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- 2016年10月31日 13:06
TPPにみる米大統領選の“無責任”
元下院議員はクリントン氏大勝の予測
覇権国としての威信 どう取り戻す?
安倍首相が開会中の臨時国会での承認を目指すTPP(環太平洋経済連携協定)の帰趨が、米大統領選も絡み不透明になっている。共和党のドナルド・トランプ候補は「大統領就任当日に離脱を表明する」と一貫してTPP反対を打ち出し、当初、一定の修正を加えた上で推進すると見られたヒラリー・クリントン候補もその後、反対の姿勢を明確にしているからだ。
大統領選は投票日(11月8日)直前になってクリントン候補が国務長官在任中に公務で私用アドレスを使ったメール問題で連邦捜査局(FBI)が捜査を再開する新たな動きも出ているが、各種世論調査結果から見て同候補の優位は動かないのではないか。しかしクリントン候補が当選してもTPPに関しては容易に動けまい。
10月25日、東京都内で開催された笹川平和財団主催のパネル講演会「2016米国大統領選挙と民主主義」で2007年から3期6年間、ペンシルバニア州選出の民主党下院議員を務めたジェイソン・アルトマイア氏は大統領選でクリントン候補が大勝するとした上で、TPPに関しては「『大統領になっても反対する』と言い切った以上、また『考えを変えた』という訳にはいかない」と述べ、TPPが当面発効しない、との見通しを語った。
当のクリントン氏はオバマ政権の第一期、国務長官としてTPPを後押しした。TPP反対票の取り込みを多分に意識した方針変更と思うが、選挙が終わって再び元の考えに戻るのは「有権者に対する背信」となり、直ちに動くのは不可能な話だ。
一部にオバマ大統領の任期切れとなる来年1月までに、米議会が批准する可能性に期待する向きもあるようだが、民主、共和両党の大統領候補がともに反対したTPPの批准に米議会が迅速に動くことが果たして可能かー。仮にそうした可能性がなくなれば、参加各国にとって米国の対応は「無責任」ということになり、TPPを主導してきた米国の威信に傷がつく。
TPPは計12カ国による包括的な経済連携協定。シンガポール、チリなど4カ国が始めた自由貿易協定に目を向けた米国が新たな太平洋市場構築に向け7年間にわたり各国を主導し、各国の承認手続きが2年以内に終わった段階で発行する段階まで来ている。安倍首相が開会中の臨時国会での批准を目指すのは、日本政府だけでなく国会もTPPに前向きであるとの強いメッセージを米国に送る狙いがあるようだ。
TPPに対する大統領選でのクリントン発言を振り返ると、当初は米国民の雇用創出、賃金上昇、国家安全保障の強化につながる協定である必要があると指摘した上で、「現時点で把握している内容は好ましくない」と述べていた。労働者層や貧困層を意識した選挙対策であり当選した場合は内容を多少、見直した上で前に進める考え、と理解する向きが多かった。
しかしその後、民主党の大統領候補を最後まで争ったサンダース上院議員のTPP反対意見、さらに大統領選では強硬にTPPからの離脱を主張するトランプ候補の前に「選挙の前後を問わずTPPには反対する」、「大統領になってもTPPには反対する」と言い切り、自ら退路を断った。
日本財団と英国王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)が共催した第4回日英グローバルセミナー(10月12日、東京)のセッションでもTPPが取り上げられ、出席者から「TPPはアジアの主要なパートナーの関係を強化する上でも必要。そうでなければ台頭する中国の前に米国のヘゲモニーは低下することになる」といった指摘とともに、「政治家は選挙の前と後では言うことが違う」とクリントン候補が大統領に当選した場合は態度を変える、といった楽観論の一方で、仮に「大統領になってTPPをサポートしないのであれば米議会でTPPが通る可能性は50%を切り、発効も数年先になる」といった見方も出ていた。
米国は一時に比べ陰りが出てきたとはいえ依然として世界の覇権国であり、その大統領となれば世界のリーダーである。クリントン候補がトランプ候補を破り45代米国大統領に就任すれば、各国は同じ民主党の大統領としてオバマ路線の骨格を基本的に継承すると見る。そうした継続性があってこそ各国は米国を信用し、その信用の上に米国の威信は成り立っている。
TPPは中国が主導する国際開発金融機関・アジアインフラ投資銀行(AIIB)との関係を含めアジア太平洋地域でどのような経済秩序を目指すのか、米国にとっても極めて大きなテーマである。大統領を決めるのは有権者であり、その動向を無視して当選は有り得ないとしても、リーダーとしての国民を引っ張って行く覚悟も必要ではないか。納得のゆく説明がないままTPP問題を放置すれば国際社会の信用は落ちる。
今回の大統領選は何でもありの中傷合戦が続き、「史上最低の選挙」との声も聞かれる。パネル講演会には現在、米国議員経験者協会(FMC)の会長を務めるクリフ・スターンズ氏も講演者として出席。1989年から12期24年間にわたりフロリダ州選出の共和党連邦下院議員を務めた同氏は、モデレーター役の慶応大総合政策学部・中山俊宏教授の質問に対し「現状維持には満足できない中産階級の怒りが、伝統的な候補を支持しない結果につながった。トランプ候補は信頼の置ける候補ではない」と述べた。
史上最低の選挙になったのはネガティブキャンペーンで互いの信用が地に落ちるまで攻撃し合う米国大統領選の欠陥なのか、ヒラリー、トランプ両候補の資質に問題があるのか、世界が内向き志向を強め、米国の指導力が試される時期だけに、TPPに関しては世界を納得させる政策論争こそ必要だった。
トランプ候補の常軌を逸した言動、クリントン候補の変わり身の早さなど、さまざまな問題があるが、米国の国内事情ばかりを優先させたのでは覇権国としての威信は保てない。加えて今回の選挙では大統領の威信そのものにも傷がついた。米国は大統領選挙の在り方を改めて見つめ直す時期に来ているような気がする。(了)



