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恋愛小説が全然売れないと言われた。なぜだろうと思って、20代から40代の男女100人に取材した。確かに誰も熱烈な恋愛をしていなかった。──川村元気(1)|作家と90分|瀧井 朝世

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川村元気(かわむら・げんき)
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1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業。『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『バクマン。』『バケモノの子』『君の名は。』『怒り』などの映画を製作。2011年に優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。12年には初小説『世界から猫が消えたなら』を発表。同書は本屋大賞へのノミネートを受け、130万部突破のベストセラーとなり映画化された。他著作として、中国での映画化も決定した小説第2作『億男』、絵本『ティニー ふうせんいぬのものがたり』『ムーム』『パティシエのモンスター』、対話集『仕事。』『理系に学ぶ。』『超企画会議』など。

苦手なものをテーマにしてきた。3作目は恋愛を書くと決めていた。

――今年はプロデュースした映画が立て続けに公開され、どれも話題になっていますね。8月公開『君の名は。』、9月公開『怒り』、10月公開『何者』。5月には原作の『世界から猫が消えたなら』も公開されていましたし。そして11月に小説『四月になれば彼女は』(文藝春秋)を刊行。『世界から猫が消えたなら』(2012年刊/小学館文庫)、『億男』(2014年マガジンハウス刊)に次いで3作目ですが、小説は2年おきに出すと決めているのですか。

川村 いえ、そんな計画は立てられないので(笑)。ただ、放っておくと3年4年とあいてしまうので、頑張って2年に一度は自分の中に積み残した宿題みたいなものを知るために書こうとは思っています。

――『世界から猫が消えたなら』では「死」、『億男』は「お金」、そして今回は「恋愛」がテーマです。前に「死は避けたいものだし、お金というものも実は苦手だった」と言っていたので、苦手なものをテーマに選んでいるのかと思っていましたが、恋愛は?(笑)

川村 恋愛も苦手なんです。強い感情が苦手なんです。人間の愛情にしろ憎悪にしろ、強い感情が苦手。あと、死とお金と恋愛の3つは、人間がどんなに賢くなっても解決できない問題だと思っています。それで3作目では恋愛を書くと決めていました。ただ、いま大人の恋愛小説って全然売れていないんですよね。

――分かります。だって、私と川村さんが一緒に選考委員を務めていた恋愛小説の新人賞も、いま募集していませんよね。

川村 そうそう、お互い当事者でしたね(笑)。それで「恋愛小説が全然売れてないんですよ」と言われて「え?」となって、20、30、40代の男女、100人くらいに取材したんです。「今どういう恋愛をしてますか」って。そうしたら本当に、びっくりするくらい熱烈な恋愛をしていない。「全然好きな人ができない」とか「彼氏のことをもう好きなのか分からない」とか「結婚したけれど、愛が情に変わってしまった」とか。その時、これは面白いなと思ったんですよ。『ノルウェイの森』とか『冷静と情熱のあいだ』が読まれていた頃って、みんな恋愛をしているのが前提だったと思うんです。だけど今の時代は恋愛をしていないというのが前提なんだと思って。だったらそういう話を書けばいい、と思ったんですよね。

 恋愛をしていない時代に恋愛をしている男女を書いてもファンタジーになってしまう。でも恋愛をしていない人でも、恋愛感情が消えたわけじゃないとも思ったんです。きっとどこかにしまいこんでるのではと。じゃあどこに行ったのかを、小説を書きながら探そうと思ったんです。

誰かのために一生懸命気持ちを注ぐということがレアな感情になってしまった。

――どこかにしまいこんでいるだけで、消えたわけではないと思ったという。

川村 最初は消えたと思ったんです。でも、いや、消えてないな、と。なぜなら人間はまだ恋愛感情を解決できてないから。「恋愛ってこういうことなんだよ、もう要りません」というような答えが出たら消えると思うんですけれど、そんな答えは全然出ていない。だから、どこかに恋愛みたいなものを渇望する気持ちは残っているんだろうと思います。それに、全然恋愛感情がなくなったという人でも、たとえば大学時代の話を聞いてみると、すごく好きだった人がいたり、嫉妬で悩んだりしたことがあるんですよね。それがたったの10年、20年でまるでなかったことのように過ごしているのが不思議でした。それで、恋愛をしていた過去のことと、恋愛感情を失ってしまった現代を交互に、映画でいうとカットバックという手法で描けば、その差分が恋愛をかたどるんじゃないかと考えました。そこがブレイクスルーだったかもしれません。

――取材したのは女性が多かったようですが、男性はどうでしたか?

