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ドキュメンタリー映画「THE TRUE COST」—アベノミクスへの問題提起

 映画といえばドラマやSF、漫画の実写化、漫画自体の映画化といったものを、最近であれば思いつくのではないか。そうした中で、数にすれば多くはないが、ドラマよりも現実的で、SFよりも想像を超える映画がある。ドキュメンタリー映画である。そこに主に登場するのは有名女優でも俳優でもない、市井の人々。今回は、普段何気なく身につけている服、特にファストファッションと呼ばれる低価格の服の生産の現場の実態に焦点を当て、ファッション業界の裏側で繰り広げられる真実を抉り出した映画「THE TRUE COST」について、我が国の政治・政策をめぐる昨今の動きと結びつけて、所感を述べてみたい。

 今週でもう11月、臨時国会も折り返し地点を通過、法案審議も山場を迎えつつある。今最も注目を集めているのはTPPと関連法案の審議。安倍総理は口で言うほど重要視をしていないようであるが、その審議を巡って与野党の攻防が続いている。一方で、クローズアップされつつあるのが、労働法制の改正。具体的には労働基準法を改正し、多様で柔軟な働き方の実現と銘打って、企画業務型裁量労働制の見直しや特定高度専門業務・成果型労働制の創設等を行うというもの。かつてはホワイトカラーエクゼンプション法案とも言われていたが、最近では「残業代ゼロ法案」と呼ばれるようになっている。これは、高度特定専門誌業務・成果型労働制、高度プロフェッショナル制と言われることが多いが、そうした制度を新たに導入し、一定の条件の下でホワイトカラーの残業代をゼロにできるようにするとともに、残業代の支払いを一定限度にできる裁量労働の職種を拡大するといったことが改正の内容であることによる。

 さて、こうした残業代ゼロや削減、政府はどうしてこうまで重要視するようになってきたのか?政府は働き方改革の一環と説明しているが、そうではあるまい。そうではなく、「生産性の向上」ということと深い関係があるようだ。

 生産性という言葉、政府が発表する公式文書を中心に、ここ数年特に多く目にするようになった。8月2日に閣議決定された「未来への投資を実現する経済対策」においても、生産性という言葉が随所に踊っている。生産性、その意味するところは、簡単に言えば資本や労働といった生産要素の投入に対して、どの程度付加価値を創出できるのかということであり、その向上とは、投入した生産要素に対してできる限り多くの付加価値を創出できるようにすることである。最近ではそれには人工知能(AI)やIoTといった、新技術を導入して生産性を向上させようという話になってきている。これを、イノベーションにより生産性を向上させると説明されることもあるが、要するに、生産工程を「合理化」、「効率化」して1単位当たりのコストを抑えて生産しようという話。イノベーションだの何だのと御託宣が並べられているが、できるだけ多くの付加価値とはできるだけ多くの製品ということであり、つまるところ、生産性向上の議論は大量生産大量消費の延長線上にあるものに過ぎない。(こうしたことを近代化と表現されることがあるが、これに関し西部邁氏は、保守系の雑誌『表現者』で、「近代(modern)とは型(model)の流行(mode)である。」と繰り返し述べられている。まさに的を射た解説である。)

 さて、生産性の向上に名を借りた低コスト化、別の言い方をすれば、コスト削減、新技術の導入に象徴されるように、人手を「機械」に換えることによって実現されるということになるが、これは人件費が生産コスト全体に占める割外が大きいということを意味している。時間がかかる手間がかかるといった表現があるが、これはそれだけ人が関わるということである。そうした関わる人を機械に置き換えてしまえば時間も短縮されるし、関わる人数も減らすことができるし、もっと言えば一人当たりの人件費を下げることもできる。これまではこれが望ましいこととされ、余った人員は別の部門に配置転換すればいいとされてきた。

 しかしこうしたことが、グローバル化の進展に伴って過剰に求められるようになってきた。グローバルコスト削減競争の激化である。しかも、コスト削減の対象に法令順守コストも含まれるようになった。その主なものは環境規制と労働規制である。つまり、人件費が低く、環境関係や労働者保護の規制が弱いか存在しない国や地域で生産すればコストを低く抑えられるので、企業からすれば生産性が向上するだけでなく収益性も向上するというわけである。乱暴な言い方をすれば、人を安くコキ使って、病気になろうが怪我をしようが知らんぷり。大気汚染し放題、水質汚濁し放題、ゴミは捨て放題で土壌汚染もし放題。グローバル化した企業はそれができる国や地域を探し、どんどん生産拠点を移していく。場合によってはその国の政府と結びついて、自分たちのために規制を撤廃ないし緩和させる。

 ドキュメンタリー映画「THE TRUE COST」は、まさにその現実を、生産性の過剰な追及、コスト削減の過剰な追及の末路を見事なまでに描き出している。

 ただ、これは日本にとって他人事ではない。グローバルグローバルと、まるでそれが所与のもので、「この道しかない」かのように語られているが、グローバル化がさらに進展し、グローバルコスト削減競争に日本が本格的に巻き込まれるようになれば、人件費、つまり賃金の引下げ圧力は一層強まり、労働者保護規制のみならず、国民の健康や命を守るための規制まで緩和の議論の俎上に乗せられることになるだろう。今国会で審議され、成立が見込まれている労働基準法の改正はその氷山の一角に過ぎない。一方で、非正規雇用の拡大というカタチで人件費の削減と労働者保護規制順守コストの削減はジワジワと進められてきている。

 そして、今国会で審議が進められているTPPは、まさに日本をグローバルコスト削減競争に放り込むものである。ここで、グローバル化とは、すなわち世界の平準化、単一化であり、国や地域社会、文化、習俗や伝統といったものの違いをローラーで真っ平らにしてしまうことである。別の言い方をすれば、国家の破壊、地域社会の破壊、文化の破壊、習俗や伝統の破壊である。TPPでは規制の内外調和という名目でこれを進めようとしているのである。

 このように見てくれば、安倍政権の成長戦略とは、「THE TRUE COST」で描き出された世界を実現させるためのものだと言っても過言ではあるまい。

 「THE TRUE COST」、今の日本、これからの日本を考える上でも、必見の映画である。

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