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- 2011年09月19日 15:03
女性が男性を選択する時代は長期化するかもしれない
最近いよいよ「草食系男子」という言葉が定着しつつあるように感じる。2、3年前にこの言葉が流行した当初の男性は、「草食系」と呼ばれることに対し、嫌悪感を感じた人もかなりいたように思うが、ここ最近ではむしろ「ホメ言葉」であるかのような印象さえ受ける。はっきりいうと、僕の周りにはこのようなタイプの男性がいないので、あまりよく分からないのが正直な感想であるが、興味深い現象でもあるので、本日は少し一緒に考えていこうではないか。
僕がなぜこのようなテーマを書こうと思ったかと言うと、野田総理(当時財務大臣)が民主党代表選の両院議員総会において、「このルックスなので、首相になっても支持率は上がらない、だからすぐに衆院解散はしない」ということを演説したことを受けて、これは国民に迎合しているのか、女性に恐れ戦いたのかは、知る由もないが、政治家にまで「イケメン」という言葉がにわかに波及していることが、大変面白おかしく感じたからだ。
「イケメン」にしろ、「草食系」にしろ、こうした言葉の背景にあるのは、男性が「モテ」を過剰に意識した結果、「女性が男性を選ぶようになった」ということであろう。一体いつから、このような現象が一般的になったのであろうか。またその原因は何なのであろうか。
1つ考えられるのは、一夫多妻が禁止されるようになったからではないだろうか。人間の進化に関して現在分かっているところによれば、僕達の祖先は、ゾウアザラシやゴリラやクジャクのように極端な一夫多妻ではなく、しかしまたアホウドリのように完璧な一夫一妻でもなく、ゆるやかな一夫多妻であったようだ。それを示す証拠として体の大きさの性差と、人類学的な記録が挙げられる。
霊長類の各種を通じて、雄の体が雌よりも大きいほど一夫多妻傾向が強い。それは一夫多妻傾向が強いほど、勝った時の配当が大きく、雄同士の競争がより激しく、攻撃的になるからであり、その結果、雄の相対的な体の大きさと力強さが増す。一般的に言って、体の大きさの性差が大きいほど、その種は一夫多妻的であるのだ。人間では、男性は平均して女性よりも10%背が高く、20%体重が重く、上半身の筋力は50%強く、握力では100%強い。
またもう1つの証拠は、人間の様々な文化や歴史に関する人類学的研究から得られる。ほとんどの人間の文化は、明らかに一夫多妻であった。狩猟採集社会では、もっとも魅力的で、もっとも尊敬され、もっとも知的で、もっとも上手な狩人は、普通以上に女性の注目の的となるものであり、そういう男性は、そうでない男性と比較して、2、3倍の数の子供を持ったようだ。さらに中世以前の人口密度の高い都市文明においては、もっとも上の階級に属する男性は、ほどんど常に、何百人という女性からなるハーレムを持ち、何百人という子供を持ってきたようだ。こうして考えていくと、一夫多妻は男性を、より攻撃的に、より粗野に、そして逞しくさせてきたようだ。
しかしながら、日本で暮らす僕達にとっては特にそうかもしれないが、一夫多妻は嫌悪すべき制度であるし、差別的であるので、制度そのものが廃れてきた。ただ、一夫多妻を禁止する法律は女性を守るどころか、男性を守るために機能してきたのだ。つまり一部の「有能な男性」に独占されて、次世代に遺伝子を残せないかもしれないというリスクが軽減したことにより、男性は、より温厚に、より優雅に、より弱体化したのではないだろうか。
これは個人的な印象であるが、女性の身長は近年益々大きくなってきているように感じる。道で歩いていても、男女のカップルにおいて、あまり身長差がなくなってきたように見受けられる。また男性の筋力も衰えてきたように見え、最近人気のある男性芸能人も体つきは細く、胸板は薄く、女性性が強い男性であるように見える。こうしたことからも人間が「進化」(変化という言葉が正しいかもしれないが)してきたことがうかがい知れるかもしれない。
また三浦展の著書「非モテ!男性受難の時代」では雑誌「an・an」を題材として、いかに「女性が男性を選ぶようになったか」ということを時代背景と共に興味深く考察している。著書によれば、80年代の当雑誌には「抱かれたい男」の特集はあるが、出始めは単に芸能人という雲の上の存在を称賛するだけの乙女チックな特集であったようだ。また現在の特集に見られるような「寝たくない男」をあげつらい、晒し者にするコーナーもなかったようだ。
