- 2016年11月16日 12:51
人はなぜスケープゴートを作り出すのか? - 釘原直樹 / 社会心理学
2/2スケープゴートをする側の性格
アドルノらは次のような権威主義的性格の人が差別的言動を行う傾向があると指摘している。
・厳格で頑固な信念を持っている
・価値体系がありふれた紋切り型である
・自身を「弱い」と見なされることに耐えられない
・伝統的な社会的慣例の違反は許せないと思っていて、違反者を理解しようとはしない
・特に未知なことに対して疑いを持つ
・権威には大きな敬意を払い、秩序に対してよく服従する
その他、社会的ヒエラルキーの維持にこだわる社会的支配傾向も関連しているということである。戦争や革命、災害などで社会の支配構造が揺らいだ時、このような態度を持っている人は容易にスケープゴーティングを行うことが予想される。
最近ではいくつかの国で暴言を売り物にする政治家が脚光を浴びている。暴言が人々に受け入れられるのは自分の中にある権威主義的性格を政治家の中に見出しているからかもしれない。
スケープゴートの変遷
報復攻撃の対象が欲求不満の源ではなく、他のものに向けられる置き換えはスケープゴーティングの中核的メカニズムである。そして、われわれはある意味でこれを日常的に行っている可能性がある。例えば、上司から叱られたサラリーマンが家に帰るなり奥さんに当たり、奥さんは子どもを叱り、子どもは猫を蹴飛ばすといった連鎖が生じるかもしれない。
災害や事故が発生するとメディアは一斉に悪者探しをする傾向があることは先述した通りである。そして探し当てた悪者が非難するに値しない場合、あるいはその悪者だけを非難しても欲求不満を解消できない場合、次のターゲットが必要になる。
このようにして次々に非難対象が変遷することもある。このような研究から筆者らは波紋モデルを考案した。これは水面に石を投げ入れた時に、そこから波が発生し四方八方に拡散していくような状況のアナロジーである。図はモデルを上から見たものであり、右の図はその断面を示したものである。
このモデルでは質と量の両面を考慮する。事件直後にはその衝撃によって大きな波紋が発生する。振幅の大きさは攻撃エネルギーの量であり新聞記事の数(量)に反映される。時間が経過するに従って波の振幅は次第に低下していく。全体的にはこのような経過をたどるのであるが、途中で記事数が若干増大したり減少したりすることを繰り返す。
途中で記事が増大するのは、その出来事から1週間、1ヶ月、1年というような記念日的な日であったり、事件や事故の重大な手がかりや新たなスケープゴートが発見された場合である。もちろん他の大きな事件が発生するとその波動エネルギーによってエネルギーが低下してしまう。
質的な面に関してこのモデルは非難攻撃の対象(スケープゴート)の変遷について言及する。波紋の同心円の中心に近い所ではその振幅エネルギーが狭い範囲に集中している。この狭い範囲を個人(攻撃の対象人物)とする。時間経過に従って次第に面積が広がり、中心から離れるに従って攻撃対象が個人から離れ、職場の同僚、職場のシステム、管理者、行政当局、社会、国家というように拡散して行く。
中心からの面積が狭い場合、エネルギーは狭い範囲(例えば個人)に集中しているが拡散するに従って1件当たりの攻撃エネルギーは低下する。一件当たりの攻撃エネルギーがあるレベルまで低下すれば新聞記事として掲載されたり、テレビで報道されるようなことはなくなる。
マスコミとスケープゴート
現代は人間の全ての経験を対象化し商品化する「ファスト(即席)資本主義」とも言われている。生では体験できないような事柄も快適な居間でテレビのリモコンのボタンを軽く押すだけで見ることができる。
ニュースはその制作者が売ろうとする重要な商品のひとつであり、視聴者が多ければ多いほど制作者の利益になる。商品であるからメディア企業やスポンサーの利益や意向もニュース選択に影響しているが、主に視聴者の興味に基づいて、報道すべき内容とそうではない内容がふるいにかけられる。
