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自分を愛しすぎたトランプの末路 - 海野素央

 今回のテーマは「第3回テレビ討論会とトランプのパーソナリティ」です。第3回テレビ討論会は11月19日(現地時間)西部ネバダ州ラスベガスにあるネバダ大学で開催されました。結論から述べますと、3回目も民主党ヒラリー・クリントン候補は失言がなく無難に乗り切りました。

 一方、共和党ドナルド・トランプ候補は最後の討論会で選挙戦の劣勢を跳ね返せなかったのです。討論会が終了すると、クリントン候補は笑顔を浮かべて司会者と握手を交わし、会場にいる有権者に手を振っていました。それとは対照的にトランプ候補は、不満足そうな表情でメモ用紙を引き裂いていたのです。2人のこの表情が討論会のパフォーマンスの出来を物語っていました。

 本稿では、第3回テレビ討論会において筆者が注目したクリントン・トランプ両候補の発言の意図を分析します。そのうえで、討論会からみえたトランプ候補のパーソナリティを心理学的及び異文化的視点から説明します。

ダメージの最小化を狙うクリントン

 クリントン候補が第1回及び2回テレビ討論会において語らず、第3回で断定的に言ったことがあります。それは、ロシア政府による同陣営の内部文書に対するハッキングです。同陣営にはロシア政府が内部文書をハッキングし、「ウィキリークス」に提供しているという懸念があるからです。第3回討論会で、同候補はプーチン大統領の命令で実施していると述べたうえで、トランプ候補は同大統領を非難するべきだと主張したのです。では、その意図はどこにあるのでしょうか。

 確かにクリントン候補は、各種世論調査で支持率並びに選挙人の数の双方でトランプ候補を上回っているのですが、今回の大統領選挙では次々にオクトーバーサプライズ(投開票日1カ月前に起きる選挙結果に大きな影響を与える驚くべき出来事)が次々に起こり予断を許しません。10月に入るとトランプ候補に関しては、連邦所得税不払い、わいせつ発言及び女性スキャンダルが発覚しました。

 一方、クリントン候補に対してはウィキリークスによる非公開演説の内容が明らかになったのです。クリントン陣営はロシア政府が、同候補が削除した3万3000通のメールをハッキングし、ウィキリークスがそれをネット上に載せるというシナリオを懸念しています。これが最も選挙結果に影響力を及ぼすオクトーバーサプライズになる可能性があるからです。

 そこで、最終回となった第3回テレビ討論会において、同候補は米国の17の省庁によると、ロシア政府が米大統領選挙への介入を目的でハッキングを行ったというメッセージを有権者に送り、暴露された場合に備えてこの段階でダメージを最小化する戦略をとったのです。言い換えれば、暴露されたときのために伏線を張ったという点で意味があった訳です。

原点回帰のトランプ

 トランプ候補は、米大統領選挙はいかさまであり不正投票が行われていると主張しています。クリントン陣営が投票する資格のない不法移民を有権者登録させて選挙に行かせていると言うのです。

 トランプ候補が共和党候補指名争いを勝ち抜くことができたのは、一貫して反エスタブリッシュメント(既存の支配層)及び反インサイダー(ワシントンの権力者)の立場をとってきたからです。ところが、本選が最終盤に入ると女性問題が浮上し、同候補はその対策に追われ本来の反エスタブリッシュメント並びに反インサイダーのメッセージ性が低下していました。

 そのような状況に陥ったトランプ候補は原点に回帰して、大統領選挙自体が八百長であり、その制度を操作しているのがエスタブリッシュメントでありワシントンにいるインサイダーであるというメッセージを発信してきたのです。第3回テレビ討論会の翌日に行われた中西部オハイオ州での集会では、不公平な選挙結果が出た場合、法的措置の可能性を示唆しました。

