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比ドゥテルテ大統領「北京の休日」で吐露した「反米の原点」 - 竹田いさみ

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マルコス・ファミリーとの提携

 この日の予定は、夜にもう1件のみ。北京を中心に中国で就労している在外フィリピン人コミュニティの集会に登壇して、スピーチをすることであった。会場は、ドゥテルテ大統領が宿泊しているグランド・ハイアット・ホテルの大宴会場である。

 9月にはインドネシアの首都ジャカルタで、今回の訪中直前のブルネイ訪問(10月16~18日)でも、在外フィリピン人コミュニティに顔を出して、刺激的な発言で聴衆を沸かせ、テレビニュースや新聞で大きく取り上げられてきた。ここ北京でも同じような暴言が飛び出すのではないかと、会場に足を運んだ参加者はもちろんの事、報道関係者が期待したことは想像に難くない。

 フィリピンの音楽が会場に流れる中、まさにスーパースターのように登場したのがドゥテルテ大統領であった。壇上には随行団員の主要閣僚をずらりと並ばせ、大統領自ら1人ひとりを紹介するという演出ぶり。その度に会場から歓声が湧き上がるのだが、ひときわ大きな歓声で迎えられたのが、ボンボン・マルコス前上院議員だった。

 先の副大統領選挙では僅差で敗北した立候補者である。父親は独裁者として知られたあのフェルディナンド・マルコス元大統領であり、母親は今でも地方政治で実権を握るイメルダ・マルコス夫人だ。大歓声で迎えられたボンボンを、会場のフロアで誰よりも微笑んで見守る1人の女性がいた。姉のアイミー・マルコスで、現在はフィリピン北部のイロコス州知事の要職に就いている。つまり、ドゥテルテ大統領は、マルコス・ファミリーの中核メンバーの2人を北京に招待したのである。

 これは一体、何を意味するのであろうか。ドゥテルテ大統領はフィリピン南部の拠点都市ダバオ市を支配し、マルコス家は北部地域を支配している。両者が提携することで、フィリピンの南北を支配することが可能となり、地方からマニラの中央政治をコントロールするという政治的な仕組みが出来上がる。この仕掛けの舞台として、ドゥテルテ大統領は北京を選んだのである。

反米感情の原点は「ビザ問題」

 オバマ米大統領を批判した「売春婦の息子」発言、「ミスター・オバマ、地獄へ落ちろ」に続き、北京では「米国よ、グッドバイ」「米国と決別する」との発言――いずれもドゥテルテ大統領が発した言葉であるが、世界中のメディアにより大きく報道された。

 ドゥテルテ大統領の反米、嫌米感情は、一体どこから来ているのであろうか。

 現在、事実婚の相手である内縁の妻、ハニーレット・アバンセーニャは、ダバオの医療大学を卒業した後に渡米し、カリフォルニア州で4年間にわたって看護師として勤務していた。そのハニーレットを米国まで追いかけて行ったのが、ダバオ市長時代のドゥテルテ氏であった。ハニーレットは子供を授かり、故郷のダバオに戻って愛娘のヴェロニカ(愛称キティ)と共に、ドゥテルテ氏との共同生活を始め、今日に至っている。同氏にとって米国は愛しい彼女が暮らす異国であり、初めから筋金入りの反米、嫌米であったとは考えられない。ドゥテルテ氏にとって大学時代の恩師は、フィリピン共産党の最高幹部ジョマ・シソンだ。この時に対米批判の思想が植え付けられたとも解釈できるが、だからと言って反米の闘士であったということもない。

 では何故、反米的な姿勢を持つようになったのであろうか。ラオス・ビエンチャンで9月初旬、首脳たちの夕食会の直前に控え室で、ドゥテルテ大統領が自らオバマ米大統領に歩み寄った際、オバマ大統領から「私の部下と話してくれ(My men will talk to you)」と相手にされなかったことが、一連の反米的発言の引き金になったことは間違いない。しかし、オバマ発言だけで、ドゥテルテの反米的な強い姿勢を説明することにはやや無理がある。過去に遡ることで何らかの手がかりを見つけられると思っていた矢先に、北京での発言が謎を解くヒントになった。

 その発言とは、19日夜に開かれた在外フィリピン人との集会、そして翌20日に人民大会堂で開催された中国フィリピン経済貿易フォーラムでのものである。同フォーラムには、中国共産党序列7位の張高麗副首相も出席し、両国の企業関係者を中心に200人以上が参加した。檀上の中央席に陣取る副首相を前に、ドゥテルテ大統領は約30分に及ぶスピーチを行い、半分以上の時間を米国批判に費やした。そこで明らかにされたのは、米国によるドゥテルテ氏の入国ビザの発給拒否であった。

 ドゥテルテ氏は、大学時代にガールフレンドがいる米国へ渡ろうとした際に、入国ビザが発給されなかった。同様の屈辱的な経験は東ネグロス州内の市長もしたことがあり、米国際援助局(USAID)が外国人招聘事業としてこの市長を招聘したにもかかわらず、マニラの米国大使館が同氏にビザを発給しなかったことで、渡米を直前に控えた段階で断念したのだという。その一方で、米国人はビザなしでフィリピンに入国することができる。ドゥテルテ氏が「もうそろそろ考えるときじゃないか? なぜ我々はそれと同じことができないのだろう?」と話すと、会場からは拍手が巻き起こった。

 また、カリフォルニア州ロサンジェルス空港で、外交パスポートを持参していたにもかかわらず、ドゥテルテ氏は書類の不備を指摘され、黒人の空港係官に別室で尋問された。これ以来、ドゥテルテ大統領は2度と米国を訪問しないと心に決めたそうだ。

 これらが米国によるドゥテルテ氏に対する「第1の拒否」であるならば、ビエンチャンで開催されたASEAN関連首脳会議での、オバマ大統領によるドゥテルテ氏との対話拒否が、「第2の拒否」となる。つまり自分は常に米国から拒否される、見下された人間だという強い怒りが、心の底にあると考えられる。

 こうした感情的な軋轢が大きく作用して、フィリピンの対米関係は大きく修正を迫られ、対中接近へ舵を切ることになった。中国は巨額の人民元を用意してドゥテルテ大統領を歓迎し、これに対してドゥテルテ大統領はしばしば「感謝」の意を表明している。米国のアジア外交・安全保障政策において、同盟国フィリピンを安定したパートナーとして利用することは、ドゥテルテ政権下ではほぼ望めないのではないか。

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