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現在の狭義の「文学者」で、ボブ・ディランほどの影響力のある人間がいるのか

ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞というのは、様々な点で波紋を呼んでいます。そもそも文学者でない歌手に受賞させるのはどうしたものかという問題もあるし、ディランがノーベル賞の委員会に連絡を取っていないというのも、いろいろ話題になるところです。

前に大江健三郎氏がノーベル文学賞を受賞した際、文化勲章の受賞は拒否した件で、本多勝一氏が大要「それはダブルスタンダードだ」と批判していましたが、かのジャン=ポール・サルトルのように、ノーベル文学賞を拒否した人もいます。そう考えれば、ディランは現段階では、受賞の拒否はしていないようですから、「斜に構えている」段階ではあっても、一応受ける気なのでしょう。授賞式に行くかどうかはともかく。ただしやはりここでうれしい態度を見せては、ボブ・ディランの名が廃る、というところなのかもしれません。

そういえば、杉村春子も文化勲章の内示を受けていますが拒否しました。建前としての理由はともかく、彼女も左翼ですから、たぶん天皇からもらう賞というのが嫌だったのでしょう。

ただディランの受賞でいろいろ考えるに、けっきょく今の時代、文学者で世界的な影響力のある人というのがどれくらいいるか、という問題が生じます。上にあげたサルトルや、そのライバル(?)のアルベール・カミュなどは、世界的に大きな影響力がありましたし、いまもある程度あります。しかし現代の小説家、詩人、その他の文学者で、世界的に大きな影響力を持つ人間というのを考えてみると、なかなか難しいところがあります。

極端な話、いまの時代でドストエフスキーやトルストイ並みの影響力のある文学者というのはいるのかということです。私はそんなに文学に詳しい人間ではありませんが、しかしけっこう自信をもって「そんな人はいない」ということが言えます。いいとかわるいとかではなく。

魯迅が長生きすれば、あるいは彼は、ノーベル文学賞を受賞したかもしれません。彼も、今日までいろいろな影響力をもつ文学者です。しかしいまの時代、なかなかドストエフスキーとかトルストイとまではいわずとも、魯迅くらいにも影響力のある文学者はいないでしょう。私の勝手な考えでは、たぶん上に書いたサルトルとかカミュあたりが、その種の文学者の最後かそれに近い人たちじゃないかなと思います。サルトルなどは、「アンガージュマン」なんてことばもあるくらいのたたかう文学者でしたが、政治的な意味合いだけではなく、世界にさまざまな影響力をもたらして知名度の高い文学者であったと思います。それで、それ以降は、やはり時代の変化とか社会の変化もあってか、世界に大きな影響力を与える文学者なるものは存在しにくくなっています。その他の著名な受賞した文学者、例えばヘミングウェイもスタインベックも、その活躍の時代を考えると、やはり1960年ごろがその種の分岐点かなと思います。ちなみにサルトルの受賞は1964年、カミュが57年、ヘミングウェイが54年、スタインベックが62年の受賞です。

そうなると、ディランの受賞というものにも一定の意味が出てきそうです。つまり現在の狭義の文学者で、ディラン以上の知名度、影響力のある人間は、たぶん、でなくて間違いなくいません。たとえばマリオ・バルガス・リョサ、トーマス・トランストロンメル、莫言、アリス・マンロー、パトリック・モディアノ、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチなんて言ったって、そんな名前の人たちを知っている人はそんなに多くないし、ましてや翻訳であっても、このような人たちの文学作品を読んだことのある人は、ろくにいないでしょう。上にあげた人たちは、読者の皆様の中にはご賢察の方もいるかもですが、2010年から2015年までのノーベル文学賞受賞者です。この6人の人たちの知名度全ての和と、ボブ・ディランのそれとでは、失礼ながら比較の対象にもならんでしょう。好きとか嫌いとか興味のあるなしはともかく、ボブ・ディランの知名度は世界的に高いし、またこれも好き嫌い、興味の有無以前の問題として、彼の歌は、人間どこかで聞いているわけです。

Wikipediaによると、ノーベル文学賞というのは、

>過去には歴史家のモムゼン、哲学者(オイケンベルクソンラッセル)など文学者以外の受賞者もいたが政治家のチャーチルの受賞を最後に文学者のみが対象と決められた

とあります。ディランを文学者と解釈するのは拡大解釈のような気がしますが、あくまで「広義の」文学者ということなんですかね。そう考えれば、映画監督なんかも今後はノーベル文学賞の対象にしてもいいかもですね。文学ではないですが、創造の世界という点で、文字(テキスト)を用いて創造をすることと、映像と音声などによっての表現活動を区別する必要があるのかなと思います。ノーベル文学賞当時は、そんなことができる時代ではなかったとしても、現在は必ずしもそうではない。あるいは狭義の「文学」という枠にはめる必要もない時代なのかもしれません。

映画監督のノーベル文学賞というのは、現段階まだ考えにくいでしょうが、いずれにせよいろいろノーベル文学賞も変わっていくと思います。私なりにその軌跡を見ていきたいと思います。 

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