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「小泉進次郎改革」の本丸、全農が嫌がる株式会社化 - 土門 剛 (農業ジャーナリスト)

政府が、「農協版総合商社」と呼ばれる全農(全国農業協同組合連合会)に株式会社への転換を迫ることを全農の「株式会社化」問題と呼ぶ。

 数々の既得権をもつ協同組合の全農が株式会社になれば、競争原理が働き、農家の所得が向上する。これが政府の言い分であり、世間の常識。一方の全農は株式会社化に反対。表向きは、農家の所得向上に逆行するという説明だが、この言い分には説得力がない。

 協同組合では競争原理が働かないことは、全農が農協を通じて農家に提供する肥料、農薬、農業機械など生産資材の価格が、肥料農薬商やホームセンターなどの競争相手より割高であることが証明している。株式会社になって競争原理を取り入れた方が価格を下げることができる。

 自民党農林部会長として、この問題にメスを入れた小泉進次郎氏は、全農が農協に供給する生産資材が高いことを次のように説明していた。

 「農薬の価格差、農協内で最大2倍 小泉氏『調査が必要』」(3月30日、朝日新聞)

 いかにも小泉氏らしい。農協によって価格がまちまちであることは事実だが、これほどの開きがあるのは数えるほど。高いといっても、競争相手よりも1、2割程度。競争が激しい地域の農協には割安で供給、そうでない地域の農協には割高で供給するので価格差が起きる。この「差別商法」こそ、全農がもっとも知られたくない点だろう。

 不思議なことに、この「差別商法」が農協組織内部で問題になったことはない。全農の巧妙な情報操作もある。「全農は都合のよい情報ばかり流してくる」(東北地区の農協組合長)という声をたまに聞く。

三井物産並の事業規模誇る全農の実態

 全農は、全国700農協などが出資して結成した組合だ。経営管理委員会と理事会がある。組織を代表するのは、出資側の理事会。

 経営管理委員は、農協の代表から選ばれ、非常勤だ。実質、組織を運営するのは、日常業務に精通する常勤の生え抜き職員で、彼らが会社の取締役会に相当する理事会メンバーとなり重要事項を決定する。その理事会を経営管理委員会が監督するというのは教科書的解説。多くの経営管理委員は、財務諸表も満足に読めないお飾り的な存在だ。

 小泉氏が暴露した農協間の価格差問題も、経営管理委員会で議論になっていても不思議ではないはずだが、そういう議論があったことは伝わってこない。これこそ全農という組織の特殊性だ。経営管理委員の質に問題がある。定員20人のうち15人が農協組合長などから選抜される。その多くは名誉職という意識が強い。小泉氏が指摘しても、自分たちも同じように攻撃されたと思い、全農理事会の説明をそのまま受け入れてしまうようだ。

 割高な資材を押しつけられている全国700農協の農協組合長全員が同じ穴の狢(むじな)かといえば、必ずしもそうではなさそうだ。それは全農離れという動きで裏付けられる。

 全農離れは作物と地域で起きる。主な売り先を全農に頼る作物、例えば米麦地帯は全農離れが起きにくい。全農に頼らない野菜地帯は、全農離れが起きやすい。茨城、千葉両県の利根川流域は、日本有数の野菜産地。肥料や農薬で「農協さんは、6割ぐらいのシェア。米地帯の東北や北陸なら7割から8割かな」(茨城県西部のライバル業者)という。

 農協が、生産資材のすべてを全農から調達していると思われがちだが、実態はそうではないのだ。農協が全農を利用するのは、農水省統計でほぼ7割程度。そのシェアは漸減(ぜんげん)傾向にある。全農から供給を受ける生産資材を農家に販売していたのでは、競争に負けてしまうので、全農の競争相手となるメーカーや商社などからの調達を増やしているのだ。

小泉氏が委員長を務める「農林水産業骨太方針策定プロジェクトチーム」(骨太PT)が、この議論を始めて9カ月が経過した。

 当初、小泉氏は、この問題をまとめ上げて、農林部会長として実績を残す心づもりだった。その小泉氏に手柄を取らせまいと全農は抵抗した。価格引き下げの要請には事実上の「ゼロ回答」を繰り返しただけでなく挑発もした。小泉氏に手柄を取らせると、その勢いで「株式会社化」阻止のラインが割られてしまうことを恐れたのだ。

