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何のための教育か

高校奨学金:790億円不足へ 回収率想定下回り(毎日新聞)
文部科学省の交付金で都道府県が実施している高校奨学金事業で、貸与した奨学金の回収率が想定を下回り、このままでは31年度までに11府県で計約790億円の資金不足に陥ることが会計検査院の調査で分かった。検査院は22日、奨学金の徴収を債権回収会社に委託するなど適切な措置を都道府県にとらせるよう文科省に改善を求めた。

 この事業は高校生らを対象に月1万8000〜3万5000円を無利子で貸与する制度。生活費にも充当でき高校授業料が無料化された10年4月以降もニーズは高いという。

 検査院によると、文科省は10年度までに各都道府県に計約1411億6360万円を交付。文科省が想定した貸与件数や回収率であれば、資金不足にならず事業を継続できる計画だった。

 検査院が今年、20府県を抽出して調査したところ、文科省の想定した回収率を下回る自治体が12府県判明し、貸与件数も増加傾向にあった。この状況が続いた場合、検査院の試算では31年度までに福岡、神奈川、京都など11府県で資金不足になるという。福岡県は約321億円、神奈川県では約136億円不足し不足分は各県が負担することになる。各府県が十分な収支予測を実施していなかったことが原因とみられる。

 検査院は「教育の機会均等に寄与する奨学金制度を守るため、早急に回収率を向上させる必要がある」と指摘。文科省は「都道府県に指導していきたい」としている。
 さて、高校奨学金事業の回収率が想定を下回り、資金不足に陥る見込みとのことです。とはいえ見出しに掲げられた「790億円不足」とは、調査対象となった20府県の内、不足が生じている11府県だけを集計対象とした数値のようです。残る9府県では僅かなりとも余剰が生じていることになりますので、全体で見ればそこまで深刻な資金不足ではないはず、掲載誌が意図的に煽っているところもあるでしょう。文科省の想定した回収率を下回る自治体が12府県ということで、残る8府県は想定した回収率を上回っている、要するに特定の自治体の問題であって全国的な問題かというと、その辺は色々と疑わしく思われるところですし。

日本の教育復興を支援…OECDが異例の声明(読売新聞)
経済協力開発機構(OECD)は13日、加盟34か国の教育費などを分析した結果を発表した。

 2008年の国内総生産(GDP)のうち、日本では教育に対する国や自治体などの支出が占める割合は3・3%。OECD平均の5・0%を下回り、データのある31か国中最下位だった。また、日本では、子供1人にかかる大学教育費のうち、国や自治体ではなく、家庭が負担している割合は66・7%で、OECD平均の31・1%を大きく上回った。日本では教育に対する国や自治体の支出が少ないため、家庭が多くの教育費を負担せざるを得ない実態が浮かび上がった。
 ブルジョワ新聞の記者は奨学金の資金が不足する理由として「各府県が十分な収支予測を実施していなかったことが原因とみられる」などと書いていますが、その辺は掲載誌の認識の程を象徴する以外のものではないように思います。結局のところ、日本の場合は教育に対する公的支出が極端に少なく、本来であれば給付されてしかるべき奨学金が貸与という形にしかなっていない、実質的に奨学金ではなく学資ローンと化しているために回収率が問題となる、かつ奨学金の規模も小さいが故に資金も枯渇しやすいわけです。教育に関する公的支出をOECDの平均ぐらいには積み増さない限り、こうした問題は解決されるはずがありません。

 教育分野への公的支出の少なさではなく資金不足や回収率が問題視しされ、挙げ句の果てには「各府県が十分な収支予測を実施していなかったことが原因」などと言い放つ人もで出てくるのは、いったいどうしてでしょうか。公的支出そのものを嫌う、自己責任の国だからかも知れません。教育が未来への投資だと理解されていないところもあるでしょう。そして投資した奨学金が回収されないことを騒ぎ立てる意識はあっても、投資された教育の成果が活かされないことが問題視されることは少ないわけでもあります。

 本来なら、教育水準の高さは国や社会にとっての強みのはずです。しかるに我が国では教育への公的支出を重荷と見なすばかりで、教育水準の高さを活かそうとする発想が大きく欠けています。確かに、相応の学校歴があれば新卒時の就職には有利になるでしょう。しかるに、社会全体で見れば高等教育修了者の就職競争を激化させるばかりで、採用される人の数を増やすものとはなっていません。進学すれば個人の就労機会は増えるとしても、その分だけ他の人の就労機会が圧迫されるだけなのです。教育は個人の役に立っても、社会全体の役には立っていない、それが日本社会の現状です。だからこそ、社会に寄与しない、個人の役にしか立たない教育は社会にとっての重荷であり、自己責任の対象にもなるのでしょう。

 少子化が進むと、その分だけ教育リソースが集中して投下されることになります。親の資産にも限りがある中で、子供が5人いた場合と1人しかいなかった場合、当然ながら子供に与えられるものは異なってくることでしょう。教育リソースを独り占めすることが出来る少子化時代の子供は必然的に、高等教育を受ける機会にも恵まれます。そして高等教育を受けた少子化時代の子供が高付加価値産業に就いて高収入を得ることで、少ない人数でも高齢者を支えることが可能になるのですが――高等教育を受けても高収入には結びつかないのが我々の社会だったりするもので、そこに齟齬が生じているわけです。

 企業は新卒者の学歴(学校歴)までは気にするものの、学校で身につけてきたものを活かそうとしているかと言えば、その辺は甚だ微妙なところです。企業が学生に要求するのは「コミュニケーション能力」みたいな曖昧な代物であって、これでは大学や高校側はどうしようもありません。仕方がないから、就職するための訓練ばかりが行われる始末です。そして入社が決まっても、今度は研修と称して自衛隊に体験入隊とかが待っているわけです。そうでなくとも日本社会には「学校で教わったことなんて現場では役に立たない」みたいな信仰が根付いてはいないでしょうか。結局のところ高等教育とは就職に当たって箔を付けるためのものでしかなく、社会に寄与するものとはなっていないようです。

 少子化で教育リソースが集中投下されるようになったとか、高卒でも仕事に困らない時代が終わって「就職できないから」進学する人が増えたとか、いずれにせよ高等教育を受ける人は増えてきました。ならば、産業界もまた社会の変化に合わせて、教育水準の高さを活用する方向へと変わっていかねばならなかったはずです。しかるに、相も変わらず製造業至上主義が幅を利かせ、高等教育修了者を新興国の単純労働者と競わせてはいないでしょうか。旧態依然とした日本経済にとって高等教育修了者の増加は宝の持ち腐れとしかなっていないようです。むしろ、新興国に対抗すべく低賃金労働者を確保する上での障害ぐらいにしか思われていないフシすら窺われます(大学生が多すぎる論とか)。せっかく教育という投資を行って高等教育修了者を増やしても、それを用いる能力を持たない社会であるが故に、砂漠に水を撒くが如きことにもなってしまうわけです。

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