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恋愛小説が全然売れないと言われた。なぜだろうと思って、20代から40代の男女100人に取材した。確かに誰も熱烈な恋愛をしていなかった。──川村元気(1)|作家と90分|瀧井 朝世

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『源氏物語』でも『人間失格』でも『モテキ』でも男は基本的にじっとしてる。

――過去の恋愛って、遠い日の花火だから綺麗に見えるところがありますよね。

川村 そうなんです。あとは、男の能動性のなさ、みたいなことも書いてみたくて。読んでいる女の人がなるべくイライラするといいなと思ったんですよね。

――そう、それで私はこの小説を読んだ時に『ノルウェイの森』を思い出したんです。アイテムの散りばめ方とか漂う虚無感もそうなんですけれど、なにより男の人の周りに個性的な女性たちがいて、いろいろ物語を動かしていくというイメージが重なって。

川村 恋愛小説を書くにあたり、過去の恋愛小説を読み直していきました。気づいたのは、どの小説も基本的に、男は動かない(笑)。『錦繍』もそんな話だなと思ったんです。『冷静と情熱のあいだ』も『源氏物語』だってそうだし、恋愛小説とは違うけれど『人間失格』もそう。葉蔵君は何もしないで、でも周囲の女の人は「あの人は天使のような人でした」と言う。恋愛小説というのは、男の人はじっとしていて、その周りを女の人がグルグルしている。その古典性は採ろうと思いました。実は『モテキ』もそうなんですよね。男という装置を使って、女性の多様性を描いている。

――ああ、あのコミックの映画化作品も川村さんプロデュースでしたね。

川村 なんでコイツはこんなに主体性がないんだと思わせる、それが男なんです。でもそれが一番、女性にとっては残酷なことなんだなと思ったんです。男が決めない、動かない、判断しない、事なかれでいる、というのが。『人間失格』の頃からそうだなと思っていたので、それはちょっとやってみたかったんですよ。動かない男性の目線から、女性のカラフルな感情をみせるというのが恋愛小説なんじゃないかなと思ったんですね。結局『源氏物語』だって、光源氏が魅力的なんじゃなくて、まわりの女性たちが魅力的なんですよね。『モテキ』も『人間失格』も。

――女の人たちのバリエーションも豊かですしね。

川村 そう。それを今、書かなきゃいけないと思ったんです。今の女性たちの価値観だったり、恋愛感情の多様性だったりということを、恋愛小説の古典的なフォーマットで書くというチャレンジをしてみたかった。最近、『源氏物語』がなぜ書かれたのか、すごく分かるようになりました。女性のバリエーションを書けば書くほど、恋愛ってなんだろうというところに近づいていく気がしたんです。男性の恋愛感情を書いても全然面白くないっていう。

――じゃあ、ここに登場する女性たちは取材で会った方々がかなり投影されているんですね。

川村 ほぼモデル小説みたいなところがあるかもしれない。5、6人をもって1人の人物を作っている感じですけれど。

――婚約者の妹の純という女性が、奔放というか、妙にストレートに主人公を誘惑してきて、あれがものすごくリアルでしたね。ああいう女の人って小説の中にしかいないキャラクターのようでいて、実際に結構いるんですよね。

川村 実際にいます。そうでないとあんなにリアルに書けないですよ。『モテキ』を作った時もそうだったんですけれど「出てくる女性で誰が一番自分に近いですか?」と質問する人がいますよね。でも僕は女の人は阿修羅像で、相手によって全然性格を変えると思うので、女性ならみんな、今回登場する女性たちの誰にでもなりえるんじゃないかと思います。

誰もがふと思うけれど形にしていないことを形にしたときに、『君の名は。』みたいに1000万人と手を繋げることもある。

――性愛に積極的な人だけでなく、プラトニックな感情も描かれますね。

川村 男性恐怖症とか、絶食系女子といって片づけられてしまう女性の真実も知りたかったんですよ。男の人を受け付けない女性の中味を掘っていくと、そこにも恋愛感情が見えるんじゃないかなと思ったんです。だからそういう人も取材しました。その人のケースで納得したのは、自分の思い出の中に「この人」と思える人がひとりいれば、あとは不要になるという話でした。それは究極の純愛だ、とも思いました。恋愛の話って、取材すればするほど、こんな嘘みたいな話があるのかということがいっぱいありました。これを小説に書いていけばいいんだなと素直に思えた。でもいろいろヘビーでした。

――どうヘビーだったんですか。

川村 『億男』を書くために100人を超える億万長者に取材した時もそうでしたけれど、やっぱり人の人生を賭した話を聞くのは、ずっしり重いものをもらいますね。今回は墓まで持っていくつもりだった恋の話をどれだけ聞き出して書けるかということをテーマにしていました。男はなんでも喋るけれど、女性は友達にも恋人にも夫にも話していないという秘話を持っていて、それはその人にとって宝物なんですよ。その話を聞かせてもらうという体験はすごくパンチがありました。恋愛というものを超えて、もう人間の幸福論に迫るような内容になっていったので。すごく面白かったです。同時にとても疲れましたけれど。

