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知らぬ間に奴隷人生「心が支配される」プロセス図解【職場編】

南雲つぐみ=構成 村上庄吾=撮影

強いマインドコントロールや暴力的な手段による意図的な支配だけでなく、ごく普通の社会生活の中でいつの間にか、誰か、あるいは何らかのルールに支配されていることがある。その支配が習慣化すれば、奴隷人生になることもあるのだ。 職場や家庭という日常に潜む支配の怖さ。支配されてしまう人はどういう思考回路なのか、支配されない人との違いはどこにあるのか。心理学と精神医学の立場から、和田秀樹医師に話を聞いた。

私が休んだら仕事が回らない!

 働く人のメンタルヘルスにかかわっていると「自分が休んだら仕事が回らない」あるいは「休んだら周囲に迷惑をかける」という思い込みの強い人に対して、どう説得するかに頭を悩ませることがある。どれだけ疲労し自分の体が悲鳴をあげていても、なかなか休むことに納得できないのだ。月100時間を超える残業と過酷なノルマで、自殺するケースも多い。

 「自分がいなければ仕事が回っていかない」「休んで周囲に迷惑をかけてはいけない」という感覚は、一見すると美徳であり、やりがいの追求のようにも見える。しかしこれは心理学的にはネガティブな要素を孕んでいる。というのは、「あなたがいなくてもやれる」という状況は、自分の認知に対して非常に不協和を起こすのだ。この「認知的不協和」を生じさせたくないという心理が、あえて奴隷状態へと駆り立ててしまうのである。

 律儀で生真面目、ノーと言えない人ほどこの葛藤は起こりやすい。そして、上に支配され、無茶な働きぶりを強いられやすい。こういうタイプの人がブラックな会社に就職してしまうと、まさに職場の奴隷となって身も心もぼろぼろになり、過労死を招くことにもなりかねないのだ。休暇をとらせない、サービス残業などの悪質な労働環境は、もちろん企業の問題であって責任を追及する必要があるし、労働環境の改善を求めていかなければいけない。

 ただ、働き手の側も考え方を見なおすことはできるだろう。「自分がいなければ回っていかない」は、どんな場合でも誤った信念なのだ。誰にでも病気にかかるリスクはあるし、そのために休める環境でなくてはいけない。本当に職場になくてはならない人ならば、自分がいなくても回るような職場をつくっていくことができるのではないだろうか。

老舗企業・東芝のエリートでさえも

 このようなことは、一部のブラック企業に限られたことではない。「支配される」というと恐ろしい非日常的なことのようだが、実はわりとたやすく起こっていることだともいえる。

 たとえば、今年発覚した東芝の不正会計問題もそうだ。「チャレンジ」という名の下に利益の水増しが求められ、そのノルマは「3日で120億円つくれ」という途方もない数字だった。

 歴史と伝統のある老舗企業に勤めるエリートたちが、経営者を含め、なぜこのような不正に手を染めてしまったのか。心情はさまざまでも、彼らに共通することは「こうするしかない」と思い込まされる「認知のゆがみ」が生じているということなのだ。

 「認知」とは「ものの見方」や「考え方」のことで、これは心の問題やコミュニケーションにとても大きな影響を及ぼす。特に、形式や秩序にとらわれやすい、頑固、完全主義的などの傾向が強いとき、人は物事にのめり込みやすく、心に余裕がなくなりがちだ。すると、考え方の幅が狭くなるために、ほかの可能性が考えられなくなってしまう。

 こうした傾向を、心理学では心理的視野狭窄ともいう。「この道しかない」「ほかに方法がない」と視野が狭くなり、心に余裕がなくなってほかからの支配を受けやすい。振り込め詐欺や悪質商法などにもひっかかりやすい状況だといえる。

 「この道しかない」は、自民党安倍政権のキャッチフレーズでもあるが、実に危険を孕んだメッセージだ。

 うまくいっているときはいい。しかし、物事がうまくいかなくなったときに「この道しかない」と思ってしまう人は、結局そこで人生が破滅してしまったり、心の病に陥ったり、あるいは、自分の言葉に縛られるという自縄自縛の奴隷状態が起こってしまう。

 つまり、企業の不祥事の場合には、社員が奴隷状態になっているだけでなく、同時に上司や経営者が「この道しかない」というゆがんだ認知の奴隷になっているのだ。

 従来の日本型経営からアメリカ型の株主重視経営への移行で、企業はどこも長期的な利益が考えにくくなった。経営者は会社のブランドイメージよりも目先の利益を挙げることを優先し、社員は終身雇用ではないので、会社の存亡よりも今現在の昇給やクビにならないかを心配する。即物的で、短期決戦型。すべての人たちが近視眼的になっていて、騙されやすい時代なのだと思う。

