域に侵入した場合にこれを排除する行為は、むしろ国家の領域主権に基づくものというべきである。武力攻撃に対する自衛権の行使が、国家の防衛高権の作用であるのに対し、この場合に採られる措置は、警察高権の作用である。(中略)自衛権行使の場合には、その行動が自国の領域から公海に及び、更に相手国の領域に及ぶことがあるのに対し、警察高権は領域主権の属性であって、自国の領域の外に行動が及ぶことはない。ただ、この場合の警察作用の対象は、外国の国家機関であるから、そのような強制行為については、国際法の規律に従うこととなる。この場合の警察作用は一般的のそれと区別して渉外警察作用と称することができよう」 この「渉外警察作用」という概念も極めて分かりづらい。諸外国で自国の領空侵犯措置を渉外警察作用と位置づけて実施している国があるのかどうか寡聞にして知らない。だが少なくとも「公共の秩序の維持」を超えるものであり、国際法の規律に従う領域主権の防衛行動も一部含まれているようだ。

 領空侵犯措置を防衛行動として位置づけるのであれば、任務遂行のための武器使用については、国際法に則って事前に部隊行動基準(ROE)を策定し、政治がこれでもって空自を律すればいい。だが「公共の秩序の維持」という警察活動として位置づけるならば、領域内に侵入して「退去しない」「強制着陸に応じない」など「軍事常識上敵性行為」を行う外国軍用機に対しての武器使用権限については法律で明示しておかねばならない。

 しかしながら、現実はどうか。自衛隊法には各種任務について、それぞれ詳細に武器使用権限が規定されている。だが不思議なことに84条だけが「権限規定」がない。これが何を意味するのかは後述するが、武器使用権限が明示されないまま、空の「グレーゾーン事態」に適切な対応が出来るのだろうか。

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