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もうダマされないための「科学」講義を読んでヲモツタコト

すでに、「もうダマ」の愛称で各方面で話題になっていますが、私も読んでみましたので、感想などを書いてみたいと思います。

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もうダマされないための「科学」講義 (光文社新書)

本書は、シノドスという団体がこれまでに手がけた動画放送やセミナー、ウェブ記事といったものを1冊の本にまとめたもので、「科学」をテーマにした4人の著者による論考と実践編としての「付録」からなります。

菊池誠さんの第1章は実際にニコ生で視聴しましたし、松永和紀さんの第3章は実際に講演を聴きに行った内容だったりと、ある意味「なじみのある」内容でした。一方で、伊勢田哲二さんの第2章や平川秀幸さんの第4章は新鮮な気持ちで読むことが出来ました。

そうした、前置きはこれぐらいにして、本題に入ります。私にとって、この本を買った一番の動機は第4章の平川さんの文書でした。昨年でた平川さんの「科学は誰のものか」を読んで、私は非常に「もやもや」したものを感じていました。それは「で、どうするの?」という言葉に要約できるかもしれません。

トランスサイエンス的問題、つまり科学に問うことができるが、科学では答えを出せない問題群というのが第4章のテーマであり、科学技術に対するガバナンス(統治)のありかたを見直すための課題がいくつかあげられています。具体的には社会や市民の参加・関与を広げるということになると思うのですが、そこがどうもピンときません。何が引っかかるのかというのもうまく説明できるか自信がないのですが、平川さんも例にあげておられる「遺伝子組換え作物」を元に考えていきたいと思います。

科学技術のメリットと地域性の問題



遺伝子組換え作物は年々、生産量が増加しています。特に、アメリカやブラジルなど広大な農地を持つ国々での生産量拡大に寄与してます。一方で、平川さんが例にあげておられる欧州では限定的にしか受入れられていません。これは、欧州での価値観の問題も去ることながら、域内で、ある程度食料が自給されているため、新たな技術に頼る必然性が少ないことも影響していると想像しています。爆発的な人口増加や需要の増加に答える必要がなければ積極的には取り入れる必要もないでしょう。しかし、アメリカなど食料輸出国や日本などの輸入国では事情が異なります。アメリカなど輸出国では増産のための技術は非常に魅力的であり、社会としてもメリットがある技術です。これらの国々では遺伝子組換えは積極的に受入れられやすいのではないかと思われます。では、日本ではどうでしょうか?日本は遺伝子組換え農作物を最も多く輸入している国の一つだと思われます。特に、大豆やトウモロコシは日本の耕地で生産可能な量よりはるかに大量な量を消費し、そのメリットを存分に享受しています。ですが、大豆やトウモロコシは飼料や加工食品の原料としての利用がほとんどであるため、実際にその恩恵を肌で感じる機会は少ないのではないでしょうか。そのためだけではないでしょうが、日本では遺伝子組換え作物に対して批判的に取り上げられることが多いように感じます。しかし、同じように遺伝子組換えに批判的な日本と欧州ですが、遺伝子組換え作物の重要性は比べ物になりません。必需品ではないから別に無理して受入れる必要がない欧州と、それなしでは立ち行かない日本。社会が必要としているものを、社会が必要としていないのではないかと思ってしまっているギャップの存在をトランスサイエンスはどう解決するのでしょうか。

参加者の裏切り



また、一度は合意した事項について、後になって意見を変える人々や、過去の経緯を知らずに一旦合意した事項に対して反対を唱える人々に対する対応はどう考えればいいのでしょうか?現在の観点から見ると不十分かもしれませんが、日本で遺伝子組換え作物を導入する際に、消費者団体も含めた議論が行われました。その経緯の一部はこちらの記事で触れられています。その中で、「遺伝子組換えでない」という表示が結果的に認められてしまい*1、そのことが今に続くことになる誤解を生んでしまったことや、議論に参加していた人が意見を翻して批判をしていることなどが紹介されています。

仮に、科学技術に対するガバナンスに社会や市民がより関与できるようになったとしても、すべての意見を取り入れることは出来ないでしょうし、結果に納得できない人などもいるでしょう。もちろん、適切に議論が行われれば、そうした不満を持つ方々をより少なくすることはできるかもしれません。ですが、ゼロにはできないでしょう。平川さんは本書の中で再生医療についての取り組みを紹介されていました。

再生医療に関して、今、社会で議論すべきこと

再生医療について、日本での受容がスムーズに進むのでしょうか?それともやはり受入れに時間を要してしまうのでしょうか?