これはどうして変わってしまったのだろうか。本書でも挙げられているが、90年代半ばの「就職氷河期」を境に変化してきたようだ。この頃からバブル期の男性とは異なり、男性は急速に自信を失いはじめ、男女の恋愛事情にも変化が訪れたようである。深刻な平成不況は、「内定ゼロ」、「20代にして給料ダウン」、「リストラ」といった実害となって当時の若者に降りかかったのだ。自分の生活の面倒を見るのに必死で、女性を口説くどころではなくなった男性が急増し、96年辺りから「癒し系」がブームになったようである。ただそれは女性も同じで、80年代の女性が求めていたような相手をするのに疲れる「ワイルド」な男の人気は下火になり、「an・an」の「好きな男、嫌いな男」特集でも、木村拓也を筆頭に「マイルド」な男性が支持されるようになったようだ。
さらに日本経済は落ち込み、97年には山一證券、北海道拓殖銀行が相次いで破綻し、「大企業の男をゲットすれば一生安泰」という神話が音を立てて崩壊したことが、さらに「女性が男性を選択する」という行動に拍車をかけたようだ。また03年4月28日、バブル以来の最安値7603円を記録し、日本経済は大底モードに突入し、若い男から精気を奪い、女を慢性欲求不満モードにしたようだ。
こうして考えていくと、経済事情が大きく「女性を強く、男性を弱く」したことの原因となっていることが分かる。であれば、30歳未満の女性の可処分所得が男性を上回った現代においては、ますますその傾向が強くなるのは当然のことであろう。
では今後、この傾向はどうなっていくのであろうか。まず、先ほどの体つきや心の変化においては、一夫多妻などの差別的な制度は、当然ながら、今後さらに廃止されていくことになるだろう。また男女の雇用機会も今以上に平等化していくことを鑑みれば、進化心理学的な側面では、さらに女性性の強い男性が増加していくことが考えれる。
また経済的な側面においても、しばらくはバブル期のような異常な経済浮揚期は到来しないことを考えれば、男性が金銭的な自信を復活させることはないだろう。つまり、女性が男性を選択する傾向はますます増加していくことが考えられるわけである。
なるほど、現代の若者が、女性に好かれるように体つきや心の持ちようを変化させたように、また「an・an」で男性ヌードが毎回雑誌の表紙を飾り、まるで男性が女性のヌードを楽しむポルノ雑誌のように、女性が男性の裸体を吟味する嗜好品へと劇的に変化をとげたことを考慮に入れれば、男性は女性に選択してもらうことを考えねばいけないのかもしれない。
このブログを書いて、僕もジムに通うのをやめて女性性を少しでも身につけ、仕事をせっせとこなし、少ないながらもお給料を稼ぎ、少しでも女性に選んでもらいやすくなるように努力をしようと思う次第である。
僕がなぜこのようなテーマを書こうと思ったかと言うと、野田総理(当時財務大臣)が民主党代表選の両院議員総会において、「このルックスなので、首相になっても支持率は上がらない、だからすぐに衆院解散はしない」ということを演説したことを受けて、これは国民に迎合しているのか、女性に恐れ戦いたのかは、知る由もないが、政治家にまで「イケメン」という言葉がにわかに波及していることが、大変面白おかしく感じたからだ。
「イケメン」にしろ、「草食系」にしろ、こうした言葉の背景にあるのは、男性が「モテ」を過剰に意識した結果、「女性が男性を選ぶようになった」ということであろう。一体いつから、このような現象が一般的になったのであろうか。またその原因は何なのであろうか。
1つ考えられるのは、一夫多妻が禁止されるようになったからではないだろうか。人間の進化に関して現在分かっているところによれば、僕達の祖先は、ゾウアザラシやゴリラやクジャクのように極端な一夫多妻ではなく、しかしまたアホウドリのように完璧な一夫一妻でもなく、ゆるやかな一夫多妻であったようだ。それを示す証拠として体の大きさの性差と、人類学的な記録が挙げられる。
霊長類の各種を通じて、雄の体が雌よりも大きいほど一夫多妻傾向が強い。それは一夫多妻傾向が強いほど、勝った時の配当が大きく、雄同士の競争がより激しく、攻撃的になるからであり、その結果、雄の相対的な体の大きさと力強さが増す。一般的に言って、体の大きさの性差が大きいほど、その種は一夫多妻的であるのだ。人間では、男性は平均して女性よりも10%背が高く、20%体重が重く、上半身の筋力は50%強く、握力では100%強い。