視聴者が放送内容や記事に関心を示せば、メディアの担当者はこれを良い商品としてみなし、関連するニュースを流し続け、視聴者の関心を引き続けるように努力する。もし視聴者がニュース内容に興味を示さなかったり不満足であったりした場合には別のニュースと入れ替えられる。報道の送り手と受け手は絶えずやりとりしながらニュース内容の選択を行っているとも言える。
ニュース選択の基準を集約すれば下記のようになる。
1)ネガティブさの程度 悪いニュースは良いニュースと言われる。ニュースはドラマとショックをもたらし、聴衆にとって魅力的である。
2)重要性 多くの聴衆にとって関連があったり、重要な出来事が取り上げられる。
3)近接性 文化的、地理的近接性が高いものがニュース価値がある。
4)サイズ 多くの人が災害に巻き込まれたり、出来事に大物が関わっているほど取り上げられる。
5)閾値 強度が強く、センセーショナルな内容のものが選択されやすい。
6)ドラマ化 葛藤闘争として劇画化される。
7)視覚的魅力 テレビ映りや外見の良さ、あるいは逆に外見の醜悪さが考慮される。
8)娯楽 視聴者の楽しみと憂さ晴らしに役に立つ娯楽的価値が高いほど選択されやすい。風変わりな出来事、子ども、動物、セックスなどが対象になりやすい。
9)最新情報 特ダネやスクープなど予期できない、あるいはまれにしか起きないことが取り上げられやすい。
10)エリート ビッグ・ネーム(著名人、権力者)は聴衆を引きつける。
11)個人化 複雑な出来事や問題を個人の行動に還元する。
12)簡潔 複雑な出来事を担当者が単純化し、明確に理解・解釈できれば、取り上げられる可能性が高い。
13)連続性 既にニュースになっている出来事は選択されやすい。よく知られており解釈が容易なため。
14)メディアの好み 記事が新聞社や放送局の好みに合っている。
15)頻度 ニュースメディアの発刊・放送のサイクル内で繰り返し起きる出来事が放送されやすい。長期にわたるものは取り上げられない。
16)構成 新聞や放送の構成やバランス(紙面の配置や放送時間)が考慮される。
上記の1〜5までは視聴者の興味や欲求不満が強いものを選出することに関連する項目であろう。次の6〜9の項目は視聴者の興味をさらにかき立てたり、関心を高めることに関連している。10〜13は高まった欲求不満を特定の対象に導くプロセスに関連している。すなわちスケープゴーティングの対象を明確化する働きを示している。ただし、対象が定まったとしてもメディア側の要請や都合で、ニュースとなるかどうかが左右される。14〜16はそれに関連する項目である。
このようにメディアは視聴者の興味を引き、欲求不満を高めるようなニュースを取り上げ、さらにそれをかき立て、そのエネルギーをある焦点に導き、最終的にはメディアの都合により加工処理するということになる。このようなマスメディアのニュース選択行動や偏向がスケープゴートを生み出す土壌になっている可能性がある。
スケープゴーティング現象とインターネット
近年はインターネットの普及により、一般の人が気軽にかつ匿名で情報を発信することが可能になった。そのため、自分の身の安全を確保しながら一方的に特定の個人や企業や団体の責任を追及することも少なくない。匿名になると、他者や世間からの評価も気にする必要はなく、さらに個人としての自己意識も低下して、反社会的、攻撃的、非理性的行動をすることが考えられる。この状態を心理学的には「没個性化」と呼ぶ。
この状態では、行動に対する責任も個人が背負う必要はなくなり、責任が分散して、良心の呵責を憶えることも少なくなる。ソーシャルメディアのユーザーは、その匿名性の高さや集団としてのまとまった言動から、一種の群集とみなすことができよう。現代はその意味でますます「群集の時代」になったとも言える。その現れの一つが、ソーシャルメディアのユーザーによるスケープゴート(生贄の羊)の探索と非難攻撃であろう。
スケープゴーティング現象にいかに向き合うか