川村 男性にもたくさん取材したんですけれど、だいたい男は言うことが一緒なんです。女性の恋愛感情は多様なんですけれど、男の人はだいたい「若い子探しちゃうよね」「奥さん怖いよね」って、パターンが似ていてレベルが低い(笑)。つまり男の人はハンティングには興味があるけれど、ハントした後に大事にして育むみたいなことに関しては温度が低いんですよ。

――本作の中にも「男の人は愛されることにしか興味がない」というような言葉がありましたね。

川村 今回、取材した女性の方々から共通して言われたことがあって。「答えを出してください」って。「今、男の人がとにかく答えを出さないんです」って。結末が分からないまま、僕も答えを探しながら書いていきました。

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瀧井朝世

――内容はといいますと、1年後に結婚をひかえている主人公の精神科医、藤代のもとに、ボリビアのウユニ塩湖に滞在している昔の恋人からの手紙が届きます。若い頃の思い出がよみがえる一方、婚約者やその妹との関係も変化し、さらには同僚女性の恋愛模様も語られていく。現在と過去が交錯するなか、なぜ彼女は今頃手紙を送ってきたのかという興味も持たせますね。

川村 宮本輝さんの『錦繍』に、かなり影響を受けています。

――往復書簡の小説の? 元夫婦が偶然再会して、その後手紙を何通かやりとりする中で二人の間に何があったのか、別れた後にどうしていたのかが明かされていく。名作ですよね。

川村 つまり、手紙を書くのはすごいことだなと思って。今回手紙から始まる小説を書こうと思って、試しに初恋の人に手紙を書くとしたらどうするかと便箋を買ってきてペンをとったら、自分が女性に対して手紙を10年以上書いていないことに気づいて愕然としたんです。手紙を書く間って、相手のことをすごく一生懸命考えるじゃないですか。その状態と、恋愛感情というものを、すごく近しいと感じたんです。誰かのために自分の気持ちをものすごく一生懸命そこに注ぐということは、本当にレアな感情になってしまったんだなと思います。とはいえ『錦繍』というのは、恋愛するのが前提になっている時代の小説ですから、その前提がなくなった時代に手紙から始まるものを書いたらどうなるんだろうなというのは思いました。

 手紙が来るというのが一種のミステリーになるといいなとは思っていました。でもなぜかつての恋人が手紙を送ってくるのか、僕自身も分からないまま書き始めたんですよ。ただ、吉田修一さんが『怒り』を書く時に、3人の疑わしい青年の誰が犯人か決めずに書いていったというのを聞いて、小説ってそういうことができるんだなと思って。書きながら答えが出るといいなと思っていました。昔の彼氏に手紙を送るのって、その人のことが忘れられないからって思いがちなんですが、そんなはずないと思ったんです。時間が経つと、女性は昔の男のことはきれいさっぱりどうでもよくなるから。それでも彼女が手紙を書いたのはなぜか、書き進めていくうちに、ひとつの結論が見えてきたんです。

 僕自身も、自分が恋愛に振り回されていた頃の気持ちに戻ってみたい、というのがあったんですよね。だってもう、全然振り回されないですもん。面白くないですよ(笑)。恋愛みたいな不合理で不条理なことは、大人になればなるほどやれなくなる。でも今の10代の子たちの恋愛が減っているのも、基本的に恋愛は振り回されることだからでしょう。自分の時間もなくなる、お金もかかる、嫉妬心といった要らない感情がついてくる。だったら一人でいたほうがいいよというのはすごく分かります。だけど、そうやって振り回されるのが面白いのに、っていうことですよね。セルフコントロールしている今と、恋愛感情に振り回されていた過去。どちらかというと、過去の方が幸せに生きていたような気もする。僕はきっと、その頃の気持ちに戻りたかった。だから昔を思い出すような手紙というものから書き始めたんだな、というのは終盤を書きながら気付いたことでした。

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