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ワーキングメモリの概要

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③エピソード・バッファー

会話・文章の理解、または周囲に現れる非言語的な情報の処理には、上記2つの機構に加えて蓄積された長期記憶の活用が必要である。問題解決や理解は、さまざま学習・経験記憶を知識や経験としてフィードバック参照しながら行う必要がある。簡単な例を上げると。考えるときは昔の記憶や感覚と照らし合わせる作業を私達は自然に行っているだろう。今、行っている作業に関連して長期記憶から取り出した情報や、それに関連した他の内的な情報を一次的に保持する仕組みがエピソード・バッファーと定義できる。エピソードバッファは、音韻ループや視空間スケッチパッド、それに長期記憶から、当該事象に関連する視覚・聴覚など異種の情報を集めて、ひとつの多次元表象を創り出す“場所”である、まだ発展途上のサブシステムのモデルであり、今後の研究が必要とされている。エピソードバッファにも容量制限があり、それは中央実行部の働きに依存している。ここでの情報のリハーサルは意識的な覚知に基づいて行われ、新しい表象を創出して操作する。そしてそのことが、新たな心理的空間を創り出すことを可能にする。この際、脳活動としては、前頭領右側が活発になることが知られている(Prabhankaran, Narayanan,Zhao et al.2000)。このようにエピソードバッファは、心理的活動に重要な役割を果たすことが想定されているサブシステムである。ここである課題に必要な情報群が一時的に保持され、その間に統合されてさらに必要な諸操作が行われていくのである。

④中央実行系

 上記3つのどれもが、情報の一次的な保持を担っているが、ワーキングメモリの容量が無限ではないことがバテリーを始め多くの研究者によって明らかにされている。なので上記①②③の実行に必要な量を調節し、必要量を確保する仕組みが重要である。例えば、例をあげると、都会の交通量の多い中で自動車を運転する場合は車内ラジオの野球中継に注意を向けながら運転することは少し難しいだろう。しかし、田舎の交通量が少ない車道を運転する場合は可能かもしれない。さらに助手席の友人とも楽に会話できるかもしれない。混雑している都会での運転は、ワーキングメモリに割り当てられた容量のほとんどを、視空間スケッチパッドに費やして自動車を運転しなければならないため音韻ループに割り当てられた記憶容量が少なく、充分な処理が行えないと理解することが可能である。また刺激の多い外界情報を処理するには入力情報を抑制する選択的注意のプロセスが必要となるだろう。 中央実行系の機能は、上記のように各プロセスに必要な容量を調節して、割り当て、入力刺激対象に選択的な注意を向ける調節機能と理解できるのではないだろうか。多数の内的な記憶、外部の知覚情報を抑制しながら選択制御する処理機構と考えられるだろう。したがって、中央実行部は、ワーキングメモリシステムのモデルにおいて最も重要な部分であると言える。

上記運転の例を整理すると、日常的な出来事に対しては習慣的対応が可能だが、新規事態では入力される刺激情報と長期記憶情報が活発に結合されることになる。このようなとき、注意機能には処理容量の限界があり、そのコントロールが重要になる。したがって、中央実行部の最も重要な役割は、注意のコントロールであるといえる。限界のある容量を有効に利用するためには、注意の切り替えを柔軟かつ効率的に行うことが要請される。また入力情報と関連する長期記憶を結びつける役割も重要となる。中央実行部には、情報貯蔵成分と一般的な認知処理過程群が存在する。そして、貯蔵部内には、まさにこれから処理を受ける、あるいは受けつつある情報が存在している。複雑な課題下では、中央実行部は、注意コントロール資源として機能し、注意を焦点化して施行されている課題間での注意の分割や注意の切り替えを行う。このような状況では、音韻ループは実行プログラムの一時的な貯蔵成分のひとつとして機能し、視空間スケッチパッドは視覚的、空間的注意を誘導する役割を果たすことになる

