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「誰の金だと思ってるんだ」が正論なのに言ってはならない理由

増田で以下のような投稿が盛り上がっていました。

娘が気持ち悪い

中学生の娘が親父の洗濯物と一緒に洗ってくれるな、という実によくある思春期のお話。ユニークなのは、書き手のお父さんが売り言葉に買い言葉で、お前の方が汚いんだからお前こそほかの洗濯物と分けて洗え、と娘に言ってのけたところ。そこでふたりは決裂してしまったそう。

幸い、追記の記事によると、お父さんも娘さんもお互い反省し、「気持ち悪い」といったことは悪かったと謝り、和解したということです。めでたしめでたし。

ところで、お父さんは娘にキレたときに「嫌ならこの洗濯機を使うな。誰の金で買ったと思ってるんだ。このドラム式買うのにどれだけ節約したかわかってるのか」と言ってのける場面があります。

「誰の金だと思ってるんだ」「誰の稼ぎで暮らしてると思うんだ」的なニュアンスの言い回しも、これまたよく聞く言葉です。よく聞く言葉ではあるものの、なんだか言ってはいけない気がする。ぼく自身は言われたことないですし、また人の親になったことはないですから言う機会はいまのところないのですが、きっと言うと後味が悪そう。その感覚はなぜなのでしょう。

ぼくが思うにそれは、「誰の金だと思ってるんだ」「誰の稼ぎで暮らしてると思ってんだ」という言葉が、得てして紛うことなき「正論」だからです。就労についていない子どもや、専業主夫/婦にとってまぎれもない事実なのです。当たり前です。

けれど、それが事実であるからこそ、逆説的に家族の間でそれを使うことは禁句なのでしょう。

「誰の金だと思ってるんだ」という言い回しを使うことは、それはすなわち家庭内をむき出しの経済の論理にさらすことになります。けれど、家庭って本来そんなものなのでしょうか。強い者がいて弱い者がいて、でも経済論理だけが幅を利かせるわけではないのが家族です。

たしかに、お父さん/お母さんは子どもから尊敬されるべきはずです。そういう意味での序列は家庭内にたしかにある。でもそれは、お父さんはお父さんだからこそ、お母さんはお母さんだからこそ尊敬されるのではないでしょうか。それは決して「お金を稼いでいるから」ではない。

そうでなければ、もしお父さん/お母さんが仕事を失ったとき、子どもは親を尊敬できないことになります。家庭は、経済とは全く関係ないとはいいがたいですが、それでも、ある程度距離をとっておくべきものなのです。

そう考えると、子どものころ親に無邪気に月収や貯金額を聞き、きっぱり断られたことを思い出します。多くの家庭でもそうした不文律があったかと思います。あれは月収額、貯金額の問題ではない。あれは家庭、少なくとも子どもたちからは、経済の論理をなるだけ遠ざけようとするために先人がこしらえた、知恵だったのではないでしょうか。

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