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ワーキングメモリの概要

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発達障害とワーキングメモリの関わり



発達障害のメカニズムを考える上で、ワーキングメモリという概念は重要な役割を有しているといえる。学習障害、ADHD,自閉症に関してそれぞれ多数の研究が進められ、ワーキングメモリはいずれの障害においても関与することが認められているものの、各障害において主要原因とみなしうるかどうかについては議論が錯綜している。しかし少なくともそれぞれの障害メカニズムに密接に関連していることは異論なく、重要な要因であるといえる。以下、それぞれの障害とワーキングメモリとの関係を紹介する。

ADHDとワーキングメモリ

ADHDは個人的な差異はあるにせよ、ワーキングメモリに障害がある場合が多い。保持容量によるものや、容量自体は大丈夫でもその保持情報の操作性に問題がある場合もある。例えば何かを選択するという行為は、選択対象以外のその他対象の感覚・刺激情報を抑制してボトムアップ的に浮かび上がらせる必要がある。私達は入力された様々な外界の情報を抑制⇔選択しながら整理して行動プランを形成していると考える。入力される同時並列情報を、経時的な直列情報へ変換すると考えても良い。ADHDと診断される個人の場合、そのようなワーキングメモリ内での情報操作を含む抑制機構に問題があると考えられている。そのため内外の刺激に左右され多動・注意散漫傾向が引き起こされていると考えられる。また衝動性などのパターンも内的な報酬系などの抑制制御との関連で理解可能である。生物学的にはドーパミン系の作用の欠落が問題視されている。

自閉症とワーキングメモリ

自閉症児の認知様式の特徴として、細部への関心や慣習的繰り返し動作などがあげられる場合が多い。グローバルな処理よりローカルな処理に特化している印象を受ける。この特徴は単純な注意・言語・記憶課題に関しては統制群と同じ、または高い成績をしめす児童でも、より複雑な文脈情報を交えた言語的課題においては苦手とすることに関係があると考えられる。ブレインイメージングを用いた研究では、頭頂後部・側頭部(後頭部)が活性が高いのに対して、前頭領域の活性が比較的低いという報告を受ける。これは後方部から前頭部へ、感覚的特長を組み合わせながら、低次過程から高次過程へと情報を統合して行く階層の中で、自閉症児が低次な過程に依存した情報処理を示す傾向があると考えられる。言いかえれば自閉症児は刺激を生に近い状態で処理するのではないかという印象を私は受ける。文字刺激を音韻コードへ変換せず視覚的コードのまま変換するような処理様式である。これは自閉症児がブロックデザインや隠し絵課題など、視覚特徴に重点を置かれた課題に関しては、高い成績を示しながら、情報の階層的な変換や統合を必要とする課題成績は下がることと対応している。

 上記は自閉症児が示す情報処理の一面であり、すべてではない。また一番重要視されている、コミュニケーション機能は近年『心の理論』という概念の中で研究されている。自己と他者の信念をどう結びつけて表象・理解を行うかという研究は、ワーキングメモリの観点からも行われており、目覚ましい発見も多い。ただ、まだ未確定な領域なので、ここでは報告がまとまるまで記載しないことにする。
 

ワーキングメモリトレーニング



近年、ワーキングメモリは訓練により改善することが示唆されている。

継続的なトレーニングによりワーキングメモリを担う前頭皮質を中心に脳活動量が増加することが明らかになった。上記でも記載したが、前頭前皮質は多くの研究によりワーキングメモリの志向性に深く関与していると考えられている。この論文は当時、神経科学会で大きな反響があった。脳の可塑性が、成人においても大きく変更されることが証明されたからである。それまで、ワーキングメモリの容量は個々人で一定値であり、成人になれば加齢による低下こそあれ向上することはないと考えられていた。その定説が人為的なトレーニングにより改善することが分かり、大きなインパクトを与えたのである。認知機能(知能)の中枢を担う機能の改善例は世界的に注目された。さらに興味深かった点は、このグループはワーキングメモリ容量の向上データだけではなく、トレーニング前後における大脳皮質における1型ドーパミン受容体の密度の変化を明らかにした。しかし基底核の2型ドーパミン受容体には変化は無く、皮質に散在する1型受容体にだけ、トレーニング後の密度変化があった。このデータは、90年代に前北海道大学教授の澤口やゴールドマン・ラッキーチがサルによる研究で明らかにした、ドーパミン・受容体の密度とワーキングメモリ成績のデータとも整合性がある。トレーニングによる神経機構の器質レベルからの改善をマイクロPETにより確認したといえる。さらに後の論文では、25日間のワーキングメモリトレーニングによりワーキングメモリが改善すると共に、レーブン色彩マトリクス検査成績における流動性知性が、8%改善することが報告された。これはワーキングメモリ機能が知能に影響しているとする以前の研究結果を裏付けるものである。一方、臨床及び教育実践における応用としては、ワーキングメモリトレーニングは主にADHDを含む注意障害の改善に利用されている。ノーザンブリア大学のホームズ, ヨーク大学のギャザコールらは、カロリンスカ大学のグループと同じトレーニングソフトとトレーニングメソッドを用いながら、独立 研究を進め、Developmental Scienceに論文発表した(Holmes et al., 2009)[。 学校において、345人の8-11歳の生徒のうちワーキングメモリ能力下位15%の42名について、難度適応型のプログラムと、そうでないプログラムを学 校ごとに2種類があることを告げずに適用した。ワーキングメモリ(空間、言語)に有意で持続的(6ヵ月後)な増加を得、数学能力が6ヵ月後に有意に伸びた ことを報告し、ワーキングメモリの共通的な障害と、関係した学習困難はこのトレーニングで克服できるかもしれないことを示している、としている。

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