責任のすり替え

 各種世論調査によれば、クリントン候補は激戦州でかなり有利な戦いを展開しています。その結果、1964年以来オハイオ州を制した候補が大統領になると言われていますが、同候補はたとえ同州を落としても東部ペンシルべニア州、南部フロリダ州及びノースカロライナ州で勝利を収めれば、選挙人の過半数270を確保できます。

 その反面、トランプ候補は極めて厳しい状況に追い込まれています。2012年米大統領選挙においてミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事が獲得した選挙人206をベースにしますと、同候補は選挙人270を達成するにはオハイオ州とフロリダ州に勝ち、ノースカロライナ州及び西部アリゾナ州を守り、それに加えて同年にオバマ大統領が勝利した州を奪還する必要性があるのです。

 上のような現実をトランプ候補はどのように捉えているのでしょうか。心理学的視点で述べますと、人は行動の結果や事象の原因を解釈する場合、「性格的特性」といった内的特性要因ないし「状況」や「環境」といった外的状況要因に帰するのです。この理論は帰属理論と呼ばれています。

 トランプ候補は、自身のコミュニケーション行動により選挙情勢が不利になったという現実を、女性蔑視、障害者に対するあざけり並びに少数民族排除の思考様式と性格に求めるのではなく、選挙制度に帰しているのです。即ち、内的特性要因ではなく、外的状況要因に帰していると言えるのです。

以下では、討論会で見えたトランプ候補のパーソナリティに焦点を当てます。

自己愛的パーソナリティ

 トランプ候補は一言で言えば、かなりの自己愛者と言えます。自己愛的パーソナリティ障害の症状には、「人よりも自分が優れていると信じている」「業績及び才能を誇張する」「自分は特別であると信じている」「自分に対する肯定的な評価を誇張する」「自分に対する批判に対して過剰反応を起こし対決姿勢をとる」「自分の意見を押し通す」「感情移入に欠ける」などがあります。

 2016年1月、アイオア州で開催された集会でトランプ候補は以下のように述べています。

 「私は(ニューヨークの)5番街の通りの真ん中で誰かを撃ったとしても、票を失うことはないだろう」

 この発言から、次の点を読み取ることができます。第1に、トランプ候補は自分の支持者は忠誠心が強いと過度に信じています。第2に、自分を特別な存在であると捉えています。第3に、誇張した表現を好みます。

 3回にわたって行われた2016年大統領候補テレビ討論会で、トランプ候補は大統領としての資質についてクリントン候補から批判されたとき、「自分の強みは性格である」と反論しました。さらに、クリントン候補はトランプ候補が6回も倒産させたと指摘したのに対して、雇用創出したことを誇張して議論しています。さらに米国が抱える諸問題に関して、「私を信じてくれ」と自分を「万能な解決者」として描くのです。

 異文化的な視点から述べますと、トランプ候補は自身と異なった人種及び民族に対して種々の偏見のある発言をしてきました。ことに、メキシコ系、イスラム教徒並びにアフリカ系に対して非好意的ないし敵意のある態度をとってきたのです。共和党候補指名争いにおいて、同候補は障害者を笑いものにしました。率直に言ってしまえば、少数派及び弱者に対して不寛容なのです。

 第3回テレビ討論会において、フォックスニュースの司会者が選挙結果を受け入れるのかと質問を投げかけると、トランプ候補は「それはそのときになったら考える」と回答し明言を避けました。翌日の集会では「自分が勝てば投票結果を受け入れる」と述べたのです。

 2015年8月に開催された共和党候補指名争いの第1回テレビ討論会で、フォックスニュースの司会者の一人が、自分が敗北した場合、指名を獲得した他の候補を支持するかという質問に対してトランプ候補のみが「しない」の意思表示をしました。同候補は、自分は特別な存在であり他者よりも優れているという自己概念を否定してしまう出来事や結果は到底受容することができないのです。ここにも同候補の強い自己愛的パーソナリティをみることができるのです。

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