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なぜ飛行機の衝突が防げるのか?――人間とコンピューターが共存する究極の管制システムを目指して - 伊藤恵理 / 航空管制科学

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21世紀は、コンピューターが人間の仕事を奪うほどに高度化すると言われています。AIはすでに様々な業界で用いられはじめ、Googleの無人自動車やドローンの自律飛行などのニュースが、私たちの日常をにぎわせています。これから、私たちは、その高度な自動化システムとどのように共存して働くことができるのでしょうか。

『空の旅を科学する 人工知能がひらく!? 21世紀の「航空管制」』の著者、気鋭の若き女性研究者(電子航空研究所 主幹研究員)の伊藤恵理氏は、航空管制の研究現場から、人間とコンピューターの共存について迫ります。以下では、著者自身に本書の内容の一部を紹介して頂きます。(河出書房新社編集部)

なぜ飛行機の衝突が防げるのか?

そもそも、航空管制とは何なのか――東京の空を舞台にご説明しましょう。

東京国際空港(通称・羽田空港)は、日本一混雑する空港です。ピーク時には、2分に1回の割合で航空機が離着陸します。羽田空港の展望台に立つと、飛行機がつらつらと列を作って、ひっきりなしに離着陸している様子を見ることができます。

2014年9月までの1年間の旅客数では、アメリカや中国、英国に続き、羽田空港は世界第4位にランキングされています。

このように、たくさんの飛行機が飛んでいるにもかかわらず、衝突などの事故はめったに起こることはありません。それはなぜか。「航空管制官」と呼ばれる人たちが空の交通を整理しているからです。

航空管制官は、航空交通を映し出すレーダーの画面を見ながら、地上からパイロットに的確な指示を出して、航空機が安全で円滑に運航できるよう支えています。

車を運転するとき、ドライバーは窓の外やミラーを見ながら、他の自動車と間隔を取ったり、周囲の交通状況を把握したりします。また、カーナビがあれば道案内をしてくれるし、スマートフォンのアプリを使えば交通渋滞の情報を知ることもできます。

ところが、航空機を操縦するパイロットは、コックピットの窓から他の航空機がどのルートを飛び、どの目的地へ向かっているのか、正確に把握することはできません。だから、地上にある「管制センター」には管制官が常駐して、到着時刻とのズレを調整しながら、燃料消費量や騒音を削減できるように、高度や速度などを音声で指示しています。コックピットのパイロットは、ヘッドフォン越しに聞こえる管制指示に従って航空機を操縦操作します。この業務が、航空管制なのです。

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航空交通管理に科学的なアプローチを取り入れた「航空管制科学」

こうした民間機の航空管制は、次の4つに分類されています。

・太平洋上空を担当する「洋上管制」

・空港から離れた空を担当する「エンルート管制(航空路管制)」

・空港周辺の空を担当する「ターミナルレーダー管制」

・空港を走行する航空機を誘導し、離着陸を指示する「空港での管制(飛行場管制)」

それぞれの航空管制の現場では、いろいろなハードウェアやコンピューターソフトウェアを含む地上インフラや航空機の装備品、そして航空管制官、エアラインのパイロットや運航管理者などを含む人間社会が介在して、空の交通が安全かつ効率的に管理されています。これが「航空管制システム」です。

この航空管制システムを研究対象としているのが、私が研究する「航空管制科学」です。世界的に増加する航空交通の需要を考えると、航空管制官に頼り切ったり経験則に沿ったりするやり方では、将来の航空交通量を処理できません。航空管制科学は、こうした危機感から、交通管理に科学的なアプローチを取り入れた結果、生まれました。

その幕開けは、アップル社のマッキントッシュが、一般ユーザーに普及し始めた1980年代です。アメリカ合衆国のシリコンバレーにあるNASAエイムズ研究所で、ハインツ・エルツバーガー博士が「TMA(Traffic Management Advisor)」という航空機の到着管理システムを作ったのです。「コンピューターを使って、管制官の業務を支援できるのではないか?」とひらめいたエルツバーガー博士は、相棒のシステムエンジニアと二人三脚で初期のプロトコルを発明しました。

TMAは、空港に到着する航空機の順序づけをする航空管制官の知的業務を一部自動化し、どの航空機がいつ滑走路に到着するべきかという情報を提起するものでした。このシステムは、全米の主要な空港に到着する航空交通を整理するために、地上の管制センターに導入され、20年経過した今も現場で活用されています。この発明のおかげで、航空管制は科学的なアプローチを活かすことができる研究分野であると認知され、航空機産業が発達している欧米に浸透していきました。

この流れで、アメリカでは2004年に「NextGen(ネクスジェン)」、EUでは2005年に「SESAR(セザール)」という、次世代の航空管制システムの抜本的な改革案が打ち出されました。

日本の状況は? というと、航空機産業の規模の小ささと比例して、残念ながら、航空管制研究の規模も小さいのが現状です。ただし、世界に空は一つ。2010年には、国土交通省の航空局から「CARATS(キャラッツ)」という国家的な航空交通システムのプランが打ち出されました。新しいテクノロジーを使って、より安全に効率よく、そして環境に優しい日本の航空交通の実現に向けて、航空管制科学の研究を進めているのです。

人間かコンピューターか、どちらを信用しますか?

1997年5月、チェスの名人がIBM社製のコンピューター、ディープ・ブルーに敗れました。人間の単純作業を肩代わりするだけではなく、高度な思考を持って問題を解決するコンピューターが出現したのです。その事実は、人間の知的作業の一部を代替したコンピューターが人間と一緒に働くという新時代の到来を予想させました。

そして、2010年10月、Google社が自動運転車両の開発プロジェクトを発表しました。この2人乗りの小型EV(電気自動車)では、ドライバーは車両に乗り込み、ルートを入力して「発進」または「停止」のボタンを押すだけで、自律走行して目的地にたどりつきます。ハンドルやアクセル、ブレーキもない究極の自動運転車として、話題を集めました。

しかし、この自動運転車の前に、カリフォルニア州の新規制が立ちはだかりました。自動運転中に事故が起こりそうなときは、ドライバーが運転して事故を防ぐこと、というものです。

ここで、ひとつの疑問が浮かびます。自動運転より人間のドライバーのほうが信用できるのでしょうか。つまり、人間か自動化システムか、私たちはどちらをより信用できるのでしょうか。

実は、航空業界では、想定外の緊急事態が発生したとき、パイロットと自動操縦のどちらに任せるのか、という議論は、1990年代からさかんに行われています。

パイロット、つまり人間中心の場合は、事故が起こりそうな非常時にはパイロットの操縦が優先されるよう、自動化システムを設計します。

・わかりやすいディスプレイ表示

・異常を知らせるアラーム音

・パイロットが自動操縦を停止して手動操縦に切り替えるシステム

が特徴です。

一方、自動化システムが中心の場合は、非常時には自動操縦に任せることになります。

・緊急時に人間が介入しないようにするインターロック

・高度な自動化のために、人間が操作をすることが想定されていないシステム全般

が特徴です。

この相反する設計思想のどちらを採用すべきか、哲学論争にまで発展していて、なかなか収束していません。

でも、私たちが「人間かコンピューターか」という問題をより身近に考えたいとき、こんなふうに言葉を変えて問い直してみるといいと思います。

「自分は、パイロットがコックピットに不在の、完全自動操縦の飛行機に乗って空を旅してみたいだろうか?」

――私の答えは、「NO」です。

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