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「エロいかどうか」より「御しやすそうに見えるかどうか」では

‥‥‥と思うのだけど。エロばかりに焦点が当たっているのに違和感がある。

露出度では明らかに左のピーチ・ジョン(女性の下着通販会社)の広告の方が高く、ポーズもセックスアピールそのもの。それをもって「左の方がエロいのに」という意見だが、ポイントはそこではないと思う。

女性下着の広告だからこうなるのは定石だが、ピーチ・ジョンのモデルたちのイメージから伝わってくるのは、己のボディへのナルシシズムと自信である。自分たちの美しさを十二分に自覚し、こうすればコケティッシュで色っぽいという非常にベタなポーズを積極的に取って、肢体を誇示しているように見える。目線もかなり挑戦的だったり誘惑的だったり。

積極的で自信に満ちた女の像は、女性消費者の受けがいいと考えられているがゆえの演出の結果だが、そういうイメージを伝達しているということが肝要。

こうした攻めの要素は、右の『鉄道むすめ』版の「駅乃みちか」萌えキャラバージョンには皆無だ。

彼女も、服の上からでもそこそこナイスバディであることを想像させるように描かれているが、本人は、己の体がどう見えているかには無自覚な、全体に受け身っぽい大人しい雰囲気で、なぜかちょっと困った顔を上気させている。

もしかしたら、スカートが股間と腿に張り付いて透けて見えてるようなのを(批判を承けて後に修正された)自覚した上で、恥ずかしがっているのか。よくわからない。

つまり前者は、自らの性的要素に自覚的で積極的、攻撃的。自信をもってガンガン来そう。振り回されそう。こういう女のイメージに引く男性は多いと思う。

後者は、自らの性的要素に無自覚か、自覚していても恥じらいがあり消極的。つまり入り込む隙があちこちにありそう。少なくともピーチ・ジョンよりは全然御しやすそう。ここはわりと重要な「萌え」ポイントなのではないだろうか。

そして、今回の反感や批判の中には、性的要素が付与されながらもそれに「無自覚」で「御しやすそう」なイメージで女が描かれていることへの強い抵抗感、忌避感があったのではないかと私は思っている。「主体性がない感じがいやだ」という意見もどこかで見た。

極論すれば、エロそれ自体に問題があるのではない。エロが「御しやすさ」のイメージと結び付いた時が、厭なのだ。そういうイメージで女を描かれたくない。そういう視線で女を見ないでくれということだ。

「これは限定的なところで使われる萌えキャラであり、別にあなたのことをそう見ているのではないし、女性を皆こう捉えているわけでもない」と言ったとしても、受け取る側にはそれが女の表象というだけで、自分も含めた女全体のことのように突き刺さったり、不快になったりする。ファンタジーの中のまったく架空の妖精みたいなキャラならまだ目を瞑れても、駅員の制服・制帽というアイテムが自分と地続きの「現実の女」感を醸し出す。

従って、「女の体をエロいものとして描いていて不快」vs「自分が不快なものだからなくせというのは暴論。エロは全部ダメというのか?」という対立は、本質的ではない。それは上辺の議論だ。

エロの抑圧、萌えへの侮蔑。「駅乃みちか」への乱暴な批判は、「女性の身体はエロく卑猥なので、表現として不適切、表現すべきでない」につながると題された柴田英里氏のテキストも、その対立点に絞って性急に論を進めているように感じる。見かけはエロが争点だったとしても(またおたく差別や表現規制的言説があったとしても)、一つのイメージへの抵抗感、忌避感の内実をもう少し想像的、分析的に論じてもいいし、その上で、表現規制反対を言うこともできるのではないかと思う。

因に、そこで主張されているように「ゾーニングされているから問題ない」とすると、あるイメージに対し反感や批判の出てくる原因について突っ込んで考えることができなくなるので、ここではしない。

もしピーチ・ジョンのモデルが皆、あの「駅乃みちか」萌えキャラバージョンのポーズと表情をしていたら、「気持ち悪い」という声が女性たちから上がっただろう。

露出度が高かったり、胸や股間や臀部などを強調してたり、ポーズにエロ要素が盛り込まれていても、自らが積極的に選択しているように見え、自信をもってアピールしている感じの絵であれば(そしてその外見がキャラに与えられた役割を大きく逸脱していなければ)、ここまでの反感は招かないのではないかと思う。

もっともあの絵を描いたイラストレーターは、特別エロい感じにしてやろうと思ったのではなく、「女の子を描くなら性的箇所を服の上からわかりやすく強調するのが、萌え絵の基本的な作法」ということで描いたのだろうし、困ったような上気した顔も、萌え絵の定番なのかもしれない。

そういう「お約束」が、その外の世界にいる人には時として異様なものに見えることについて、萌え絵を愛する人々がどこまで自覚的なのだろうか?と思うことはある。いや、萌え絵を愛する人々というより、萌え絵を使用しようとする自治体や企業というべきか。

大昔から、ありとあらゆる女のイメージが描かれ作られてきた。そういうものの一部は博物館や美術館にあり、ジェンダー論的観点からも批評されている。萌え絵も21世紀初めの日本で盛んになりさまざまな議論を呼んだとして、いつかその中に入るかもしれない。

いくら「そういうイメージで女を描かれたくない。そういう視線で女を見ないでくれ」と言っても、こういった欲望の視線がすっかりなくなることは、この先もないだろう。仮に規制をしても、それはまたかたちを変えて必ず現れてくるだろう。女の表象は、さまざまなかたちで尽きることなく現れる。そしてその都度、「不快だ」「直してほしい」という声も上がる。

私個人は、「駅乃みちか」萌えキャラバージョンも、ピーチ・ジョンの広告も好きではない。だから「不快だ」という声には共感するところはある。しかし一方で、「御しやすそうなエロ可愛い困った女の子」のイメージも、「強気で自信満々なエロ要素全開の女」のイメージも、”不快だが”ファンタジーとして同じようにありだと思う。

それは「表現の自由」があるからではない。(「女」への)欲望とはそういうものだと思うからだ。

(余談だが、よく行くレンタル屋さんのレジの内側に「変態仮面」(あのパンツ被ったやつ)の等身大の立て看があって、レジに行く度、ちょうどモッコリした股間が視界の中央近くに入ってきて何だかつらい。女性の胸や股間が不自然に強調されているのを見るのとは別の厭さがある。何か威嚇されているような気分になる。私だけだろうか。男の人は別に何とも思わないのだろうか。鈴木亮平はわりかし好きな俳優だし、映画はもしかして面白いのかな?と思うけど、いつまであのモッコリと向き合わねばならないのかと思うと、その店に行くのがちょっと憂鬱)

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