 ところが、小泉氏は8月25日、内外情勢調査会(時事通信社)主催の講演会で次のような発言をした。自ら強く希望した農林部会長の再任希望が総務会の承認で叶った翌日のことだ。

 「株式会社化したほうが日本の農業にプラスであれば、その選択肢は排除されない」(8月25日、産経新聞)

 同日付け毎日新聞にも同じ表現を使った記述がある。

 全農「株式会社化」は、官邸と農水省の間で早くから「必定路線」であった。昨年4月、農協組織で政府との折衝窓口となる全国農業協同組合中央会(全中)の萬歳章会長(当時)が任期途中に突然の辞任に追い込まれる出来事があった。全中として「株式会社化」の受け入れを政府と約束してしまい、それが全農の逆鱗に触れたのだ。農林部会長の小泉氏がその事情を知らないはずはない。そういう事実を考慮せずに「選択肢」という表現を使って、生産資材価格問題で全農の譲歩を引き出そうとしたことは、基本的なミスと言わざるを得ない。

 「株式会社化」は、生産資材価格問題が決着する11月中旬以降に天王山を迎える。それを前提に農水省は次期通常国会に、「農業競争力強化法」(仮称)を提出予定だ。2014年1月施行の「産業競争力強化法」の農業版とイメージしてよい。TPP協定を批准して、日本農業のグローバル競争に備え、過当競争や過剰供給に陥っている産業や事業の再編を、税制や補助金などの優遇措置によって促すことが目的だ。

 農業界は、農家の数も多ければ、肥料や農薬などの業界だけでなく、米卸など流通側も過剰で、多段階となっており、それらはすべて農家の負担となるのだ。肥料を例にとると、国内のメーカー数は農水省生産局技術普及課でも、正確な数字がつかめていないぐらいだ。新法を使って農水省は業界の再編を促し、その中からグローバルに活躍できるアグリビジネスの地盤作りを目指す意向だ。

「農業競争力強化法」に関連した先行事例がある。全農の子会社であるコープケミカルと丸紅系肥料メーカーの片倉チッカリンが、15年10月に合併したことだ。これで国内最大の肥料メーカーである片倉コープアグリが誕生。これは、全農系列、商社系列の垣根を取り払っての企業合併だった点に着目すべきだ。それも生産資材だけでなく、農産物流通など農業関連産業全般をカバーする。『農業競争力強化法』は、農水省が初めて手をつける産業政策だ。

浮き彫りになってきた農協内の〝温度差〟

 5兆円近い全農の取扱高は、総合商社4位の三井物産とほぼ同じ事業規模。それでいて上場企業並みのディスクロージャー(経営内容の公開)を拒んできた。「農業競争力強化法」は、全農系列の企業やメーカーを巻き込んだ業界再編を後押しするだけに、親会社たる全農の企業並みのディスクロージャーが前提になる。従って、株式会社化は不可避という結論にある。

 独占禁止法の適用除外という既得権も株式会社化で失う。だが、全農経営陣が競争モードに経営方針を切り替えれば、その効果は計り知れないものがある。すぐに思いつくのは、農協を通じて農家に提供する商品やサービスの価格の引き下げだ。これにより農協だけでなく農家の信頼も勝ち得て、総合商社並みの収益を確保する道も開けてくるのだ。

 また、優遇税制の特権も失うが、株式会社として自由に活動できることを考えれば、あまりあるものになるはずだ。

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全農は共同組合から株式会社になると「既得権」が剥がされる (出所・各種資料をもとに筆者作成)写真を拡大

今なお全農経営陣は、株式会社化に最後の抵抗を試みている。7月22日、農協全国組織である全中、全農、農林中央金庫、全共連のトップが集まり会議を開いた。株式会社化阻止で全国組織の支援を取り付けようとしたらしい。全農・中野吉實会長の地元紙、9月7日付け佐賀新聞が、この日の会議のことに触れていた。

 まず中野会長が、株式会社化について従来の持論を展開した。

 「今までも良い形で運営してきた。2年先も3年先も同じかもしれない」

 「良い形」とは、現行の協同組合のままという意味である。佐賀新聞の記事で最大のポイントは、全中のことに触れた、この部分だ。

 「奥野長衛新会長の下で全中との温度差が浮かび上がった」

 全中は、少なくとも本稿執筆の9月下旬時点では、株式会社化で全農と同じスタンスではないようだ。政府との例の約束があるから、全農とは「温度差」が出てしまうように見受けられる。株式会社化に反対する全農の「包囲網」が農協界でも狭まっている。

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