記事
- 2016年11月18日 22:22
特集:ドナルド・トランプ氏勝利!の謎を解く
1/2
米大統領選挙の開票日から今日で10日目。本誌では「もしトラ」リスクなどと称しておりましたが、それが「まさトラ」になってしまい、今日は安倍首相がニューヨークでトランプ次期大統領と会談に及びます。
今回の選挙結果は、Brexitと並ぶ2016年の2大サプライズとして長く語り伝えられることでしょう。「ヒラリーで決まり」と予測していた本誌としても、痛恨の極みであります。
ただし終わってみれば、あれもこれもと思い当たる節が出てくる。「あれだけたくさんヒントがあったのに、なぜこれが分からなかったのか!」と情けない思いがしています。本号では開票データを分析しつつ、トランプ勝利の謎解きに挑戦したいと思います。
@realDonaldTrump のフォロワー数は、実に1530 万人にも達する。そして多い日には10本以上の発信がある。本稿の執筆中にも、トランプ次期米大統領は”the failing @nytimes”(駄目なニューヨークタイムズ紙)の記事が間違っていると噛みついたり、「ロシア、英国、中国、サウジ、日本、豪州、ニュージーランドの首脳からお祝いの電話があった」とご機嫌に紹介したりしている。ちなみにヒラリー・クリントン氏のフォロワー数は1124万人、オバマ大統領は794万人だから、次期大統領はこれらを大きく上回っている。
10月後半時点のデータを参照すると、クリントン選対本部が使った選挙資金は6億911万ドルである。ところがトランプ選対は、その半分以下の2億8557万ドルだった。ツイッターという無料の選挙ツールを駆使して、トランプ氏は少ない資金で要領よく勝利することができた。対照的にクリントン選対は、膨大な量のテレビCMを放映してトランプ氏叩きに精を出したが、あいにく今の時代にテレビの影響力は低下していたようである。
11月9日、劇的な勝利を収めたその夜には、こんなツィートが発せられている。
近年の選挙戦術においては、特定のグループを囲い込む手法が多用されている。黒人、ヒスパニック、女性、LGBT、ミレニアル世代など、さまざまなクラスターの政治的要求を汲み上げ、その見返りとして投票を求める。ビッグデータの時代になると、こういう手法がどんどん精緻になっていき、特に民主党側がそれを得意としてきた。
ところがこんなやり方を続けていくと、後に残されるのは政治への参加意識が低い層だけということになる。その典型が白人のブルーカラー層であって、今までは「そんな連中は相手にしても仕方がない」と思われていた。彼らの側でも、「政治家は黒人などマイノリティを助けることには熱心だが、俺たちのことなんてどうでもいいんだろう」と最初からあきらめていた節がある。
ところが、この巨大な政治的空白をモノにしたのがトランプ候補であった。彼は難しい政策のことなどは語らず、単に「今の政治ってダメだろ?俺が何とかしてやるぜ」といった単純なメッセージを、彼らに分かりやすい簡単な言葉で語った。テレビ討論会に出てきても、政策をどうこうするといった話はせずに「ヒラリーがいかに嫌な奴か」だけを語る。
そういう話であれば、政治への無関心層にも十分に浸透する。『日曜討論』を見ているような人たちは眉をひそめるが、『サンデージャポン』を見ているような人たちは歓迎する。
今から思えば、これがトランプ現象の正体だったのではなかったか。トランプ支持者の存在は、世論調査からも盲点になっていた。ギャラップ社が電話調査を行う際には、”Likely Voters”を見定めるために事前に一連の質問を行って、「投票に行きそうにない人」を調査対象から外すようにしているという2。たとえ本人が「投票に行く」と言っていても、投票所の場所を知らなかったり、前回の投票に行っていなかったりすると、データとして採用されないのである。つまり、滅多に投票しない有権者は対象外となってしまうのだ。これでは、世論調査が外れるのも無理はないだろう。
ところが先手番の黒が丁寧に四隅を抑えに行っている間に、いつの間にか中央の巨大な空間が後手番の白のものになっていた。2016年選挙とは、そういう逆転の構図であったのではなかったか。米大統領選挙の歴史における一種のイノベーション、と評しても過言ではないだろう。
ところがこの「忘れられた人々」のことを、ヒラリー・クリントン候補は「嘆かわしい人々」と呼んだ。9月9日、ニューヨークで行われた資金集めパーティーで、彼女は“Halfof Donald Trump„s supporters are the basket of deplorables.”と述べ、”The racist, sexist,homophobic, xenophobic, Islamophobic — you name it.”と続けた。彼女の側に立てば、まさしくそういう評価になるだろう。ただしトランプ支持者が、この「失言」に奮い立ったことは想像に難くない。
