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- 2016年11月05日 18:42
特集:「もしトラ」リスク下の日本外交
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米大統領選の投票日まで残り1週間を切りました。ところがゴール直前でデッドヒート状態に突入。このままクリントン氏が逃げ切るか、トランプ氏が逆転劇を演じるか、このまま行くと写真判定に持ち込まれて、ゴール後も揉め続けるかもしれません。
思えば今年は、「来年はトランプ大統領誕生?」という「もしトラ」リスクが、いろんな形で世界を揺さぶってきました。日本外交もご多分に漏れず、「日米同盟の揺らぎ」という問題が、近いところではTPPの国会承認、そして来月のプーチン訪日に陰を落としています。次期政権に向けての日本外交について考えてみました。
米大統領選挙は、「11月の第1月曜日の次の火曜日」と決められている。つまり早ければ11月2日、遅ければ11月8日ということになる。2016年はたまたまいつもより投票日が遅いのだ。この1週間が両候補の明暗を分けるとしたら…? 「トランプ大統領」誕生の可能性のことを、証券市場では「もしトラ」と呼ぶとのこと。11月のマーケットはこの「もしトラ」リスクに振り回されることになりそうだ。
ただし逆転の確率はそれほど高くはない。本誌前号の繰り返しとなるが、全米レベルの世論調査には今さら意味がない。肝心なのはElectoral College、つまり選挙人の数である。
以下に米大統領選挙を予測している定番のサイトから、最新の数字を拾ってみた。ほとんどの予測において、クリントン候補が過半数の270をクリアしている。
●Cook Political Report クリントン278、トスアップ46、トランプ214(11/2)
●RCP Electoral Map クリントン226、トスアップ132、トランプ180(11/2)
●Electoral-Vote.com クリントン317、トランプ221(11/3)
●Sabato's Crystal Ball クリントン293、トスアップ31、トランプ214(11/3)
●Five Thirty Eight クリントン294.6、トランプ242.2(11/3)
むしろ問題は、「どれくらいの差がつくか」であろう。以下、3通りに分けてその後の展開を予想してみる。
――2004年選挙では、ブッシュ大統領が286対252の僅差でケリー候補の挑戦を退けている。このような僅差に終わった場合、与野党ともにその後の処理は大変であろう。
――2012年選挙では、オバマ大統領が332対206でロムニー候補の挑戦を退けているが、接戦を予測していた共和党幹部が受けた衝撃は深かった。
――2008年選挙では、オバマ候補が365対173という大差でマッケイン候補を破った。「最初の100日」では約7870億ドルの大型景気刺激策が議会で成立し、GM救済などの「大技」も行われている。
本号ではそんな時代が到来することを前提に、今後の日本外交について考えてみたい。
差し当たって、直近の注目点はTPPの批准である。政府・与党はどうやら11月4日の衆院TPP特別委員会で採決し、来週11月8日の米大統領選投票日に衆院通過を果たす構えである。憲法60条と61条の規定により、参議院に送られた法案は30日以内に決議されない場合は、衆議院の決定が自然成立することになる。臨時国会の会期末は11月30日までだが、遅れた分はそれだけ会期を延長すればいい。つまり与野党が演じているのは、審議というよりも単なる日程闘争ということになる。そしてまた、この間に「TPP批准反対!」という世論が盛り上がっているわけでもなさそうだ。
しみじみ思うのだが、日本国内でのTPP反対論は2012年くらいがピークであった1。ただしその中には、「TPPが通ると国民皆保険制度が崩れる」といった誤解や誇張が多く含まれていた。そして2013年の交渉参加から15年の合意に至る経緯を見届けた後では、さすがに極端な反対意見は少なくなっている。
今の米国もそれと同じで、ほんの1年前まで「TPPって何?」と言っていたくらいなので、よくわからないままに反対している人が多いのであろう。大統領選挙の季節の到来とともに、共和党内ではトランプ候補のNAFTA批判が受けてしまい、「TPPはそれよりも悪い」ということにされてしまった。ただしトランプ氏自身は、当初はTPPに中国が入っていると勘違いしていたようである。
