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特集:「もしトラ」リスク下の日本外交

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●TPP批准で日本が先陣を切る

日本国内では、オバマ大統領が任期中の最後の仕事として、何とかTPPを通してくれるのではないかという期待がある。が、本誌10月7日号でも説明した通り、レイムダック議会は実質的に3週間程度しかない。この間に、歳出法案の可決から最高裁判事の承認まで、やるべきことがいろいろ立て込んでいる。

さらに、普通の条約であれば上院の3分の2を取ればそれで成立するが、通商協定の締結には上下両院で過半数を獲得する必要がある。特に下院が難物で、昨年6月にTPA法案が通過した際には、賛成218、反対208とわずか5票差であったことを想起する必要がある。おそらく今回の選挙戦において、TPP賛成から反対に回った議員は相当数いるだろうから、レイムダック議会におけるTPP承認はかなり困難なのではないだろうか。

ひとつ考えられる展開として、11月19-20日にペルーのリマで行われるAPEC首脳会議においてTPP首脳会合を同時開催し、参加各国に「ねじを巻く」という作戦が考えられる。その場合、既に国内手続きを終えている安倍首相の発言は、自然と重いものになるだろう。欧米で反グローバル旋風が吹き荒れている中で、日本が率先して自由貿易の旗を振る、という世にも珍しい光景が見られることになる。2013年に日本がTPP交渉への参加を決めたときには、「面倒なメンバーが増えたものだ」的な反響も一部にあったことを思えば、ほとんど隔世の感がある。

他方、米国では既に次期大統領への引き継ぎ期間が始まっている。オバマ大統領がTPP首脳会合に出席したとして、どんなメッセージを打ち出すかは興味深いところである。

いずれにせよ、今国会で日本が他国に先駆けてTPPを承認することの意義は大きい。その理由を以下の3点にまとめることができる2

① 米国内の自由貿易派やアジア外交専門家など、「心ある人々」への支援材料になる。(「あの日本が先に承認した」という事実は、それなりに重いのではないか)。

② 日米以外の他の10か国のTPP参加国を勇気づけることになる。特にベトナムやマレーシアは、国内の反対を押し切って受け入れていることを忘れてはならない。

米新政権によるTPP再交渉を受け入れない、という態度表明になる。どうしても政治的に必要になる場合は、後ほど補足協定としてまとめるという手段が残されている。

「米国の選挙結果が出る前に、日本が批准を急ぐのはおかしい」という意見も聞くが、ここで米国の出方を待っていても、今さらいい知らせがもたらされる見込みは乏しい。ここは日本が先頭を切って承認し、他の10か国が後を追いかけて来るのを待ち、時間をかけて米国次期政権に圧力をかけるべきであろう。

仮に「米国のせいでTPPが崩壊した」ということになれば、話は通商交渉の範囲にとどまらず、安全保障面も含めてアジアにおける米国外交の信用は失墜する。中国は大喜びするだろうが、東南アジア諸国の失望は深いだろう。次期大統領がトランプ氏であればともかく、ヒラリー・クリントン氏であればその意味はよく理解できるはずである。

●日ロが急接近する理由

次なる日本外交の挑戦は、12月15日のプーチン大統領訪日ということになる3。この件に関しては、対ロ交渉がごく少人数で行われているために、「情報漏れ」が極端に少ない。その中でも、文芸春秋11月号にある世耕弘成経済産業大臣のインタビュー記事「私が見た安倍・プーチン大臣」が、数少ない当事者による証言となっている。

これによると、今年5月にソチで行われた非公式会談において、日ロ関係がレベルアップしたようである。ここで安倍首相が8項目の経済協力プランを提案し、これを多としたプーチン大統領は拍手してくれたとのことである。

少し想像力をたくましくしてみると、この時期は既に米大統領選挙が「トランプ対クリントン」に収斂しつつあった時期である。つまり日ロの両首脳も「もしトラ」を意識し始めたはずである。プーチン大統領と安倍首相は、どちらも2018年までの任期を保証されている。すなわち、2017年の対米関係を意識しなければならない立場である。

