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敵失がもたらしたトランプのタナボタ勝利 - 土方細秩子

「なぜこんなことになったんだ?」サンフランシスコダウンタウンのスターバックスで大声で怒鳴る男性。「カリフォルニアはクリントン勝利だったのに」と呆然とする店員。11月8日深夜、大統領選挙の結果が見えた米国内は不穏とも諦めともつかない奇妙な雰囲気に満ちていた。

 ドナルド・J・トランプ氏(70)の第45代合衆国大統領就任。直前までこの結果を予測した人は非常に少なかった。選挙前日でも世論調査でのヒラリー・クリントンリードは5ポイントで、ウォール・ストリートは「ヒラリー優勢」のニュースからダウ平均が500ポイント近く上がるなど、楽勝ムードが漂っていた。しかし、蓋を開けてみれば思わぬ大差でのトランプ勝利。

クリント・イーストウッドもトランプ支持

 トランプ氏は「コンプリケートなビジネスだったが我々は勝った。今こそアメリカはひとつにならなければならない」と勝利宣言を行った。これほどまでに分断された国が再びひとつにまとまるのか、米国人でなくとも疑問を持つところだが、米国人自身が選んだ結果なのだからこれはこれとして受け止めるしかない。

 今回のヒラリーの敗因はどこにあったのか。考えてみれば、民主党は共和党よりもさらに内部分裂が激しかった、ということに気づく。共和党はパパブッシュにジョージ・ブッシュの2人の元大統領が「ヒラリーに投票する」と宣言、上院議員の大御所であるジョン・マケイン、前回の大統領候補のミット・ロムニーなど大物が次々に反トランプを表明、一見ひどい分裂状態にあるかに見えた。

 しかし、彼らはほとんどが「過去の人」である。現上院議長のポール・ライアン、クリス・クリスティーNJ州知事など、現役大物はトランプ支持に回った。特にニュート・ギングリッチは有権者にeメールでトランプへの投票を要請、また各界の尊敬を集めるクリント・イーストウッドもトランプ支持だった。民主党政権が8年続いた後だけに、誰が候補であろうと共和党政権を取り戻したい、という意思は強かった。

 一方の民主党。ヒラリーで一枚岩とはとても言えない状況だった。夏には民主党本部のeメールのリークにより「党本部とヒラリー陣営が不当な選挙操作を行いバーニー・サンダースの当選を阻害していた」ことが表明。無名の存在から一気にヒラリー対抗馬に駆け上がったサンダースではあるが、そんな汚い手を使わなければ勝てなかったのか、とヒラリーへの失望が増した。当のサンダースは自分の支持者に「ヒラリーへの投票を」と訴えたが、最後までサンダース支持者を取り込めなかったヒラリーの人望のなさにも問題がある。

筆者はカリフォルニア州在住だが、予備選後に周囲に聞きこみをしたところ、高学歴のリベラル層はほとんどがサンダースに投票していた。「全候補者でまともなのはサンダースだけ」という声もあった。理想主義のサンダースが大統領として国会運営をスムーズに行えたかは疑問だが、もしサンダースが民主党候補だったら結果は違っていたかもしれない。

 ただし今回の選挙の不気味さは、同時に行われた上下両院議員選挙でも共和党が勝った、という点だ。これまでは米国人のバランス感覚として、大統領が共和党なら両院のどちらかは民主党優勢、というのが一般的だっただけに、共和党のあまりの勝ちっぷりには驚きを通り越して呆れを感じる。逆に言えば、それだけ民主党がメールスキャンダルで国民から愛想をつかされていた実態が浮き彫りになった、ということだろう。

 さらに、民主党は、いや米国人全体が、トランプの強さを過小評価していた点も否めない。当初からキワモノ扱いで人気は長くは続かない、と言われ続けていたが、テッド・クルーズやマルコ・ルビオに勝って予備選を制した段階で、「ただの怖いもの見たさではない。国民の不満がそれだけ溜まっている」という事実にもっと注意を払うべきだった。

カリフォルニア在住者には理解できない中西部の暮らし

 とは言え繰り返すが筆者はカリフォルニア在住。ニューヨークなどの北東部と共に、米国では最も人口が多く都会と言われる場所、民主党が常に勝つ場所で生活している。だから最終的には米国民は「どっちも嫌だけどさすがにトランプでは世界の中で孤立する」という合理的な判断を下すもの、と信じていた。周囲もそうだ。

 しかし、知り合いの米国人によると「物価の高いカリフォルニアでそこそこの暮らしができる自分たちはトップ1%ではないかもしれないが米国でトップ10%くらいには入る。そんな自分たちには中西部で貧しい暮らしをしている人たちの気持ちは絶対に理解できない」のだそうだ。確かに高校を卒業しても大学には行けない、就職口もなく軍に入隊するしかない、という人は少なくない。そうした場所に暮らす、特に白人の鬱積に、トランプ氏の主張はピタリとはまったのかもしれない。

 一体どんな政権になるのかは予測がつかないし、日本との今後の関係にも不安が残る。しかし「退屈な継続よりも危険な変化」を望んだのは他ならぬ米国人だ。2016年という年が後の歴史に残る変換点となるのか、それは今後の4年間にかかっている。

 とりあえずトランプ優勢のニュースが流れたタイミングでカナダの移民局のホームページがアクセス過多でダウンする、「トランプはいつ暗殺されるか」という賭けが始まる、などジョークでやり過ごそうという空気はあるが、この空気が重く変わらないことを願うしかないようだ。

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