――先ほども言いました恋愛小説の新人賞の選考会でご一緒した時、「今の時代はこういう恋愛のほうが響くと思う」ということを明確におっしゃっていましたよね。川村さんは恋愛における「今どき」というのをすごく把握しているんだなという印象がありました。

川村 やっぱり作る仕事って、響かないと絶望が深いんですよ。それは売れる売れないの問題じゃなくて。自分が持っている違和感とか疑問から出発したものが、どれくらいの数の人と手を繋げるんだろうということなんです。同じ時代を生きる人たちと、僕は同じことを感じているよね、というのを確認したい気持ちがあって、だから響かないと絶望する。

――その時代の感覚を把握するというより、自分の感覚を大事にするということでしょうか。

川村 そうですね。僕が感じていることは、全然特殊なことじゃないと思うんです。今の時代、よく考えたらまわりが誰も恋愛をしていないよなという気持ちって、誰でもふと思うことなんじゃないでしょうか。そういう、誰もがふと思うんだけれども、誰も形にしていないものを、物語にしてみると、10万人、100万人、もしかしたら『君の名は。』みたいに1000万人と手を繋ぐこともありえるのだなと思っています。だからいつも自分の気持ちを深く考えますね。大衆の気持ちというのはさっぱり分からない。

 最近は〈気分〉と呼んでいます。人の気分って本当に移ろいやすくて掴むのが難しい。でも決定的な同じ気分を同時に1000万人と共有しちゃうこともある。その時、その気分というものの一部が、自分のなかにも確実にある。それを探って、表現するということでしょうか。

有名な『卒業』のラストシーン。でも映画では描かれなかった「その後」が大事。

――では『君の名は。』はどういう〈気分〉だったんですか。男の子がいて、女の子がいてという、いわゆる「ボーイ・ミーツ・ガール」ものというところから始まったのか…。

川村 いや、あれは“Boy doesn’t meet girl”なんですよ。『君の名は。』でふたりが出会うのは、たった3回だけです。

――あ、そうですね(笑)。

川村 新海誠さんという作家が描く世界はすごく今の〈気分〉だなとはずっと思っていたんです。その〈気分〉を共有できる形で映画にできるんじゃないかと思って、一緒に仕事をしてみたら、信じられないヒットになった。

 男の子と女の子が会う話ではなく、会えない話のほうが今の〈気分〉だったということでしょうね。会ってどうこうなるということじゃなくて、ずっと誰かと会うはずなのに、会えるべき人に会っていないという気分。自分にもきっと、まだ会っていない誰かがいるんじゃないかという渇望感。今恋愛をしていない時代だから育った渇望感だと思います。

――なるほど。では、男女が出会った後を描く『四月になれば彼女は』のラストは、どのように考えていたのですか。

川村 この小説のタイトルを映画『卒業』でも使われたサイモン&ガーファンクルの曲名にしたのは、前振りとして、「恋愛が始まった後の困難を人はどう乗り越えるか」という意味もあるんです。

――ああ、作中でも『卒業』のラストシーンに言及されていますよね。結婚式場から抜け出したあのカップルは、実はあの後の人生が大変なんじゃないかという。

川村 映画の表現でいうと「ピークアウト」と言うんですけれど、ピークが起きた後にはかならず落ちるんです。表現としての映画のクライマックスをピークとすると、必ずアウトがある。そこをどう乗り越えるかというのがすごく大事なんです。恋愛をあえて映画的に言うと、そのピークアウトをどう乗り越えるかが重要だなと思いました。『四月になれば彼女は』という歌は、四月から九月までの歌なんです。サイモン&ガーファンクルは、半年分しか歌ってくれていないんですよ。そこからが大変なんだよということで、その残りの半分を書き継いでいったという感じですね。

――だから月ごとに章が進んでいく形式なんですね。ところで、『卒業』や『道』など具体名が出てくる映画もあれば、『エターナル・サンシャイン』や『her/世界でひとつの彼女』のように、映画を観た人には分かるけれどタイトルが出てこない作品もありますね。あの違いは何ですか。

川村 古典となって定着しているものは名前を書いています。今の問題を書きたいので最近の映画も出していますけれど、今のものや流行りもの、なんというかまだ決着がついていないものは匿名にしています。だから『四月になれば彼女は』というタイトルにしたのも、この曲とこの曲名がなくなることはないと思ったからです。

【3歳のときに感じた気持ちは、いつか絶対誰かが書いてしまうと思っていた。でも、30年経っても誰も書いていなかったので物語にした──川村元気(2)】に続く

聞き手:瀧井 朝世

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