スケープゴーティングは先述したように、人の心の深層にある無意識の欲望や社会に溢れている欲求不満のもとになるような原因によって引き起こされる可能性が高い。しかし、それを無くしたり、低減したりすることは困難である。ただし、これまで述べてきたような心理的メカニズムが働いていることを人々が日頃意識すれば、そのような事態にある程度適切に対応できるものと思われる。
それから先にも述べたようにスケープゴーティングにはマスメディアの報道のあり方が大きく影響している。何よりも報道する側の信頼性向上が望まれるが、日本新聞協会広告委員会の調査によれば新聞に対する信頼性は次第に低下し2013年度は、信頼していると回答した人は3割しかいない。それはメディアの様々な不祥事、特にヤラセや誤報や誇張表現、スケープゴートを仕立て人権を傷つける報道被害の存在もその背景にあると考えられる。
日本新聞協会は2000年に新聞倫理綱領(改訂版)を発表している。その主項目は自由と責任、正確と公正、独立と寛容、人権の尊重、品格と節度である。そのような綱領の存在にも関わらずそのイメージがかなり失墜していることは否めない。この問題に対処する試みの一つとしてアメリカでは「卓越したジャーナリズムのためのプロジェクト」というメディア監視NGOが一線級のジャーナリスト25名によって1997年に設立され、活動しているとのことである。
それからスケープゴーティングを抑制するためには、受け手の能力向上が求められる。それは人の認識が様々なバイアスによって歪められているからである。このバイアスを防ぐには、批判的思考が大切であると言われている。批判的思考には無意識の意識化という側面がある。
スケープゴーティングの発生には投影や置き換えのような無意識のメカニズムが働いている。これを意識化することができればスケープゴーティング現象を緩和することが可能になると考えられる。
批判的思考の要点としては、a)自分の視点があくまでも1つの視点に過ぎないことに気づくこと、b)他者の視点に身を置いてそれを共感的に理解すること、c)たとえ自分の考えを否定することになるとしても両者を同じ基準で判断すること、などが挙げられる。
さらに批判的思考の態度として、自分の知識の限界に気づく「知的謙遜」、これまで考えなかったことを考えようとする「知的勇気」、他人を理解する「知的共感」、自分と相手を同じ基準で評価する「知的誠実」、自分を疑うという困難なことをあえて行う「知的忍耐」、自分の感情とは関係なしに評価を行う「知的正義感」、相手の言うことにも耳を傾ける「開かれた心」などが大事であるということである。
そのような態度を子どもたちに身につけさせるための試みも行われている。小学5年生を対象に松本サリン事件(オウム真理教によって引き起こされた殺人事件であったが、無実の人が犯人扱いをされ、メディアによって大々的に報道された事件)の新聞記事を資料として提示し、授業を行っている例もある。
その中で、子どもたちに、記事が憶測で書かれてしまったことや、誤報が生み出された背景などについて議論させている。それを通して、新聞記者が記事を書くときの気持ち(締め切りについてのあせりや不安)、読者が新聞を読むときの構えや態度について理解を深めさせることを企図している。このような学習を積み重ねることによって、スケープゴーティング現象の理解と意識化が可能になるであろう。
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画像を見る 釘原直樹(くぎはら・なおき)
社会心理学
1952年生まれ。1982年九州大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。現在、大阪大学大学院人間科学研究科教授。著書に「グループ・ダイナミックス 集団と群集の心理学」(有斐閣、2011年)、「人はなぜ集団になると怠けるのか 社会的手抜きの心理学」(中公新書、2013年)、「スケープゴーティング 誰が、なぜやり玉に挙げられるのか」(有斐閣、2014年)他。