彼らが本当に人種差別や女性差別主義者その他に該当するのであれば、こんなに簡単な話はあるまい。ほとんどの人は、「自分がそんな風に見られてはならない」と自覚しているけれども、同性婚が認められたり、LGBTの権利が拡大したりといった急速な社会の変化に対して、日頃から「ついていけない」と感じている。ただしそのことを、口に出せないでいるごく普通の人たちだったのではないだろうか。
本誌9月23日号「私家版トランプ現象を読み解く」では、「トランプ現象=西南の役説」をご紹介した。トランプ支持者たちは、明治の不平士族に通じるところがあって、おそらくは経済的困窮という問題よりも、自分たちが慣れ親しんできた価値観が通じなくなっていることにより強い苛立ちを感じている。不平士族はさほど深いプランもなく蜂起したし、彼らに担がれた西郷隆盛も同様で、新政府を打倒してからその後どうするか、といったビジョンは持ち合わせていなかったように見える。
同様にトランプ支持者たちも、「選挙に勝った後」のことを思い描いていたとは考えにくい。本当にトランプ氏が大統領になって、自分たちのためになる政治をしてくれると期待していたというよりも、むしろ投票を通じて、ワシントンの政治家たちや偉そうなメディアの連中に対し、「一泡吹かせて」やることが狙いだったのではないか。
だとしたら、「トランプ大統領誕生」は復讐の成就ということになる。さぞかしスカッとしたことだろうが、かといって今後の4年間の政治に対して確たる展望があるわけではない。この辺り、今年6月に英国で示されたBrexitの民意にも重なってくる。
いずれのケースにおいても、敗北したのは政治エリート層であり、リベラルなメディアであり、綺麗な言葉で飾られた理想主義であった。
今回の選挙結果は、Brexitと並ぶ2016年の2大サプライズとして長く語り伝えられることでしょう。「ヒラリーで決まり」と予測していた本誌としても、痛恨の極みであります。
ただし終わってみれば、あれもこれもと思い当たる節が出てくる。「あれだけたくさんヒントがあったのに、なぜこれが分からなかったのか!」と情けない思いがしています。本号では開票データを分析しつつ、トランプ勝利の謎解きに挑戦したいと思います。
●「忘れられた人々」による逆転劇
これだけはやるまい、と固く決めていたTwitterのアカウントを、この秋になって作成した。と言っても、自分から何らかの情報を発信するつもりはない1。単にドナルド・トランプ氏のツィートを受信するためである。@realDonaldTrump のフォロワー数は、実に1530 万人にも達する。そして多い日には10本以上の発信がある。本稿の執筆中にも、トランプ次期米大統領は”the failing @nytimes”(駄目なニューヨークタイムズ紙)の記事が間違っていると噛みついたり、「ロシア、英国、中国、サウジ、日本、豪州、ニュージーランドの首脳からお祝いの電話があった」とご機嫌に紹介したりしている。ちなみにヒラリー・クリントン氏のフォロワー数は1124万人、オバマ大統領は794万人だから、次期大統領はこれらを大きく上回っている。
10月後半時点のデータを参照すると、クリントン選対本部が使った選挙資金は6億911万ドルである。ところがトランプ選対は、その半分以下の2億8557万ドルだった。ツイッターという無料の選挙ツールを駆使して、トランプ氏は少ない資金で要領よく勝利することができた。対照的にクリントン選対は、膨大な量のテレビCMを放映してトランプ氏叩きに精を出したが、あいにく今の時代にテレビの影響力は低下していたようである。
11月9日、劇的な勝利を収めたその夜には、こんなツィートが発せられている。
“Such a beautiful and important evening! The forgotten man and woman will never be forgotten again. We will all come together as never before.”当日の勝利宣言でも同じフレーズが使われていた。「忘れられた人々」とは、トランプ候補当選の原動力となった白人ブルーカラー層を意図しているのであろう。
近年の選挙戦術においては、特定のグループを囲い込む手法が多用されている。黒人、ヒスパニック、女性、LGBT、ミレニアル世代など、さまざまなクラスターの政治的要求を汲み上げ、その見返りとして投票を求める。ビッグデータの時代になると、こういう手法がどんどん精緻になっていき、特に民主党側がそれを得意としてきた。