またもう1つの証拠は、人間の様々な文化や歴史に関する人類学的研究から得られる。ほとんどの人間の文化は、明らかに一夫多妻であった。狩猟採集社会では、もっとも魅力的で、もっとも尊敬され、もっとも知的で、もっとも上手な狩人は、普通以上に女性の注目の的となるものであり、そういう男性は、そうでない男性と比較して、2、3倍の数の子供を持ったようだ。さらに中世以前の人口密度の高い都市文明においては、もっとも上の階級に属する男性は、ほどんど常に、何百人という女性からなるハーレムを持ち、何百人という子供を持ってきたようだ。こうして考えていくと、一夫多妻は男性を、より攻撃的に、より粗野に、そして逞しくさせてきたようだ。
しかしながら、日本で暮らす僕達にとっては特にそうかもしれないが、一夫多妻は嫌悪すべき制度であるし、差別的であるので、制度そのものが廃れてきた。ただ、一夫多妻を禁止する法律は女性を守るどころか、男性を守るために機能してきたのだ。つまり一部の「有能な男性」に独占されて、次世代に遺伝子を残せないかもしれないというリスクが軽減したことにより、男性は、より温厚に、より優雅に、より弱体化したのではないだろうか。
これは個人的な印象であるが、女性の身長は近年益々大きくなってきているように感じる。道で歩いていても、男女のカップルにおいて、あまり身長差がなくなってきたように見受けられる。また男性の筋力も衰えてきたように見え、最近人気のある男性芸能人も体つきは細く、胸板は薄く、女性性が強い男性であるように見える。こうしたことからも人間が「進化」(変化という言葉が正しいかもしれないが)してきたことがうかがい知れるかもしれない。
また三浦展の著書「非モテ!男性受難の時代」では雑誌「an・an」を題材として、いかに「女性が男性を選ぶようになったか」ということを時代背景と共に興味深く考察している。著書によれば、80年代の当雑誌には「抱かれたい男」の特集はあるが、出始めは単に芸能人という雲の上の存在を称賛するだけの乙女チックな特集であったようだ。また現在の特集に見られるような「寝たくない男」をあげつらい、晒し者にするコーナーもなかったようだ。
これはどうして変わってしまったのだろうか。本書でも挙げられているが、90年代半ばの「就職氷河期」を境に変化してきたようだ。この頃からバブル期の男性とは異なり、男性は急速に自信を失いはじめ、男女の恋愛事情にも変化が訪れたようである。深刻な平成不況は、「内定ゼロ」、「20代にして給料ダウン」、「リストラ」といった実害となって当時の若者に降りかかったのだ。自分の生活の面倒を見るのに必死で、女性を口説くどころではなくなった男性が急増し、96年辺りから「癒し系」がブームになったようである。ただそれは女性も同じで、80年代の女性が求めていたような相手をするのに疲れる「ワイルド」な男の人気は下火になり、「an・an」の「好きな男、嫌いな男」特集でも、木村拓也を筆頭に「マイルド」な男性が支持されるようになったようだ。
さらに日本経済は落ち込み、97年には山一證券、北海道拓殖銀行が相次いで破綻し、「大企業の男をゲットすれば一生安泰」という神話が音を立てて崩壊したことが、さらに「女性が男性を選択する」という行動に拍車をかけたようだ。また03年4月28日、バブル以来の最安値7603円を記録し、日本経済は大底モードに突入し、若い男から精気を奪い、女を慢性欲求不満モードにしたようだ。
こうして考えていくと、経済事情が大きく「女性を強く、男性を弱く」したことの原因となっていることが分かる。であれば、30歳未満の女性の可処分所得が男性を上回った現代においては、ますますその傾向が強くなるのは当然のことであろう。
では今後、この傾向はどうなっていくのであろうか。まず、先ほどの体つきや心の変化においては、一夫多妻などの差別的な制度は、当然ながら、今後さらに廃止されていくことになるだろう。また男女の雇用機会も今以上に平等化していくことを鑑みれば、進化心理学的な側面では、さらに女性性の強い男性が増加していくことが考えれる。
また経済的な側面においても、しばらくはバブル期のような異常な経済浮揚期は到来しないことを考えれば、男性が金銭的な自信を復活させることはないだろう。つまり、女性が男性を選択する傾向はますます増加していくことが考えられるわけである。
なるほど、現代の若者が、女性に好かれるように体つきや心の持ちようを変化させたように、また「an・an」で男性ヌードが毎回雑誌の表紙を飾り、まるで男性が女性のヌードを楽しむポルノ雑誌のように、女性が男性の裸体を吟味する嗜好品へと劇的に変化をとげたことを考慮に入れれば、男性は女性に選択してもらうことを考えねばいけないのかもしれない。
このブログを書いて、僕もジムに通うのをやめて女性性を少しでも身につけ、仕事をせっせとこなし、少ないながらもお給料を稼ぎ、少しでも女性に選んでもらいやすくなるように努力をしようと思う次第である。