民主党内では、TPPが「多国籍企業アレルギー」と結びついている。興味深いのは、「ISDS条項によって、米国企業が海外で多額の賠償金を取られる」との反対が散見されることだ。「お前が言うな」と言いたくなるところだが、反グローバル派の意識というものはどこも似たり寄ったりなのであろう。そのうち米国内で、「日本がTPP批准を急ぐのは、日本企業が米国の資産を狙っているから」式の陰謀論が聞こえてくるかもしれない。
しかし、この手の無茶な議論は長続きしないものである。「メキシコとの国境に壁を作る」という議論も、トランプ氏が言うから拍手喝采を受けるわけであって、普通の政策課題にはなり得ないものである。「選挙の季節」には、ヒステリックな論調が受けやすくなってしまう。しかしそれらが本当に来年以降も続くのだろうか。TPPに関する評価も、時間の経過とともにより妥当な線に落ち着くものと考えたいところである。
今年は6月にBrexitがあったこともあり、「もはや欧米では自由貿易は風前の灯」といった見方をされることが少なくない。しかし、だからと言って保護主義に安易に道を譲るわけにもいかない。日本としては変に「もしトラ」リスクに怯えることなく、自由貿易の重要性を辛抱強く説くべきではないだろうか。
思えば今年は、「来年はトランプ大統領誕生?」という「もしトラ」リスクが、いろんな形で世界を揺さぶってきました。日本外交もご多分に漏れず、「日米同盟の揺らぎ」という問題が、近いところではTPPの国会承認、そして来月のプーチン訪日に陰を落としています。次期政権に向けての日本外交について考えてみました。
●「どちらが勝つか」&「どの程度勝つか」
日本でもこの数年で「ハロウィン」という風習が浸透して、10月末の夜になると渋谷の雑踏がコスプレ姿で一杯になることが風物詩となりつつある。この時期に飛び込んできたのが、「FBIがクリントン候補の私用メール問題を再捜査する」というニュースであった。ジェームズ・コミー長官としては、組織防衛やら自己保身やらの思惑が錯綜した上での苦渋の決断だったようだが、ともあれ米大統領選の雲行きがこれで一変した。「オクトーバー・サプライズ」ならぬ「ノベンバー・サプライズ」である。米大統領選挙は、「11月の第1月曜日の次の火曜日」と決められている。つまり早ければ11月2日、遅ければ11月8日ということになる。2016年はたまたまいつもより投票日が遅いのだ。この1週間が両候補の明暗を分けるとしたら…? 「トランプ大統領」誕生の可能性のことを、証券市場では「もしトラ」と呼ぶとのこと。11月のマーケットはこの「もしトラ」リスクに振り回されることになりそうだ。
ただし逆転の確率はそれほど高くはない。本誌前号の繰り返しとなるが、全米レベルの世論調査には今さら意味がない。肝心なのはElectoral College、つまり選挙人の数である。
以下に米大統領選挙を予測している定番のサイトから、最新の数字を拾ってみた。ほとんどの予測において、クリントン候補が過半数の270をクリアしている。
●Cook Political Report クリントン278、トスアップ46、トランプ214(11/2)
●RCP Electoral Map クリントン226、トスアップ132、トランプ180(11/2)
●Electoral-Vote.com クリントン317、トランプ221(11/3)
●Sabato's Crystal Ball クリントン293、トスアップ31、トランプ214(11/3)
●Five Thirty Eight クリントン294.6、トランプ242.2(11/3)
むしろ問題は、「どれくらいの差がつくか」であろう。以下、3通りに分けてその後の展開を予想してみる。
1. 接戦シナリオ:獲得選挙人数が270~300の場合
「弱いクリントン政権と弱い共和党」:トランプ氏は敗北を認めず、各州で再選挙を求める訴訟を乱発。トランプ支持者たちの怒りは、最終盤で議会選挙に専念しようとした共和党首脳に対しても向けられ、共和党内の分裂が深刻な状態に。クリントン政権は難産の上に発足するが、支持率は50%程度で低迷する。――2004年選挙では、ブッシュ大統領が286対252の僅差でケリー候補の挑戦を退けている。このような僅差に終わった場合、与野党ともにその後の処理は大変であろう。
