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ジブリ映画から見えてくる若者の世界観

「安定した就職先に入社したい」と望む新卒学生の多くが、有名企業に殺到し、大企業はどこも軒並み数百倍の倍率となり、100社受けても一つも内定がでない学生が大量に溢れている。連日のように新聞やテレビでは就職状況の厳しさが伝えられ、新卒の内定取り消しが相次ぎ、どこを見ても暗い話題しかない。バブル景気の頃と比較して、この理不尽な世界に憤慨している若者もいるかもしれないが、心の力点をどこに置くべきか模索している若者もいるかもしれない。若者はいつの時も、時代の変遷と共に心を進化することを迫られているのだ。

こうした現状の中でさえも「最近の若者はなってない」、「連中の考えていることは分からん」といった中高年世代のぼやきは鳴り止む事はない。こうした世代間ギャップは、別に今に始まったことではなく、いつの時代にもあったことだ。では今の時代の世代間ギャップはどこから来るのだろうか。

ジブリ映画『コクリコ坂から』は、60年代の日本を舞台とした作品だ。当時の日本は全共闘運動が活発化した時であり、大学内でデモとかストライキが頻繁に起きたり、しまいには政治セクトの学生同士の内ゲバやら何やらで大学は混乱状態であった。そうした流れは地方の高校にまで広がって、一部の高校では暴徒化した騒ぎまであったようだ。こうした時代的運動を描きたかったのかどうかは分からないけれど、映画では文化部教室『カルチェラタン』の取り壊しを巡った学生同士の争いを物語の核にしている。まさに、当時の日本で巻き起こった革命対保守といった二項対立構造を見て取ることができる。

また当時の日本は、社会の矛盾を資本主義体制に向けていたこともあって、マルクス主義が広く普及した。宮崎駿もこうした影響を受けたのかどうかは分からないけれど、製作映画で度々資本主義を批判したような描写を行なう。映画『千と千尋の神隠し』では、「カオナシ」という気味の悪いキャラクターが登場する。カオナシは食べ物を与えてくれた人に対し、金(ゴールド)を渡すことによってお礼をする。だけどしばらくすると、無秩序に、そして無制限に食べ散らかして、組織を混乱させる。いつまでたっても満腹になることはなく、最後は大量の排泄物を垂れ流すことで冷静さを取り戻すのだ。宮崎駿はこの作品について、「僕はあの異世界を日本の近代だと思ってやってた」と述べている。この「カオナシ」こそ、宮崎の目から見える資本主義世界のイメージなのかもしれない。

話を『コクリコ坂から』に戻すと、主人公松崎海と、海が思いを寄せる風間俊達男子学生集団は「カルチェラタン」の取り壊し反対運動を見事に成功させる。取り壊し反対を直接的に呼びかけるために、実業家であり、港南高校理事長である徳丸に直談判をしたのだ。ここで理事長は、当時男性社会であったにも関わらず、男子生徒の意見を取り入れるのではなく、そこにたまたま居合わせた海の意見を聞き、心を動かすのだ。理事長は男性社会の中で、集団の中心人物に認められているという海の実力と、海の父親が朝鮮戦争で世を去っているという境遇に共感し、賛同したに違いない。

ジョージ・オーウェルは著書『1984』で、「ビックブラザーの世界」を描いている。ここで言うビックブラザーとは、スターリンであったり、毛沢東であったりといった全体主義国家の独裁者を意味している。全体主義国家において、国民は国家と一体であって、1つの大きな集団になることを求められる。これは大企業でも同じようなことが言えるかもしれない。特に高度成長期の日本の大企業は、個性を胸の奥にしまい、社長の号令のもとに一致団結するソルジャーになることを強要した。これも毎年景気が上昇していくような世界では、とても合理的で快適なシステムであったに違いない。一つの方向に突き進むスピードと勢いだけが求められ、各人が創造性を持つ必要性がなかったのだから。

またかつて、全日本の85%が、一斉に同一の行動をした。田植えの時には、全日本人が田植えをしなければならず、ゴーイング・マイ・ウェイの精神で行動すれば、確実に餓死するか、他人の世話にならなければならなくなる。集団主義になることが求められるだけでなく、そうした行動が人々に良い結果を与えたのだ。でも度重なる不況によって、そうした仮面は剥ぎ取られ、「部長職ならできます」といった犠牲者を生み出してしまった。

最近のビジネス書の多くは、若者に「コモディティ化」することに対する注意喚起を行い、しきりに他人とは違った「スペシャル」になることを強いている。瀧本哲史は著書『僕は君たちに武器を配りたい』で、これから日本で生き残ることが出来る4つのタイプと、生き残れない2つのタイプを時代背景と共に示唆している。これは、日本が集団主義から急激に個人主義に移行していることを表わしているのだろう。こうした急激な時代の変化の波を巧みに利用して、不安に刈られた若者を食い物にするような自己啓発が流行している。こうした変化は若者の心にも大きな変革をもたらしたに違いない。

最近の若者を評する時に「上から目線」だということを耳にする時がある。「先輩にしてはいい決断だと思いますよ」、「うちの部長も成長したよね」というような発言をする輩が増加したからのようだ。榎本博明は著書『上から目線の構造』で、こうした現状を的確に表現し、「自己愛の視線を相手を通して自分に向けていて、相手そのものなど眼中にないのだ。人の目に自分がどう映っているかが気になるだけで、他人そのものに関心が向いているわけではない。今特に求められるのは、自己中心的心性から抜け出して、もっと他人に関心を向けることである」と説いている。

欧米人も個人主義ではないかという人もいるかもしれない。欧米人は言うなれば「チーム主義」である。山岸俊男は著書『信頼の構造』で、これまで言われてきた「欧米人は個人主義である」という概念を、様々な実証研究を紹介しながら、周到な議論で打ち砕いている。僕は外資系企業の欧米人の接し方を見ていているので、彼の論理が容易に理解出来た。彼らはチーム内で重要な意見やビジョンに対立が起きると、家での昼食会に招待したり、ミーティングを繰り返し行なうなど、根気強く議論を重ねることを試みる。


現在日本で起きていることは、集団主義から個人主義に天秤が急激に傾いている。だから変化に敏感な若者に対し、様々な意見や議論が出てきているのだろう。僕はビジネスで成功するためには、欧米の「チーム主義」システムに近いような「小集団主義」とも言うべきあり方が適しているように考えている。しかしながら、時代や企業が、個人主義を求めているのであれば、このまま天秤は傾いたままであろう。そして時代が経た後、もし個人主義が行き過ぎたということになれば、もう少しあいまいな、中間層に位置する「小集団主義」になるのかもしれない。でもこうした答えの分からないことを議論してもあまり意味はない。それにこの答えは、きっと近い将来若者達が僕らに示してくれるに違いないのだから。

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