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- 2016年11月15日 17:25
今、米海軍で何が起こっているのか? 米海軍トップのA2AD(接近阻止・領域拒否)使用禁止令の真意 - 渡部悦和
1/3政策提言委員・ハーバード大学アジアセンターシニアフェロー 渡部悦和
素朴な疑問
米海軍のトップである海軍作戦部長ジョン・リチャードソン大将は、『The National Interest』に投稿した小論文“Deconstructing A2AD”(「A2ADを解体する」)において、今後米海軍においてA2ADという用語を使用しないと発表した。米海軍関係者のみならず世界中の安全保障専門家はこの発表に驚いたと思う。米海軍大学の教授との接触が増えてきた私にとっても驚きであった。なお、リチャードソン大将は、ワシントン所在のシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)等でも同内容の講演を行っていて、YouTubeで視聴できる。米海軍は、従来、中国人民解放軍のA2ADに対抗する作戦構想であるエア・シー・バトル(ASB:Air Sea Battle)を説明する際に、A2ADという用語を頻繁に使用してきた。私もまたA2ADを頻繁に使用してきた。何故なら、A2ADは非常に使い勝手の良い用語で、人民解放軍の脅威を素人にも分かりやすく表現できるし、A2ADに対抗する作戦構想も説明しやすいからである。
作戦部長の主張に初めて接した時の私の素朴な疑問は以下の通りであった。
・何故、作戦部長はこの使い勝手の良い用語の使用禁止をNational Interestで発表したのか?世界中に展開する米海軍に徹底したかったのか。米海軍のみならず、世界中に周知したかったのか?何か深い深慮遠謀があるのか?
・A2ADの使用禁止を一番喜んでいるのは誰か?最大の受益者は中国ではないのか?従来、A2ADに関係する国家として米国が指摘してきたのは中国、ロシア、イランである。特に人民解放軍はA2ADの代名詞であった。作戦部長は、A2ADを禁止することにより、対外的に強圧的な姿勢を堅持する中国にいかに対処しようとしているのか?
・A2ADは、米海軍の戦略・作戦構想・戦術、兵器の開発・取得、教育訓練、実際のオペレーションを説明する際のキーワードであった。作戦部長は、A2ADの代わりとなる用語を何も提示していないが、米海軍の現場において混乱はないのか?代替案をしっかり提案してからA2ADの使用禁止を宣言すべきではなかったのか?
・A2ADは、我が国の南西諸島防衛を考える際にもキーワードであり、米海軍の戦略家たちは、A2ADを使用して日米共同の作戦を考察してきた経緯がある。日米共同にも大きな影響があるが、同盟国とよく調整をしてA2AD使用禁止令を発表したのか?
・米海軍の大きな変革の前触れとしてA2AD使用禁止令を出したのか?
以上のような素朴な疑問を持ったので、その真意を追求してみた。
何故、A2ADという用語は問題か?:リチャードン作戦部長の主張
作戦部長の説明によると、A2ADが使う人によって様々な意味で使われ、混乱が見られるそうだ。リチャードソン大将は、作戦部長としての1年間が経過して、「明確な思考(クリア・シンキング)と明確な意思の疎通(クリア・コミュニケーション)」の時代を超えた重要性を再認識したと述べている。
また、A2ADを使うことによる抽象的な議論ではなく、より具体的な議論の重要性も指摘している。
そして、A2ADを否定する理由として以下の4項目を列挙している。
●理由1:A2ADは、新しい特別な現象(phenomenon)ではない。戦史によると、敵対する両者は、より遠くから敵を発見し、より破壊的な兵器で攻撃をすることにより、優勢を追求してきた。ナイルでのネルソン提督、モビル湾でのファラガット提督、太平洋でのニミッツ提督やロックウッド提督を思い出してみなさい、A2ADは新しいことではない。海をコントロールし戦力を投入することは、国家が海軍に投資する第1の理由である。
●理由2 :A2ADの「拒否(Denial)」という用語は、「既に終了した事項(fait accompli)」(拒否は完了している)として頻繁に使われるが、より正確には「願望(aspiration)」(拒否をしたい)である。米海軍であろうと、その拒否地域(下図の第1防御層、第2防御層、第3防御層を参照)に入ると敗北を喫すると誤解したり、A2ADにおける拒否地域のイメージは「入ってはいけない地域」であると誤って認識されている。しかし、「拒否」の脅威は、克服できないものではないし、不可侵なものではない。
図「中国の重層的なA2AD能力」 出典:米海軍情報オフィス(ONI)
●理由3 :A2ADは防御的な特徴があり、我は赤い円弧(例えば図1の第1防御層)の外から敵がいる内に接近する「外から内へ(アウトサイド・イン)」という固定観念に陥っている。しかし、我に必要性があり意思があれば、敵の防御層の内側から戦うこともできるし、あらゆる方向から「内から外へ(インサイド・アウト)、上から、下から」攻撃ができるのである。
●理由4 :A2ADの脅威は、現状で十分理解されている。A2ADは、すぐそこに潜む新たな解決すべき問題から我々を引き離してしまう。A2ADに集中すると、はるか前方が見えなくなる。より高いレベルの紛争における次の展開がどうなるのかという疑問を持たなくなる。例えば、世界のどこでもリアルタイムのビデオをオン・デマンドで映像化される様な状況(つまり、リアルタイム情報を世界のどこでも見ることができる状況)では、敵に先んじるためには何をしなければいけないかという疑問を持たなければいけない。 世界各地の地勢は様々で、敵はその異なる地勢に基づき多様な構想や技術を使い戦う。
「一つのサイズを全てに適合するアプローチ(one-size-fits-all approach)」を使い、議論を過度に単純化する誘惑に抵抗しなければいけない。具体性が重要である。 海軍の焦点は、海洋優勢(海上優勢と海中優勢)の維持である。戦術と戦略の相互作用を深く理解し、具体的な脅威に対し、具体的な場所で目的を達成しなければいけない。
- 一般社団法人日本戦略研究フォーラム
- 外交安全保障を主軸としたシンクタンク



