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法曹「選抜機能」の行方

できるだけ多くの志望者のなかから法曹になるべき優秀な人材を選抜すること、そして、司法試験がそのためにきちっと機能することーー。法曹界の人間の多くが、当たり前のように受けとめてきたと思われた、このことの重要性は、いまやこの「改革」現実のなかで、果たしてどこまで共通認識になっているのだろうか、という思いがします。

 そもそも増員基調の「改革」論調のなかでは、司法試験はあくまで資格試験であり、できるだけ沢山合格させ、質の問題は競争・淘汰に委ねよ、とする主張が法科大学院関係者や「改革」推進派から聞かれ、同試験が持つ選抜試験の性格を重視しない見方は出されました。増員への要請が重視され、適正人口の調整弁として果たしての役割よりも、いかに今後開放するか、さらにはむしろ不当に絞ってきたという批判的な声もつきまとってきました。

 しかし、それもさることながら、今、志望者減という事態のなかで、この司法試験の選抜試験性をめぐる認識差は、より問題の捉え方を分かりにくくさせているようにみえるのです。

 志望者がこのまま減少し、適正人数に落ち着き、かつ、法科大学院の統廃合が進めば、単年度は無理でも累積で修了者の「7、8割」合格も非現実的ではない。加えて、弁護士数が過剰といわれるなかで、増員にも抑制がかかり、弁護士の経済環境好転につながるかもしれない。志望者減は生き残りがかかっている一部法科大学院には深刻でも、結果的に結構な話ではないかーー。こんな論調を最近、耳にします。

 しかし、いうまでもなく、この見方が「結構な話」になるかどうかは、ひとえに「選抜」の重要性をどう捉えているかにかかっています。これで法曹界は優秀な人材を確保できるのか。一定の質を維持できるのか。もっといってしまえば、多くの志望者から少数を「選抜」していた旧司法試験体制よりも、法曹養成の目的から逆算して、これがより望ましい形なのかが問われてもいいはずだからです。志望者減がなぜ、法曹養成にとって深刻なのか、その意味も違ってくるのです。

 先日、京都弁護士会主催で行われた法科大学院改革をテーマとしたシンポジウム(「京都弁、『法科大学院』会員アンケート結果から見えるもの」)での短い講演のなかで私は、当日も私とともに講師として参加されていた森山文昭弁護士が、かつて著書で示された非常に的確なご指摘を引用させて頂きました。それは、この法科大学院という存在を前提とする限り、選択肢は二つだけ。要は「入口」で絞るか「出口」で絞るだけなんだと。いうまでもなく、入口とは法科大学院入学時点、出口とは司法試験です。逆に言えば、司法試験・司法修習という旧プロセスの前に新プロセスを設けた以上、むしろこの問題をなんらかの形でクリアしなければならない、ということです。

 単純化していえば、「入口」で絞るのであれば、厳格な選抜がそこで行われ、法科大学院修了者の司法試験合格率は高いところで安定し、学生も司法試験合格を意識しないで、あるいは法科大学院が理念とする教育を受けることに専念できるかもしれない。ただ、司法試験は資格試験であると同時に選抜試験であるので、その役割の代わりをするのであれば、統一試験などを導入して、あるべき法曹の数から逆算して法科大学院の定員数を削減、管理する必要性が出てくる。さらに加えれば、大学運営的視点、端的に言えば経済的妙味から考えて、これはこれで大学関係者が乗り気になる形かといえば、そうは思えない。

 森山弁護士は、これも一つの方法だが、現実的に難しいだろう、と指摘されていました。そうすると、現在のような「出口」で絞るという形になる。形としては法科大学院の数や定員がどうであれ、「出口」選抜が機能すればよい、ということになるわけですが、現在そうであるように法科大学院というプロセスが、合格をより保証しない制度にならざるを得ませんから、当然、学生は受験に相当程度精力を傾けなければならない、ということを宿命的に背負う形になります。

 そして、「出口」選抜である以上、法科大学院はカネと時間を投入するだけの「価値」がはっきりと示せなければ、それを強制化される意味、必要性が、合格率を含めてより露骨な形で問われるということも、宿命的に負っているわけで、それがまさに今、ということになります。

 もっとも予備試験組の司法試験合格率の高さが、法科大学院修了組の結果と比して、しばしば引き合いに出されますが、前者が予備試験という厳格な「選抜」を経ていることを考えれば、ある意味、当然の結果ともいえます。「出口」選抜である以上、プロセスが「出口」選抜に応えるだけの人材を、既に「選抜」を経た人材と同等のレベルで輩出できるか、ということも問われます。

 それを考えると、予備試験を制限するとか、さらに今月、日弁連もシンポを予定していますが、現行司法試験が法科大学院教育の範囲を超えているとして、むしろ司法試験を現状に沿わせようとする方向の発想が、なぜ、法科大学院サイドから聞かれるのか、さらにそれが「選抜」ということを考えたとき、いかに苦し紛れの逆転した発想なのかも分かるように思うのです。

 「入口」の選抜は選択できない、かといって厳格な「出口」選抜も都合が悪い。結局、残るのは、選抜機能そのものを後方に押しやる発想ではないのか――。その先に、この制度の落とし所があったとしても、それがもはやあるべき法曹養成にとって「結構な話」なのかどうかを、やはり問い続けていかなければならないはずです。

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