バデリーは上記①〜④のプロセスから成る仕組みとしてワーキングメモリを考えた。しかしこれは機能概念のモデルであって、バデリー本人も説明するように特定の脳の場所に対応しているわけではない。ただ中央実行系の機能の多くは、前頭連合野の処理機能と類似する点が多く、中央実行系の機能を前頭連合野の機能として研究しようという流れは存在している。

Cowanのモデル(注意の焦点化モデル)



このモデルではHebbの細胞集合体やJamesの2次記憶のアイディアに基づいて、注意フォーカスという概念を想定したモデルである。この理論はワーキングメモリを独立したシステムではなく、長期記憶の内容の一部であるとみなしている。彼はワーキングメモリの貯蔵容量が注意の焦点の概念によって説明できることを示した。つまりワーキングメモリは長期記憶が一部活性化したものであり、その中でも特に活動閾値が高いものが注意の焦点で保持されるという理論と考えていいだろう。ます3つの段階があるとされており。1つ目は、現在の心的活動にまったく関係のないためほとんど活性化されていない長期記憶の領域、次に長期記憶の中で現在の心的活動に何らかの関係があるある程度活性化した領域、その次はその中でも処理中、現在保存中の内容に関与する注意の焦点に含まれる領域である、これは最も高い活動性を持つとされている領域である。

(ワーキングメモリの容量)



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基本的にワーキングメモリーは容量制限があると考えれている。最も古くから示されている定量データに、Miller (1956)が行った。マジカル・ナンバーセブンと呼ばれる実験がありる。彼は数字の復唱実験から人間の即時的に記憶保持できる容量は平均 7±2チャンク程度であると提案した。実験内容は数字をランダムに言っても7つ前後くらいなら多くの人が覚えて直ぐに再生できるというものである。ここで用いられるチャンクという言葉は、認知心理学における記憶単位として用いられる塊の構成概念で、ワーキングメモリ容量を語る上でこのチャンク化という概念を知る必要がある。簡単に言えば語彙などの記憶保持の処理単位と考えることが出来る。例えば「りんご」なら単音で考えれば3音節だが、実際は「りんご」という言葉として記憶ユニットを作り1つの塊、『チャンク』として運用されていると考えることが可能である。「りんごを食べる犬」なら、音節情報なら9個であるが、単語という塊で考えればチャンク数は短縮されていると考えられる。つまり多くの情報量を意味や定型的なパターンとして処理することで多くの情報量を覚えることが可能なのである。長期記憶としてチャンクの結合情報は階層状に貯蔵されており、ワーキングメモリ内でチャンクとなる記号はその記憶検索の手がかりとして運用されていると理解することが可能である。実際、「りんご」という1つの言葉、音韻記号にまとめられたチャンクは果実の意味概念記憶(視覚的特長、肌触り、)などの多くの情報を記憶から引き出している。このような観点からワーキングメモリ容量を考えると、ただ単純に数字を再生する課題ならワーキングメモリ容量は7±2チャンク(7桁前後)であると言われているが、実際は長い文章や歌唱など数字再生と比較にならないスパン(長さの)の再生が可能である。

上記、記憶容量はMillerによると数字、単語、文章関係なくチャンク数は上記7±2の容量であると記載されているが、実際は語彙の長さや、文の長さ、またはそれらを発話して表したときの発話速度なども大きく影響することが分かってきた。そのチャンクが既に知っているものかどうかも大きく関係するようである。個人差も大きく一般化して容量を決定することは難しいようだ。

(純粋な容量の測定)



Cowan (2000) はワーキングメモリの純粋な記憶容量を、リハーサル(繰り返し)や高次チャンク形成(チャンク同士を結びつけて別のチャンクを作ること)を除いた記憶容量を指すと定義している。逆に言えば注意の容量を超える保持にはなんらかの方略に頼る必要があると考えた。そして上記Millerが提唱した7±2チャンク仮説はこれら方略を規制していないため、過大評価が起きていると考えた。構音抑制下で記名させるなど上記方略を規制した課題で測定したところ、実際には4±2前後という結果が出ており、この結果でCowan (2000) は結論づけている。

