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トランプの先を行く、習近平ポピュリズムの正体 - 富坂 聰

 ドナルド・トランプが新大統領に決まったことで、中国社会には少なからず衝撃が走った。だが、といって新大統領が決まり、ただちに対中外交の転換を予測して中国が慌てているということではない。中国にとって、トランプの対外政策は未知数で、当面、どのような〝顔〟になるのかを見極めることになるのだろう。

 選挙戦を通じてトランプの口から発せられた対中観――攻撃と言い換えても良いが――は、少なくとも中国や米中関係をよく理解しているとは言い難いものであった。

 例えば、「すべての中国製品に45%の関税をかける」や「中国を為替操作国と認定する」といった発言だ。45%の関税は、そもそも非現実的だが、たとえ実現したとしても、その影響は多くのアメリカ企業へと返ってくることが避けられない。また輸入品に強く依存する米経済の実情を考えれば、国民の生活コストが一気に跳ね上がり、負の影響となる可能性が高い。

 また為替操作国についての発言も、中国が輸出のために人民元を不当に低く操作しているというのは、およそ現在の話ではない。中国政府はむしろ人民元の流出に苦しみ、元の価値の安定のために外貨準備を急速に切り崩してきた。また、次の発展のための技術獲得を目指し、企業買収を積極的に展開しようとすることにも人民元は高い方が有利だ。

古いトランプの対中認識

 その意味でトランプの対中攻撃は、いったいいつの話をしているのか、というほど焦点がズレている。

 米中の産業は比較的相互補完性が高いことはよく知られているので、摩擦が発生しにくいことがベースになっているのだが、その上に、破産したデトロイト市を2年で再生させてしまった裏側にチャイナ―マネーがあったように、州レベルでも中国経済との相性は良好だ。2015年9月の習近平の訪米では、ミシガン州知事が事前に何度も中国入りしていたことなど、象徴的で、トランプが本気でラスト・ベルト(Rust belt=米五大湖周辺の衰退が激しい工業地帯)の経済を上げようとすれば、チャイナ・マネーの取り込みは避けて通れないのである。

 その上で米中対立の芽があるとすれば、それは間違いなく最先端分野でのことあり、IT分野だ。なかでも次のイノベーションの目玉とされるAIなどはその主戦場だが、そのことに関する言及がないのは、すなわち中国を「知らない」のか、「興味ない」ことを意味している。

 さらに典型的なのは、CNNとのインタビューに答えて披露した「北朝鮮は中国が解決すべき問題であり、米国はその方向で中国に圧力を掛けるべき」、「税を課すなり、貿易交流を切断したら、中国は約2分で崩壊する」といった考え方だ。

 要するにトランプはアジア外交にも中国にもそれほど興味がなく、現状認識にもかけていることがよく理解できるのだ。

 つまり、トランプの外交政策が見えてくるのは、大統領として正しい現状認識ができてから、というのが中国の受け止め方ではないかというものだ。それまでひたすら好印象を植え付けるだけの接触とならざるを得ないのだろう。

経済発展から取り残された人々の怒りに注目

 これを踏まえた上で中国がトランプ現象をどうとらえたかを見ていきたいのだが、日本ではあまり取り上げられない視点として、中国がトランプという個性以上にトランプを押上げた米国民の怒り、なかでも経済発展から取り残された人々の怒りに注目していたと考えられる視点に触れてみたい。

 例えば、トランプ当選を伝えた直後の『人民日報』の記事、〈驚きと呆れ! トランプ大統領が現実に このことが意味することは?〉だ。少し長いが、記事を引用しよう。

 〈(前略)前回、大統領選に挑んだヒラリーは彼女個人であった。しかし今回、彼女はアメリカの伝統的な政治エリートの理念やその権威を背負って大統領選を戦った。つまり、トランプはヒラリーに勝ったのではない。共和党内部にはじまり全米にまで広がる政治エリートという一つの層を打ち破ったのである。(中略)トランプは選挙戦のスタートからアメリカの主要メディアとエリート層からの蔑視にさらされた。そのため彼には、ビッグマウスで異端な考えをまき散らす人物、何をしでかすか分からない人物といった印象が植え付けられた。そんな人物が現実に大統領になったということは、アメリカの伝統的な政治秩序に大きな問題が起きていることを意味している〉

 ワシントンのエリート層に冷や水を浴びせかけた米国の地殻変動――。中国がこれに注目したことは間違いないが、それは意外にも対岸の火事という視点からではない。

 なぜなら「格差により国民が分断される」とか「発展から取り残された国民の怒り」といった社会不安への警告は、中国ではアメリカ社会で広がるよりはるか前に持ち上がっていた悩みで、筆者も散々使ってきた。

 違いがあるとすれば、アメリカで怒る労働者が中産階級からのドロップアウト組であるのに対して、中国では中産階級にもなれなかった出稼ぎ労働者だということだ。

 違いの理由はアメリカの経済発展が先行していたためだ。先行者は長く大きな経済発展の時期を謳歌することができる。それだけにアメリカでは、一旦は幸せで巨大な中間層を国内につくりだすことに成功したのである。

 資本主義世界の生み出すこんな「青春時代」は、発展が後発になればなるほど短くなるのが宿命だ。事実、いま高速発展の入り口に立ったばかりのバングラディッシュは、もうすでに賃金の上昇による工場の流出が大きな悩みになりつつある。

 アメリカでトランプを押上げたラスト・ベルトの労働者は、いってみればわずか10年の「春」を謳歌した後に、いまリストラの嵐の中で苦しむ中国の東北三省の国有企業の労働者と同じだ。

 そして中国は、「青春時代」のうちに中間層まで押し上げられなかった労働者の怒りを受けて、2012年から中国を集中治療室に入れるという選択をする。温家宝が「もう一度文化大革命が起きる」といい、胡錦濤が「亡党亡国になる」と警告した年のことだ。

 これと同時に中国共産党は、習近平に権力を集中し、資本主義と西側的な民主主義と距離を置いたのである。

習近平指導部のポピュリズムの正体

 つまり、江沢民が「三つの大表」を打ち出し、資本家を党に迎え入れた衝撃の変化から再び態度を変えて、「持たざる者の党」へと、その立場を変えたのである。

 それこそ習近平指導部のポピュリズムの正体である。

 同時に中国は、一定の経済発展を遂げた後のさらなる突破口として「民主化」という幻想を捨て、党がけん引する経済発展を模索し始めている。

 外には「一帯一路」、内には「5000万人の極貧層の引き上げ」である。

 もちろん、「青春時代後の経済発展」がそう簡単に見つかるはずもないのだが、少なくともバブル崩壊などの調整期には、党を中心とした政治的な締め付けが不可欠だとの選択は、消去法により行きついた一つの結論なのだろう。

 その意味で中国は、トランプが大統領として本当にラスト・ベルトの人々を幸せにできるのか、そんな手品があるのか否か、注視しているはずだ。

 「アメリカに付いていった国はすべて豊かになった」と、鄧小平が語り、突き進んだ改革開放後の行き詰まりは、同じく中国にとっても深刻な問題であるからだ。

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