日本側にとっては、「もしトラ」は明らかなリスクである。何しろ、日米同盟破棄まで言い出しかねない政権が誕生する恐れがある。アジアから米国が退場していく可能性を考慮しつつ、どうやって中国の台頭に対抗していくか。ここでロシアカードを使えるようにしておくことは、地政学的に考えてごく自然な発想であろう。「政治的なレガシー狙い」とか、「領土問題のエサに目がくらむ」などといった問題ではない。

逆にロシア側には、「もしトラ」はチャンスに見えていたのではないか。プーチン大統領にとっては、超大国の指導者として明らかに不適格な人物が次期米国大統領になるかもしれないのであれば、これほどの朗報はまたとない。外交的孤立と経済制裁に苦しんでいたロシアとしては、米国外交の内向き化や対外的なパワー低下は大歓迎である。その余波として、今まで「米国べったり」と見られてきた日本が対ロ接近してくれるのなら、それも儲けものということになる。

ともあれ今年春の時点で、日ロ双方の首脳が相互接近のチャンスであると認識したらしい。9月にウラジオストックで行われた東方フォーラムでは、その間合いがさらに詰められた。その上で日ロ交渉の山場は、米国からの横槍が入りにくいタイミングを選ぶ必要があった。すなわち、米大統領選挙投票日(2016年11月8日)から次期大統領就任式(2017年1月20日)までの政権引き継ぎ期間である。プーチン大統領の久々の日本公式訪問が12月15日というのは、そのど真ん中の時期ということになる。

日ロ交渉における最大の難所は、言うまでもなく領土問題の処理である。これをどのように乗り越えるのか、筆者には特段の知恵も情報もないけれども、日ロ首脳がここまで呼吸が合っているのだから、何か落としどころがあると見てよいのであろう。

他方、安倍首相は9月に国連総会出席のためにニューヨークを訪れた際に、ヒラリー・クリントン氏と会談している。ロシアとの関係についても、一応の「仁義は切った」のであろう。もちろん、この辺のリアルポリティークが分からない相手ではない。

●心ならずも迫られる「自主独立路線」

ただし、次期米政権が日ロ接近を素直に祝福してくれるかと言うと、そこは疑わしい。

なんとなれば、プーチン大統領はこのチャンスに中東政策や核軍縮などで、文字通りのやりたい放題をやっている。「米国の鼻を明かしてやった」とアピールすることが、ご自身の国内基盤を強化することにつながるからだろう。さらにはサイバー攻撃で米国選挙を妨害し、「米国の民主主義はこの程度だ」と言わんばかりである。

かくしてプーチン大統領は、米国の次期政権にとってEnemy No.1”の座を固めつつある。次期大統領がロシアとの対立姿勢を取る場合、中国との連携を深めることが予想されるので、これは日本にとっては悩ましい事態となる。日本の対ロ接近は、「ユーラシア大陸のパワーバランスを変える」ための試みだが、その結果が「米中vs.日ロ」の対立になってしまうのでは願い下げである。

もちろん安倍首相とクリントン氏の関係は長いので、相互の意思疎通に問題は少ないだろう。そしてクリントン政権には、よく知られたアジア政策の専門家が多数起用される見込みである。「もしトラ」の場合に比べるとはるかに心安らかと言える。

問題は「弱いクリントン政権」が、トランプ支持者に代表される内向きな民意に足を引っ張られることである。次期政権は日米同盟重視路線ではあっても、防衛費負担の増額などを要求してくることが考えられる。あるいは北朝鮮の核やミサイルによる脅威に対し、十分に「核の傘」を提供してくれるのかどうか。

つまるところ来年以降の日本外交は、心ならずも「自主独立路線」を念頭に置きつつ、「同盟重視路線」を続けていくことになるのではないか。「TPPの早期国会承認」と「プーチン訪日」という2つのイベントは、後から考えるとその先駆けであったという評価になるのかもしれない。

1 TPP推進派である筆者&本誌に対する風当たりも、その頃は結構強かった記憶がある。
2 以下は産経新聞「正論」10月13日に寄稿した「日本のTPP批准が必要な理由」と同じ。
3 12月15日としか公式発表されていないが、わざわざ温泉に来て泊まらない人は居ないので、翌16日も日本に滞在するはずである。山口県長門市の大谷山荘は大変良いところだそうである。

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