ところがこんなやり方を続けていくと、後に残されるのは政治への参加意識が低い層だけということになる。その典型が白人のブルーカラー層であって、今までは「そんな連中は相手にしても仕方がない」と思われていた。彼らの側でも、「政治家は黒人などマイノリティを助けることには熱心だが、俺たちのことなんてどうでもいいんだろう」と最初からあきらめていた節がある。
ところが、この巨大な政治的空白をモノにしたのがトランプ候補であった。彼は難しい政策のことなどは語らず、単に「今の政治ってダメだろ?俺が何とかしてやるぜ」といった単純なメッセージを、彼らに分かりやすい簡単な言葉で語った。テレビ討論会に出てきても、政策をどうこうするといった話はせずに「ヒラリーがいかに嫌な奴か」だけを語る。
そういう話であれば、政治への無関心層にも十分に浸透する。『日曜討論』を見ているような人たちは眉をひそめるが、『サンデージャポン』を見ているような人たちは歓迎する。
今から思えば、これがトランプ現象の正体だったのではなかったか。トランプ支持者の存在は、世論調査からも盲点になっていた。ギャラップ社が電話調査を行う際には、”Likely Voters”を見定めるために事前に一連の質問を行って、「投票に行きそうにない人」を調査対象から外すようにしているという2。たとえ本人が「投票に行く」と言っていても、投票所の場所を知らなかったり、前回の投票に行っていなかったりすると、データとして採用されないのである。つまり、滅多に投票しない有権者は対象外となってしまうのだ。これでは、世論調査が外れるのも無理はないだろう。
●「嘆かわしい人々」のルサンチマン
囲碁の盤面を思い浮かべてみよう。少ない石で広い地面を取ろうと思ったら、四隅を確保するのが合理的である。すなわち、特定グループに対する囲い込み作戦である。ところが先手番の黒が丁寧に四隅を抑えに行っている間に、いつの間にか中央の巨大な空間が後手番の白のものになっていた。2016年選挙とは、そういう逆転の構図であったのではなかったか。米大統領選挙の歴史における一種のイノベーション、と評しても過言ではないだろう。
ところがこの「忘れられた人々」のことを、ヒラリー・クリントン候補は「嘆かわしい人々」と呼んだ。9月9日、ニューヨークで行われた資金集めパーティーで、彼女は“Halfof Donald Trump„s supporters are the basket of deplorables.”と述べ、”The racist, sexist,homophobic, xenophobic, Islamophobic — you name it.”と続けた。彼女の側に立てば、まさしくそういう評価になるだろう。ただしトランプ支持者が、この「失言」に奮い立ったことは想像に難くない。
彼らが本当に人種差別や女性差別主義者その他に該当するのであれば、こんなに簡単な話はあるまい。ほとんどの人は、「自分がそんな風に見られてはならない」と自覚しているけれども、同性婚が認められたり、LGBTの権利が拡大したりといった急速な社会の変化に対して、日頃から「ついていけない」と感じている。ただしそのことを、口に出せないでいるごく普通の人たちだったのではないだろうか。
本誌9月23日号「私家版トランプ現象を読み解く」では、「トランプ現象=西南の役説」をご紹介した。トランプ支持者たちは、明治の不平士族に通じるところがあって、おそらくは経済的困窮という問題よりも、自分たちが慣れ親しんできた価値観が通じなくなっていることにより強い苛立ちを感じている。不平士族はさほど深いプランもなく蜂起したし、彼らに担がれた西郷隆盛も同様で、新政府を打倒してからその後どうするか、といったビジョンは持ち合わせていなかったように見える。
同様にトランプ支持者たちも、「選挙に勝った後」のことを思い描いていたとは考えにくい。本当にトランプ氏が大統領になって、自分たちのためになる政治をしてくれると期待していたというよりも、むしろ投票を通じて、ワシントンの政治家たちや偉そうなメディアの連中に対し、「一泡吹かせて」やることが狙いだったのではないか。
だとしたら、「トランプ大統領誕生」は復讐の成就ということになる。さぞかしスカッとしたことだろうが、かといって今後の4年間の政治に対して確たる展望があるわけではない。この辺り、今年6月に英国で示されたBrexitの民意にも重なってくる。
いずれのケースにおいても、敗北したのは政治エリート層であり、リベラルなメディアであり、綺麗な言葉で飾られた理想主義であった。
- 吉崎達彦(かんべえ)
- 双日総合研究所取締役副所長・同主任エコノミスト。