実現が急がれる技術の遅れ



社会が意思決定に参加することで、一つの技術が社会に出るまでの時間は長くなるでしょう。少なくとも、早くなることはなさそうです。ですが、本当に必要な技術・製品が実現できないことで多くの命が失われる場合はどうすればいいのでしょう?現在、世に出ている遺伝子組換え作物の多くは害虫や除草剤に対して抵抗性を持っている品種です。それらは、食料増産に寄与しています。しかし、遺伝子組換え作物の可能性はそれだけではありません。ゴールデンライスというお米の品種があります。お米には本来ビタミンAが少ないのですが、遺伝子組み換えによってβカロチンを含むように改良されています。βカロチンの色のためにゴールデンライスと呼ばれるのですが、これは発展途上国でのビタミンA欠乏症に対応するために開発されています。しかし、遺伝子組換え作物に対して慎重な立場をとっている国々の影響で、未だに実現に至っていません。懸念を示す国々は概ね豊かであり、ビタミンAの欠乏症に苦しむ人は、いたとしてもごく少数でしょう。しかし、それを必要とする人々にとっては命がかかわるものなのです。このギャップにトランスサイエンスはどう答えてくれるのでしょう。

参考
GMO情報: ビタミンA強化米 ゴールデンライスの開発阻害要因
幻影随想:「ビタミンAがなければ、リンゴを食べればいいじゃない」byヴァンダナ・シヴァ
Food Watch Japan バイテク第一人者の講演を250名が聴講/日本植物細胞分子生物学会市民講座

進行中の事態への対応



平時においては、多くの議論を積み重ね、合意を得ることは重要だと思います。ですが、議論の間も事態が進行してしまうような場合にはどう対処すればいいのでしょう?

遺伝子組換えからは少し離れて、「松枯れ」について考えてみたいと思います。今、日本中で松枯れという現象が起きています。これはマツノザイセンチュウという線虫がマツノマダラカミキリという虫を介して広まり、松を大量に枯らせてしまうものです。この松枯れを防止する最も有効な手段の一つが媒介となるマツノマダラカミキリを殺虫剤の散布により殺すという方法です。ですが、農薬の空中散布という方法が嫌われ、防除を行う面積を縮小させたり、防除そのものをやめてしまう自治体も出てきています。中止にまで至ってしまうのには、散布時に生じた健康被害(目のかゆみ等を訴えるものから、いわゆる化学物質過敏症の症状まで様々)がきっかけになっていることが多いようです。しかし、防除をやめてしまうと、松枯れは拡大してしまいます。松林にとって松枯れは一種の伝染病のようなものですから、一ヶ所が防除をやめたり、縮小させることで、他の地域への感染源として働いてしまう場合があります。さて、こういう現在進行形の課題について、どう対応することがよいのでしょうか?

対象の範囲



原子力発電所や遺伝子組換え作物は、いわば「大きな」問題だと思います。ですが、被害を被っている人が、ごく少数の場合はどうすればいいでしょうか?原子力発電所についても、メリットを享受する都市部の人に比べれば原子力発電所所在地に住む方々はごく少数だといえるでしょう。ですが、もっと少ない場合で、しかも科学的にその被害の原因を確認することが困難な場合はどうでしょうか。例えば、電磁波過敏症という症状を訴える方々がいらっしゃいます。その症状を訴える方々の中には、携帯電話の電波が原因だと主張される方々もいらっしゃいます。しかし、携帯電話の社会における重要性は増すばかりです。さて、電磁波過敏症のようなマイノリティーに対して社会はどのように向きあえるのでしょう?

こうした具体的な疑問は本書の範囲を超えているのだと思います。ですが、少なくとも私が接した範囲内での平川さんの文書では、「で、どうするの?」の部分に対する部分が弱く思えるのです。もしかしたら、すでに科学技術社会論はそれに対する答えを持っているのかもしれません。本書を手に取るほとんどの方々は実社会では何らかの仕事に従事しており、それぞれが何らかの「専門家」であるはずです。そうした市井の専門家に対して科学技術社会論の成果がどのように還元されるのか?そこに興味があります。


*1:日本以外では遺伝子組み換えでないという表示は実質出来ない国が多い

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