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3歳のときに感じた気持ちは、いつか絶対誰かが書いてしまうと思っていた。でも、30年経っても誰も書いていなかったので物語にした──川村元気(2)|作家と90分|瀧井 朝世

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川村元気(かわむら・げんき)
画像を見る川村元気

1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業。『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『バクマン。』『バケモノの子』『君の名は。』『怒り』などの映画を製作。2011年に優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。12年には初小説『世界から猫が消えたなら』を発表。同書は本屋大賞へのノミネートを受け、130万部突破のベストセラーとなり映画化された。他著作として、中国での映画化も決定した小説第2作『億男』、絵本『ティニー ふうせんいぬのものがたり』『ムーム』『パティシエのモンスター』、対話集『仕事。』『理系に学ぶ。』『超企画会議』など。

『世界から猫が消えたなら』を書いたきっかけの一つは携帯をなくしたことだった。

――ところで、いつも年に一度はバックパッカーとして一人で旅をすると前におっしゃっていましたよね。『四月になれば彼女は』は世界のさまざまな土地が出てきますが、これらは全部行ったところなんですか。ボリビアとか、インドとか、アイスランドとか。

川村 全部行ったところです。「あの世」みたいな場所を選びました。景色を見て「嘘みたーい」「何ここアニメの世界?」と言ってしまいそうな場所(笑)。東京にいて、純みたいな性に奔放な女性の話を聞くと「嘘だろうそれ」って言いたくなるけれど現実にそういう人はいるんですよね。だから、遠くを旅して嘘みたいな景色の中で嘘みたいな恋愛をする人もいるし、東京のものすごくリアルな景色の中で信じられないような恋愛をする人もいるという対比が面白いなと考えたんです。

――これ、映画化したら各地の映像がきれいだなと思って。

川村 海外の4か所ロケで10億以上かかりますよ(笑)。サイモン&ガーファンクルの曲を使うだけでも相当かかりますし。この小説では音楽がずっとかかっているんです。洋楽邦楽合わせて20曲以上でしょうか。映画では予算の問題で、こんなに曲をかけることは不可能でしょうね。

――『世界から猫が消えたなら』を書かれた時も、映像ではできないことを書きたかった、とおっしゃっていたけれど映像化されましたね。

川村 そうなんです。あれは「何かが消えた世界」という、映像としては非常に表現が難しい構造を使って小説にしたんです。映画では、大切なものが消えた後の人間関係というところにフォーカスした脚本にして成立させていて、とても映画的な発明で面白いと思いました。『億男』も中国で映像化が進んでいるんですが、あれはどうなるのかな。お金の話を映像化するのも難しいですよ。たとえば競馬で1億円賭けたら、レースを見ながらものすごいアドレナリンが出る。でもそういう感じって映像には映らないからすごく難しいんです。

『四月になれば彼女は』は、現在の恋愛と過去の恋愛をかなり細かいカットバックで描いているし、音楽をずっと鳴らしているし、海外ロケは必要だし、と思ったら東京にいる登場人物たちは部屋で映画を観てばかりで動かない。喋らないふたりのつばぜり合いに量を割いている話なので、映像化はかなり困難ですよ(笑)。アン・リー監督に撮ってもらえばなんとかなるかもしれません。カウボーイが羊を追うだけで映画にしちゃう人ですから。

――『ブロークバック・マウンテン』のことですね(笑)。小説を書くからには、映像化できないものを書こうという気持ちは今も強いですか。

川村 そこまで肩ひじ張らなくなりましたね。ただ、映画でできないことのストレスを小説を書くことで発散している気がします。

――『世界から猫が消えたなら』の時に、小説を書き始めた理由はふたつあるとおっしゃっていましたよね。ひとつは、携帯電話を落としたことだったという。

川村 そう、それで僕以外の全員が電車の中で携帯を見ている時に、僕は窓の外に虹を見つけたんです。それで、ものを失くしたことで得るものもあるんだなと思って。

次作のテーマは「記憶」。人間を人間たらしめているのは記憶だと思うから。

――理由のもうひとつは、映画『悪人』を作る時に原作者の吉田修一さんも脚本に参加されたわけですが、小説家が映画に参加する姿を見て、その逆をやってみるのも面白そうだと思ったという。

川村 そう、それが完全なきっかけでしたね。それで『世界から猫が消えたなら』を書いて吉田さんに読んでもらったら「面白いと思うけれど、次は三人称で書いたら?」と言われたんです。それで次は三人称で書くことにしたんですが、どうにも名前をつけることに抵抗があって。『世界から猫が消えたなら』のときは人間に誰も名前をつけずに書いたのですが、三人称で書くとなると登場人物に名前が必要で。でもどうしても普通の名前をつけたくなかったんですよ。それで『億男』は一男や九十九といった、数字の名前にしたんです。それがちょうど『怒り』の映画化の話が始まったくらいの時だったのかな。吉田さんに『億男』を読んでもらったら「社交辞令と、ちゃんと意見を言うのとどっちがいい?」と訊かれて「もちろんちゃんと意見を言われるほうがいい」と言ったら、次に挑戦すべきことについての話をすごく丁寧にしてくれて。

――具体的にはどういう?

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川村 『億男』について、「描写に興味がないのは分かるんだけれど、次は描写をやってみたら」と。確かにそれまで僕はあまり描写に興味がなかったんですね。むしろ龍安寺の石庭のように、フレームだけがあってそこを読者が埋めていくという読まれ方をすることで自分ならではの小説にしていきたいと思っていた。でも、僕は吉田さんに言われたことは全部その通りにやろうと決めているんです(笑)。なので『四月になれば彼女は』は書き方を大きく変えてみた。これまではストーリーや人物の動きを書いていましたが、今回は動かない人たちの状況とか、考えてることを延々と描写していったんです。

 映画って、何かどこかを動かしたくなるんですよ。でも小説って、主人公の男と婚約者の女性が座ってぼーっと恋愛映画を観ているだけでも、かつてこの人たちの過去に何があったのか、いま何を考えているのかを書くことができる。ただ座っている風景だけでもいろいろ書けるのが小説の面白さなんだなと思いました。

――4作目はどうなるでしょうか。

川村 『四月になれば彼女は』が終盤にいくにつれて、恋愛の話から、どんどん記憶の話になっていったので、次のテーマは記憶にしようと思っています。人工知能とかロボティクスとかっていろいろ語られているけれど、結局人間を人間たらしめているのは記憶なんだというところに行きつく。たとえば僕が脳死して、僕の体に人工知能を入れた時、それは僕じゃないと思うんです。でも僕の体が潰れちゃって、僕の記憶だけをロボットの体に移植したら、そのロボットは僕かもしれない。それくらい記憶っていうものが人を人たらしめている。それこそ『君の名は。』も記憶をめぐる話でもあった。『四月になれば彼女は』もやっぱり、ハルという初恋の人、弥生という目の前の婚約者との記憶の話でもあるんです。

――次の小説はAIが出てくるんですか?

川村 人工知能はもう語るにはちょっと古くなりつつある気もしています。はっきりしているのは、また幸福論を描くことです。僕は「何が人間にとっての幸せなのか」ということにしか興味がない。記憶を使って幸福論を書く時に思うのは、やっぱり生きながら忘れていくというのは、死ぬことより残酷だということ。でも記憶を失う時に、何かを得るような気もしているんですね。それは何かというと当然見えないもの、映像にも映らないものですから、それを小説に書いてみたいなと思っています。いま膨大な取材を重ねていまして、完成するのは2年後になると思います。

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