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フィリピンをめぐる日米・中の綱引き:援助競争で「売り手市場」になる世界

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10月25日午後、フィリピンのドゥテルテ大統領が初めて来日しました。ドゥテルテ大統領はフィリピン国内で麻薬取引に関係した者を「超法規的に」処刑することも辞さず、これを批判した長年の同盟国である米国政府との防衛協力からの「離脱」に言及。フィリピンと米国の関係は悪化の一途をたどっています。一方、ドゥテルテ大統領は前政権が国際司法裁判所に提訴した、南沙諸島に関する領有権問題で悪化した中国との関係修復には前向きです。

この背景のもと、ドゥテルテ大統領の訪問を日本は官民をあげて歓迎し、「日米側」につなぎとめようとしています

ドゥテルテ大統領をめぐっては、すでに様々な論説がみられます。なかには、ドゥテルテ氏が中国を「本心から」礼賛しているかを疑問視する意見もありますが、これは少なくとも国際政治の観点からいえば、ナンセンスな問題提起です。本心は問題ではなく(第一、それは誰にも測れないものです)、どこに利益を見出し、どんな行動をとったかを問題にすべきです。

その観点からすれば、ドゥテルテ大統領がどこまで計算ずくかはさておき、同氏の行動パターンは現代の世界では決して珍しくないものといえます。そこでのキーワードは「援助競争」と「売り手市場」です。

冷戦時代との類似性

現代の世界では、西側先進国なかでも日米と、新興国なかでも中国による「援助競争」が激化しています。それはアジア・太平洋にとどまらず、アフリカなどでも既に顕在化しています。表1は日本が主催する東京アフリカ開発会議(TICAD)と中国が主催する中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)での資金協力の金額の推移を示したものです。



ここからは、特に2000年代半ば以降、日中がアフリカで援助競争を繰り広げてきたことが見て取れます。アフリカですらそうなのですから、アジア・太平洋においては尚更です。

対立する複数の主体が、数の多い開発途上国を味方に引き付け、自らに有利な国際環境を作り出すため、それぞれ援助や投資を競う状況は、冷戦時代にもありました。米ソをそれぞれ中心とする東西陣営は、人類滅亡をもたらす核戦争に突っ込まずに、言い換えれば直接的な軍事衝突に突っ込むことなしに覇権闘争を勝ち抜くため、いわば「陣取り合戦」によって争ったのです。

現在の日米・中は、「お互いの間の投資や貿易などの経済交流が多いために」という点では冷戦期と異なりますが、「直接的な軍事衝突を回避しなければならない」点ではかつての東西ブロックと共通します。そのなかで、少しでも多くの開発途上国を味方に引き付けることに、お互いに余念がないといえます。アジアに関していえば、2014年に中国がアジア・インフラ投資銀行(AIIB)を設立し、これに100ヵ国以上が既に参加していることに、冷戦期からアジア開発銀行を通じてこの地域での開発プロジェクトを握ってきた日米が警戒感を募らせていることは、その象徴です(もちろん公式には両者は協調や補完を強調している)。

「竹取物語」の論理

国際政治は基本的に「力」によって成り立ちます。ただし、力の強いものが常に有利であるわけでなく、状況次第では力の弱いものが強者を振り回すこともあります。ここに国際政治の機微があります。

「かぐや姫」で知られる『竹取物語』に、これと似た部分があります。かぐや姫に言い寄る5人の若い公達が「火鼠の皮衣(伝説にある燃えない衣)を持ってくること」など、いずれも無理難題を吹っかけられ、体よく断られる部分です。つまり、相対立する複数の主体が先を争ってアプローチしてくるとき、アプローチされる側は、本来持っている力が仮に小さくとも、アプローチしようとする側の行動を左右する力をもつことになるのです。

冷戦時代にも、何がなんでもアプローチしようとする米ソを天秤にかけて、自らの利益を確保しようとする国はありました。1954年に革命で王政が打倒されたエジプトで、初代大統領ナセルは、それまで王政を支援し続けてきた米国からの巨額の援助の提示を断り、ソ連に鞍替えしました。これは米国が支援するイスラエルとの戦争を進めるための手段でした。このように、「何が何でも援助を受け取ってほしい」側は、いかに豊かで力があろうとも、最終的な決定権をもつ相手から、少なからず影響を受けやすくなります。

ただし、冷戦後、東側陣営の崩壊とともに「援助競争」は影を潜め、それによって大国が小国に影響力を行使するという(いわば当たり前の)構図が一般的になりました。ところが、中国の台頭により、かつての明確なイデオロギー対立の要素は薄いものの、「援助競争」が再び過熱し始めたのです。特に習近平体制が打ち出している、ユーラシア一帯をカバーする経済圏「一帯一路」構想は、日米の危機感を強めており、これが援助や投資を通じて中国包囲網を構築しようとする動きを活発化させています。

この状況に鑑みれば、ドゥテルテ氏のように日米・中を天秤にかけようとする行動は、「何が何でもアプローチしようとする」複数の主体に対して、自らの言い分を通しやすくするという意味で、合理的とさえいえるものです。

冷戦時代との差異

ただし、現代では大国間の開発途上国の争奪戦レースが冷戦時代より激しくなりがちです。それは一重にグローバル化によります。

冷戦時代、東西間のカネ、ヒト、モノの移動は、厳しく制限され、さらにそれぞれの陣営は、相手側に与した開発途上国への援助をほとんど行いませんでした。ヴェトナム戦争終結後のインドシナ三カ国に、米国がまさにビタ一文出さなくなったことは、その典型でした。つまり、冷戦時代はブロック間の区画が明確で、「敵に塩を送る」ようなことは基本的になかったといえます。

ところがカネ、ヒト、モノの自由移動が大原則となった現代では、この区画が極めて曖昧になりがちです。冷戦時代は東西いずれかの陣営からしかこなかった援助や投資も、現代では(北朝鮮など特殊なケースを除くと)ほとんどの国が、日米・中を含むほとんどの大国から入ってきます。まさに資本主義の原理にしたがって、「自由競争」が援助競争の分野にも及んでいるのです。その結果、一つの国のなかで諸大国の競争は絶えません。

もちろん、競争の激しさはそれぞれの国が置かれている環境などによって異なりますが、フィリピンの場合、競争が激しくなりやすい条件を抱えているといえます。

フィリピンはかつて米国の植民地でした。そのため、独立後も米国のアジア政策の一つの要であり続け、冷戦時代には沖縄のものを上回るアジア最大の米軍基地が置かれていました。この観点から、「アジアシフト」を打ち出したオバマ政権にとっても、フィリピンは重要な「足場」です。また、日本からみても、西側に近いフィリピンは、冷戦時代から東南アジアにおける援助・投資・貿易の主な対象の一つでした。

一方、中国からみても、フィリピンは戦略的に重要な国です。「一帯一路」構想には南シナ海からインド洋を経て紅海、地中海に至る海上ルートも含まれます。この海域での利益を確保するために、中国海軍はセーシェルやジブチなど各地に拠点を設けており、南シナ海で造成を進める人工島には、海底資源の開発だけでなく、周辺海域で「中国のシーレーン」を守る意味があるといえます。関係国の反対があっても推し進める強面ぶりの印象が強いものの、中国とても関係国政府と波風が立たない方が、コストが安くて済むことは確かです。

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