記事

「分断」するのが当然な社会と、その背景

2/2

3.階層的分断――新しい階級社会

 そうした「分断」も、一代限りなら軽かったかもしれない。
 
 たとえニュータウンで暮らしていようとも、若かりし頃にあらゆる職業の人と面突合せながら生きていれば、自分と異なる価値観やライフスタイルを見知っておく機会もあるし、通信手段や交通手段の発達した現代なら、いったん知己を得た後はバラバラになった後もコミュニケーションが続く可能性もあるからだ。
 
 しかし、個人主義のイデオロギーも生活空間も、一代限りでは終わるものではなかった。
 
 むしろ反対だ。時代が進むにつれて、「自分のことは自分で決める」は先鋭化し、生活空間の棲み分けは進んでいった。そんななかで親が子を産み、子を育てていったわけだから、二代目や三代目は生まれながらにして棲み分けられた世代、ということになる。
 
 これに拍車をかけるのが、学歴や文化資本の偏りだ。
 
 この棲み分けられた社会では、私立の幼稚園に入り、私立の小中学校に進み、一流大学に進む人達と、貧しい家庭で育ち、公立の小中学校に進み、高校中退で働く人達の人生が交わることはほとんど無い。似たような家庭で育った、似たような境遇の者同士が理解し合う機会はあっても、“向こう側”を深く知る機会などそうそうあるものではない。
 
 今日日、たとえばアッパーミドルな家庭で育った子どもは、貧しい家庭で育った子どもと直に付き合い続けて理解しあうのでなく、メディアというフィルターを通してそのイメージを摂取する。ところが、マスメディアであれ、ネットメディアであれ、メディアの選択そのものがアッパーミドルな家庭の基準によって選好されるので、メディアを通して摂取する貧しい家庭のイメージもまた、ある種の偏向を受けざるを得ない。
 
 ヨーロッパと比較すると、アメリカや日本は階級社会ではないという。“一億総中流”という幻想は砕かれたとしても、「個人それぞれが勉強し、働き、キャリアアップして、人生を豊かにする」という個人主義にもとづいた価値観が残留しているという意味では、中流社会的、いや、中産階級的なメンタリティが残存している。

リンク先を見る

学力と階層 教育の綻びをどう修正するか



リンク先を見る

階級「断絶」社会アメリカ: 新上流と新下流の出現

 

 だが、学歴にしても、文化資本にしても、コネにしても、持てる者のところには集まり、持たざる者のところには集まらない。その構図は、世代を経てもリセットされず、世襲されて強化されていく。貧しい家庭の子どもは豊かな家庭の子どもと接点を持つことが無いばかりでなく、目指すことすら難しい。高い素養を持って生まれてきた子どもでも、勉強するための習慣や方法論に巡り合う機会が無かったり、親が学費を払いきれなかったりする。そうした諸々を克服して“一発逆転”を決めるのは難易度が高い。
 
 このような構図とて、「自分のことは自分で決める」「他人には無干渉」にもたれかかってしまえば他人事である。そして学歴や文化資本に恵まれた者だけでなく、恵まれない者にまで、こうした個人主義的イデオロギーが浸透しているので、好ましい干渉すら、ときとして撥ね退けられる。
 

「分断」していったのは誰だったのか

 ここまで書き進めて、大統領選の前には考えてもいなかった感想が湧いてきたので付け足しておく。
 
 選挙結果が出るまで、私は「分断」の“主犯”はトランプ氏の支持者達であるようになんとなく思っていた。アウトサイダーの候補者に喝采し、ポリティカルコレクトネスも含めた、既に定まった枠組みを動揺させ、国際的な取り決めを台無しにするようにみえた彼らこそ、アメリカから逸脱していく人達ではないか、と。
 
 しかし、都市部ばかりが青く塗られ、地方の大半が赤く塗られた選挙結果を眺めるうちに考えが変わった。離れていったのも、個人主義を先鋭化させていったのも、トランプ氏の支持者ではなく、都市部で暮らしグローバリズムを受け容れている、根無し草な人々ではないか。
 
 そして、青く塗られた都市部の根無し草な個人主義者だからこそ、彼らは「自分のことは自分で決める」「他人には無干渉」を良いこととし、自分達よりも保守的で、地元を離れない・離れられない地方の人々の心情を汲み取ろうともせず、そのことを自己正当化していたきらいはなかっただろうか。
 
 日本に住んでいると、つい、東海岸や西海岸の都市部の価値観がアメリカを体現していると考えてしまうが、歴史的に考えるならたぶん逆で、東海岸や西海岸の価値観、グローバリゼーションに親和的なガチガチの個人主義のほうが、先鋭化し、遊離してきた新機軸であるように今はうつる*2
 
 [関連]:われわれも、すでに「分断」されているのだ。 - いつか電池がきれるまで

「分断」を見なかった人々の責務

 では、このような思想的・空間的・階層的「分断」が起こっていることに気づくべき立場は、誰だろうか。
 
 私は、社会のリーダーを自認するエスタブリッシュメント層やエリート層、たとえば官僚やメディア人のような人々、高学歴で高収入な人々だと思う。
 
 「分断」が起こっていることに本能的に勘付くのは、キャリアアップの道が閉ざされていることを身をもって体感している人々、グローバリゼーションから取り残され、先鋭化した個人主義の恩恵から取りこぼされていく人々だろう。だが、「分断」が起こっていることを理解し、背景を分析し、社会改革を主導していくのは、なんやかんや言っても知識や富を集めている人々ではなかったのか。
 
 個人主義の根底にある「自分のことは自分で決める」と、それと表裏一体な「他人には無干渉」を良しとしているからといって、「分断」が起こっている向こう側を知ろうとせず、また、知らしめようともしないのは、端的に言って、怠慢である――知識や富を寡占し、社会のリーダーを自認している人々に関する限りは、そうだと言って構わないのではないだろうか。
 
 そうした人々がこれまでのように社会を主導していくというなら、「分断」の手前側の価値観だけで考えるのでなく、向こう側の価値観を探っていくための一層の工夫が必要だろう。いみじくも、“多様性を尊重するという立場”を名乗るならば尚更だ。簡単なことではなかろうが、今までとは違ったやり方で、奮起していただきたいと思う。

*1:あるいは乗せられて

*2:断っておくが、民主党支持者=ガチガチの個人主義者、と限定したいわけではない。当然ながら、ゲーテッドシティに住む共和党支持者などは、ガチガチの個人主義者だろう。

あわせて読みたい

「日本社会」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。