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東北はもちろん大変ですが、それを支援すべき側はどうなんでしょう

東北電力、電気使用率98%に 豪雨で供給力低下(朝日新聞)
 東北電力管内(東北6県と新潟県)で5日午後、最大使用電力が供給力の97.7%に達した。新潟・福島豪雨で水力発電設備の一部が壊れ、原発1基分に相当する供給力を失ったうえ、暑さによる需要増が重なり、この夏で最も厳しい状況になった。設備復旧のめどは立っておらず、他社からの電力融通頼みの綱渡りが続きそうだ。

 5日の供給力は最大1211万キロワットだが、午後2時半に使用電力が1183万キロワットに高まった。前日から東京電力が30万キロワットを融通しており、この融通がないと電力不足に陥っていた計算だ。この厳しい状況は来週も変わらない。

 今回の豪雨では、新潟、福島県境の29の水力発電所の設備が冠水などで停止。供給力が100万キロワットほど下がった。一方、5日の最高気温は秋田市で35.6度、新潟市で34.1度と高く、冷房需要が増えた。
 さて東京電力管内では6月こそ危うかったものの7月は意外に余裕を持って乗り切れたわけですが、今度は東北電力エリアが苦しい状況と伝えられています。東北でも節電に努めてはいるのでしょうけれど、なにぶんにも被災の影響が大きいだけに余力が足りない、そこに水力発電設備の故障が重なったため危険な領域に突入してしまったようです。火力発電所が事故などで停止するのはよくあることですけれど、水力でも止まるときは止まるのですね。こういうケースを目にする都度、余力を持たせておくことの大切さを思い知るのですが、どうも世間では発電所の設備容量を単純に足し算して「原発無しでも電力は足りている!」とか喚いている人が多いのですから呆れます。もう何年も稼働していない老朽化したポンコツ発電所が少なくないにも関わらず、設備容量通りの電力を常に無事故で供給し続けられるとの想定に何の疑問も持っていないとしたら、それは電力会社を信頼しすぎでしょう。私はそこまで電力会社を信用していませんので、「原発以外の全発電所が設備容量通りの電力を絶えず供給できるはずがない」との前提に基づき、余力を確保することの必要性を強く訴えたいところです。

 何事もなければ電力は足りる、だから電力は足りているのだと説く人は福島の原発事故から何も学んでいないとしか思えないのですけれど、その辺の人にとって反省すべきは電力会社であって自分たちではないようです。あくまで自分たちは糾弾する側としか思っていない、そのおめでたさは羨ましい限りです。ともあれ、現に東北電力管内は需給が逼迫しています。そこは東京電力からの融通もあるわけですが、東京電力だって震災前と同レベルの発電能力を確保できているわけではありません。被災地の状況を鑑みれば東京電力エリアが節電に努めて被災地域を含むエリアへ電力を送ることに異存はないのですけれど、これから先はどうなるのでしょうか。定期検査に入った原発が再稼働できないとなると、電力事情は今以上に悪化することもあり得ます。果たして東北への電力融通をどれだけ続けられるのか。まずは復興優先ということで電力供給が震災前の水準に回復するまでは脱原発を一時棚上げにすべきではないかと思わないでもありません。脱原発が第一で国民の生活や被災地の復興が蔑ろにされるようでは、絶対に何かがおかしいですから。

 幸いにして、今の段階では東京電力管内は意外な余裕があります。電力会社の頑張りもさることながら、電力会社の想定を大きく上回る節電ぶりが影響しているようです。例によって「だから節電すれば十分に足りるのだ、やはり原発は不要なのだ」と説く人も出てくるわけですが、ただこの節電の中身や影響も、もう少し検証されるべきではないかと思います。空調が弱められたり、照明が落とされたり、あるいは電車の本数が減ったりと、まぁこの辺は不便ですけれど健常者には問題のないところなのかも知れません。一方で私のような労働者にとって深刻なのは土日や夜間への勤務シフトが進んでいることです。この辺はピークシフトという観点からすれば非常に有効性の高い節電策なのですが、実際に働く人にとってはどうでしょう。自分が深夜に働くことを想像したことがありますか?

 孫正義のような「働かせる」側の人間にとっては想像できない世界なのかも知れませんし、ホワイトカラーで安定した仕事に就いている人にとっても同様なのかも知れません。しかし、節電のためと工場の操業時間を昼間から早朝と深夜にシフトさせる動きは出ているわけです。今まで平日の昼間で働いていたのに、いきなり深夜勤務を余儀なくされる従業員の立場だって、もう少しくらい考慮されても良いのではないでしょうか。平時であれば、大幅な勤務時間の変更、それも深夜帯への変更となれば相応の反発がありそうなものですが、節電のためと言われれば反論しにくい状況です。こういう労働条件の不利益変更に対してこそ抗議の声を上げる団体があっても良さそうなものですけれど、脱原発が第一の時代には従業員サイドは支援者もないまま粛々と業務命令に従う他ないのでしょう。これが一時的な措置であるなら被災地のためと我慢できなくもないですが、原発の再稼働次第で電力不足は長引く恐れがあります。それはすなわち、深夜操業へのシフトもまた長期化する恐れがある、いつの間にか常態化する恐れがあると言うことです。

参考、光は失われるばかりなのだろうか

 他でも気になったのは、不必要な節電も目立つことです。振り返ってみると、電力需給に余裕がある時間帯にまで奇妙な節電気運が蔓延してはいないでしょうか。深夜にまで照明を落とす街灯や自販機もあれば、節電のため短縮営業と称し、なぜか日中のピーク時間帯だけ稼働して電気の余る夕方以降には早々と閉まってしまう謎の銀行ATMもありました。電気代の節約にはなっても、電力需給に余裕を持たせるという点では全く意味のない行動です。しかし、この意味のない行動が至る所で見られるわけです。どうにも必要に迫られてやむなく節電したというより、何となく節電しなければならないという自粛ムードに晒された結果にも見えます。節電にかこつけて節制を迫るような同調圧力が半ば自然発生的に生み出されてはいないでしょうか。

 例えばパチンコ店などの娯楽産業への風当たりが強まっているなど、ちょっと「贅沢な」電気の使い方をしているところをことさらに咎め立てするような風潮もあります。石原慎太郎は被災地を襲った津波に触れて「我欲を洗い流せ」云々と述べました。石原に反対しているつもりの人々は、我欲にまみれているのはおまえの方だみたいな、反論にならない反論を口にする人が多かったように思います。いずれにせよ、両者とも「我欲」を敵視していることには変わりがないわけです。要するに、石原も石原に反対しているつもりの人も他人の欲を抑え込みたくて仕方がないのでしょう。そういう中で電力不足が発生するとなると、ここぞとばかりに「節電すればいい」と自粛を強いる気運が勢いづいてしまうのかも知れません。どうにも灯火管制的な、相互監視的なメカニズムで節電が進められているところはないでしょうか。たぶん非常に極端な例だと思いますが、隣人がエアコンを使っていないか監視し合うような状態に陥るケースもあるそうで(エアコン節電 密集した住宅街は住民が室外機の音で牽制し合う(女性セブン))、いやはや何とも嫌な時代です。こういう状況に道徳的な正しさや精神的な満足を感じている人も多いようですけれど、私には色々な面で貧しい社会に向かっているように見えますね。

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