ワーキングメモリの神経学的な基盤



ワーキングメモリの機能には脳の様々な領域の活動状態を反映されると考えられている。ワーキングメモリ表象において、言語情報は左半球、非言語的情報は右半球の活性化というイメージング課題での半球間の差異に関する統計データがある。また左半球の下部頭頂葉は音韻ループ、右半球下部頭頂葉は視空間スケッチパッドへ対応しているという提案もされている。神経学的な研究に基づいて左半球ブロードマン40野、44野が音韻ループ、右半球のブロードマン、6、19、40、47野が視覚空間スケッチパッドへ対応しているとされている。

またワーキングメモリの最も特徴的な機能である『志向的』思考という焦点から機構を見れば、最も重要視されているのは前頭前野ではないだろうか。ワーキングメモリの脳内表象において、志向的な操作は側頭葉、頭頂葉、後頭葉、また基底核、辺縁系・扁頭体などからの情報が前頭葉に入力される、それら特定の部位と前頭葉が相互連絡しながら、リカーシブに処理すると考えられている。つまりバッテリーのモデルで示したような、音韻情報、視空間情報、または記憶、情動などの、脳内の様々な場所から集約された同時並列情報を、前頭前野でモニタリングしながら処理・操作がされていると考えられる。

その情報処理を大脳皮質内での情報の流れで考えると、各種情報はそれぞれ一次感覚野に入力された後、体制感覚情報は頭頂連合野、視覚情報は腹側・背側経路を通りそれぞれ側頭連合野、頭頂連合野、聴覚情報は主に側頭連合野などへ送られる。そしてそれら各連合野からの主要情報は前頭連合野が受けていると考えられている。つまり、さまざまな感覚情報はベーシックな単一モダリティー連合野で処理された後、側頭、頭頂連合野などの複合モダリティー連合野で処理され、さらにそれら情報が集積される場所が前頭連合野であると考えられる。また注意や動機づけといった内的な情動は扁頭体や帯状皮質などと相互連絡を持つ、前頭前野眼窩部などでの調節が関係していると考えられている。すなわち内外の情報が前頭前野そ相互作用する形で集積されていることが分かる。

志向的操作における神経基盤



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(前頭前野背外側領域)

この領域は多くのワーキングメモリ課題で活性化している。容量制約の中で、様々なボトムアップしてくる情報を抑制制御して、注意の調整を行っていると考えられる。前部帯状回と協調しながら制御・注意機構を働かせていると考えられている。また、その下部領域には運動性言語野として有名なBroca野やミラーニューロンで有名となった前頭前野腹外側領域がある。言語処理課題、自己モニターなどの題下では背外側領域とそれぞれ協調して、注意・制御処理を行っていることが観察されている。

(前頭前野腹外側領域)

発話やワーキングメモリの音韻リハーサル形成を縁上回と協調して行っている。また個人経験と関わるエピソード記憶の情報の符号化や検索と関わることが分かってきた。またこの領域に見られるミラーニューロンは、ワーキングメモリ内での他者の動作表象を通して、他者と自己の認識の為の高次思考を担うと考えられている。

(前頭前野腹内側皮質)

内側皮質は、基底核のうち線状体(尾状核・殻核)や側座核などと連携してワーキングメモリのモチベーションの一面を支えていると言われている。この部位は辺縁系の情動システムや、腹側被蓋野・黒質のドーパミン細胞とリンクした報酬系との複雑な関わりも注目されるようになってきた。

(前頭前野眼窩部)

眼窩部は扁頭体などの情動系と相互作用を持ち、報酬や罰と関わって目的志向的行為をプランし、報酬獲得に際し適切な行為を選択する働きを持つと言われている。この部位は、報酬行為に結びつくという意味で、他の前頭前野と違うように思われる。

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