2. 中間シナリオ:獲得選挙人数が301~350の場合
「弱いクリントン政権とトランプ残党の戦い」:トランプ氏はしぶしぶ敗北を認めるが、新しい右派メディア「トランプTV」を創設して政権批判を継続する。共和党首脳はトランプ支持者の扱いに苦慮することになる。クリントン政権は支持率60%程度の船出。――2012年選挙では、オバマ大統領が332対206でロムニー候補の挑戦を退けているが、接戦を予測していた共和党幹部が受けた衝撃は深かった。
3. 地滑りシナリオ:獲得選挙人数が351以上の場合
「強いクリントン政権と弱い共和党議会」:大負けしたトランプ氏は政界から引退し、トランプ支持者たちの勢力も雲散霧消する。クリントン政権は支持率70%程度で高い求心力を発揮。この場合、「最初の100日」である程度の成果が期待できよう。――2008年選挙では、オバマ候補が365対173という大差でマッケイン候補を破った。「最初の100日」では約7870億ドルの大型景気刺激策が議会で成立し、GM救済などの「大技」も行われている。
●反TPP論が米国で受ける理由
11月8日に出る投票結果は、どうやら(3)地滑りシナリオにはなりそうになく、(1)接戦シナリオ、もしくは(2)中間シナリオに落ち着きそうである。つまり「弱いクリントン政権と波乱含みの共和党」の組み合わせが誕生し、その当然の帰結として「米国版の決められない政治」がなおも続くという確率がもっとも高そうだ。本号ではそんな時代が到来することを前提に、今後の日本外交について考えてみたい。
差し当たって、直近の注目点はTPPの批准である。政府・与党はどうやら11月4日の衆院TPP特別委員会で採決し、来週11月8日の米大統領選投票日に衆院通過を果たす構えである。憲法60条と61条の規定により、参議院に送られた法案は30日以内に決議されない場合は、衆議院の決定が自然成立することになる。臨時国会の会期末は11月30日までだが、遅れた分はそれだけ会期を延長すればいい。つまり与野党が演じているのは、審議というよりも単なる日程闘争ということになる。そしてまた、この間に「TPP批准反対!」という世論が盛り上がっているわけでもなさそうだ。
しみじみ思うのだが、日本国内でのTPP反対論は2012年くらいがピークであった1。ただしその中には、「TPPが通ると国民皆保険制度が崩れる」といった誤解や誇張が多く含まれていた。そして2013年の交渉参加から15年の合意に至る経緯を見届けた後では、さすがに極端な反対意見は少なくなっている。
今の米国もそれと同じで、ほんの1年前まで「TPPって何?」と言っていたくらいなので、よくわからないままに反対している人が多いのであろう。大統領選挙の季節の到来とともに、共和党内ではトランプ候補のNAFTA批判が受けてしまい、「TPPはそれよりも悪い」ということにされてしまった。ただしトランプ氏自身は、当初はTPPに中国が入っていると勘違いしていたようである。
民主党内では、TPPが「多国籍企業アレルギー」と結びついている。興味深いのは、「ISDS条項によって、米国企業が海外で多額の賠償金を取られる」との反対が散見されることだ。「お前が言うな」と言いたくなるところだが、反グローバル派の意識というものはどこも似たり寄ったりなのであろう。そのうち米国内で、「日本がTPP批准を急ぐのは、日本企業が米国の資産を狙っているから」式の陰謀論が聞こえてくるかもしれない。
しかし、この手の無茶な議論は長続きしないものである。「メキシコとの国境に壁を作る」という議論も、トランプ氏が言うから拍手喝采を受けるわけであって、普通の政策課題にはなり得ないものである。「選挙の季節」には、ヒステリックな論調が受けやすくなってしまう。しかしそれらが本当に来年以降も続くのだろうか。TPPに関する評価も、時間の経過とともにより妥当な線に落ち着くものと考えたいところである。
今年は6月にBrexitがあったこともあり、「もはや欧米では自由貿易は風前の灯」といった見方をされることが少なくない。しかし、だからと言って保護主義に安易に道を譲るわけにもいかない。日本としては変に「もしトラ」リスクに怯えることなく、自由貿易の重要性を辛抱強く説くべきではないだろうか。
- 吉崎達彦(かんべえ)
- 双日総合研究所取締役副所長・同主任エコノミスト。



