- 2016年11月28日 08:30
【読書感想】自分の時間を取り戻そう
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この本を読んでいると、自分の「非効率的な働き方」を反省するのと同時に「近い将来、人間の仕事そのものがどんどん機械やコンピュータに奪われて、働かなくてよくなる(あるいは、仕事がなくなって)しまうのではないか」とも思うんですよ。
働くことによって、かえって他の人の足を引っ張ってしまうような人には、働かなくても生活できるくらいのお金を渡して(ベーシックインカムなど)、労働から「退場」してもらう、という未来もありうる、というのは、理屈としてはわかるのだけれど、「なんか居心地が悪いなあ」と感じずにはいられなかったのですけどね。
人間が身体を動かす仕事というのはどんどん減っていくのはまちがいない(「小売店の販売員」というのは、今後もっともコンピュータによって代替されるであろう仕事だそうです)。
そして、多くの「頭脳労働」とされているものも、コンピュータによって置き換えられていくだろうと考えられます。
計算で電卓に勝てる人がいないのと同じように、特許や法律の判例など、膨大な資料の中から必要な情報を見つけ出すといった仕事で、人工知能化した検索エンジンに勝てる人など存在しません。会計や監査など財務系の仕事も同じです。天気予報はもちろん、医療分野でもレントゲンやCT画像の診断など、デジタルデータを分析して結論を導くといった仕事において、人間に勝ち目があるとは思えません。
2016年の夏に報道されたあるニュースは、多くの人を驚かせました。血液の癌と診断され東京大学医科学研究所に入院した60代の日本人女性の治療にあたり、医師は2種類の抗癌剤を処方します。しかし回復は遅く、敗血症など重い副作用も発生しました。
そこで医師は、2000万件もの癌関連の医学論文が入力されたIBM開発の人工知能ワトソンに女性の遺伝子情報を読み込ませました。するとワトソンはわずか10分で女性の病気が「二次性白血病」という特殊なタイプの癌だと診断。抗癌剤の変更を提案してきたのです。そして医師がその抗癌剤を使ったところ、なんと女性は数ヶ月で回復、隊員することまで可能になりました。これは人工知能により患者の命が助かった日本で初めての臨床例と言われています。
この話、僕も耳にしたとき「ああ、もうこんな時代になったのだなあ」と思ったんですよね。
実際、どんな優秀な医師でも、2000万件の論文なんて一生かけても読めるはずもない。
もちろん、人間の臨床症状というのは言語化しにくいものがあるし、そもそも、実験や症例報告をもとにデータベースをつくるのは現時点では人間にしかできないので(ちなみに、血液の癌というのは、遺伝子変異についての研究が進んでいる分野です)、すぐにどんな癌でもワトソンに任せればいい、というわけにはいかないでしょう。
それでも、人間の医者として「診断することの難しさ」を経験してきた立場からみると、そんなに遠くない時代に「ビッグデータによる診断」のほうが、平均的な医者のそれよりも優位になる時代が来るのではないか、と予想せずにはいられないのです。
裁判だって、「判例主義」ならば、ワトソンにデータを入力すれば、すぐに判決が出る、という時代になる可能性は十分にあります。
あとは、人間側がそれを受け入れることができるか、という話だけですが、生まれたときからコンピュータに接してきた世代には、「むしろ、その方が『公正』だ」と考える人が多くなるのではないかと思うんですよね。
もう、人間がやるべきことは、コンピュータの管理と「遊ぶこと」だけになってしまうのではなかろうか。
まあ、すぐにそんな時代になるわけでもないので(ただし、そんなに遠い未来でもないような気もします)、とりあえず、よりよく今を生きるためには、「個人として、生産性を上げる」ことが求められているのです。
それには「全部をやるのではなく、優先順位の高いものから進めていく」ことや「自分が苦手としているものは、それを得意としている人に任せる」ことを意識すれば良いのです。
実は、「そもそもすべての仕事をやる必要はない」と考えるだけで、仕事の生産性を大幅に上げることができるのです。
どんな人にも、そしてどんな職場でも、極めて価値の高い重要な仕事と、それほど価値の高くない仕事があります。それらを「すべてやろう」と考えると、なぜか「大して重要ではない仕事」ばかりに時間が使われます。
というのも、多くの場合「重要で価値の高い仕事」は、「やれば終わる仕事」ではないからです。それらは、しっかりと考え、あれこれと試行錯誤し、いろいろな方向から検討して初めてなんとかなる仕事であり、それでも結果が出るとは限らない仕事です。反対に「どうでもいいような仕事」「優先順位の低い仕事」のなかには、「やれば終わる仕事」「時間をかければ必ずできる仕事」がたくさん含まれています。
このため全部をやろうとすると、ほとんどの人が最初に「やれば終わる仕事」に手をつけます。「どうせ全部の仕事をやらないといけない。だったら、まずはさっさと終わるものからやろう」と考えるからです。
ところが多くの場合、そういう仕事をやっている間に時間はどんどん減っていき、結果としては最後に残った難しくて重要な仕事に割り当てられる時間は、ごくわずかなものになってしまいます。
これは、仕事の段取りとしては最悪です。本来は常に「価値の高い重要な仕事」から手がけ、それらに十分な時間をかけたあと、残った時間で価値の低い仕事に手をつけるべきです。ところがそうすることは簡単ではありません。
「すべての仕事をやる必要がある」と考えていると、「この仕事は重要だけれど、簡単には終わらない難しい仕事だ。だからこの仕事に先に手をつけたら、他の仕事が終わらない可能性がある」という不安に襲われるからです。
ああ、自分のことを言われているようで、読んでいてつらかった……
いくつも仕事を抱えてしまうと、「とりあえず簡単に終わりそうなもの」を片付けて、スッキリしてから難しいものに取りかかろう、と考えてしまうんですよね。
やっぱり「終わった!」っていうことがわかりやすい仕事のほうが、モチベーションを上げやすい。
でも、簡単なはずの仕事も思ったほどスムースには進まず、時間はどんどん無くなっていく。
実際は、「価値の低い仕事」は、少々遅れても、あるいは、いざとなったらやらなかったり、先送りにしてもそんなに問題はないはずなのに「とりあえず何か終わらせた気分になりたい」から、そちらに手をつけてしまうのです。
こういう考え方って、本当に大事だし、思い返してみると「効率的に仕事をしている人」は、たしかに「仕事の優先順位」を大事にしているのだよなあ。
これを読んでいると、ちきりんさんは「生産性向上マニア」で、「そこまで効率を上げることにこだわるのは、そういう趣味を持たない、僕のような、いいかげんな人間にはキツいな」とも感じます。
ただ、これを参考にして少しでも工夫することで、自分の時間を作れる可能性はありますし、少なくとも「もうちょっと自分の時間がほしい人」にとっては、この本の代金と読むためにかかる時間は「生産性がかなり高い」のではないかと思うのです。