日本人特有の支配されやすい気質

 それに加えて、日本人特有のもともとの気質も危険を孕んでいる。素直で人を疑わない、忠誠心が高い、初志貫徹などは、日本では好ましい特質とされることが多い。しかしこのどれもが、裏を返せば支配されやすい人の傾向にもなってくる。なかでも、物事を疑う能力が欠けている人は要注意。というのは、どんな話に対しても「その話は本当か」「(本当だとしたら)その方法論はふさわしいか」「正解は1つではなく、ほかにもあるはず」と多段階で疑ってかかることが、支配されない思考のコツになるからだ。

 ところが、日本ではまず教育の中で疑うことを教えない。教科書に書いてあることは全部本当だとし、それをまるごと記憶すればいいという授業が成り立っている。本来ならば、歴史教育などはできごとに対していくつもの解釈があるもので正解はひとつではない。南京大虐殺であろうが従軍慰安婦であろうが、まずは「やったかもしれないし、やっていないかもしれない」と考えるスタンスが、認知的には成熟度が高いのである。

 特に大学教育では、そういったいくつかの解釈をさまざまな角度から検討しディスカッションを行うという授業があるべきだと思うがなかなか行われていない。ほとんどの学部で自説に拘泥する研究者が教授という権威となり、学生はその自説を刷り込まれているにすぎない。

 すると社会に出ても、上司の話、社長の訓話、経済評論家のコメント、テレビのニュース番組の解説、コマーシャリズムなどを疑いもなく素直に信じるくせがついている。特に権威のある人の話はたやすく信じてしまい、「かくあるべき」「この道しかない」という思考の奴隷となってしまうのだ。

 認知的に成熟度が高い反応とは、もっともな学説を聞かされたときに、「本当にそうなの?」「ほかの説があるのではないか?」と自問できることだ。その発想があってこそ、より検証材料を得るためにたくさんの情報を集めようと工夫する。それが、何者にも支配されず、常にニュートラルな思考でほかの方法を試すことへと繋がっていくのだ。

トラブル頻発の思考パターンとは

 「この道しかない」という認知のゆがみのほかに、「かくあるべし」という思考が強い人も危険だ。自分の中に、働き方や人生観などの確たる道徳観がなく、「かくあるべし」という「べき論」に沿った仕事をしていると、その環境下でのルールに適応しすぎてしまう。

 つまり、本来誰でもが、お金を稼ぎ豊かな生活を送るために働いている。ところが、入った職場には「赤字を出したらその人の責任」「ノルマをこなさなければ会社に迷惑がかかる」といった無茶なルールが横行していたとしよう。

 「かくあるべし」という思考が強い人は、そういうきついルールの中にたやすく組み込まれ、それに支配されて自分の当たり前の労働者としての権利だとか当たり前の道徳観念のほうが崩れてしまう傾向があるのだ。

 その結果、売れ残り商品を自分で買わされたりして割が合わない状態になっているのに、仕事を続けるためにはしかたがない、そうすべきなのだという意識になってしまうのである。

 「かくあるべし」も、認知のゆがみから引き起こされる誤った思考の1つである。今、心理学では世界のトレンドになっている認知行動療法で「自動思考」と呼ばれているものだ。

 このほか、「二分割思考(すべて白か黒か、0か100かで極端にわけようとする)」「悲観的思考(どうせこの先もうまくいくはずがない)」「ラベリング(自分や身近な人にネガティブな偏見を持つ)」「過小評価(うまくいかないことばかりに注目し、成功したことは忘れている)」などがある。

 人の支配を受けやすかったり、対人関係のトラブルに巻き込まれるという人は、このような思考に陥りがちだ。これらのよくない思考パターンを知って、自分の持っている認知のゆがみに気づくだけでも、自分から支配の罠にはまっていくのを避けるのには役立つ。

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これが心が支配されるプロセスだ!

「職場で支配されやすい人」チェックシート

 A=はい B=どちらともいえない C=いいえ

・「君しかいない」と頼りにされることが多い……A□ B□ C□
・1人では行動は起こさない……A□ B□ C□
・周囲の人に迷惑をかけてはいけない……A□ B□ C□
・意見が食い違うと、自分が間違っているのではないかと省みる……A□ B□ C□
・空気の読めない人間にはなりたくない……A□ B□ C□
・聞かれたことにはその場で回答すべきだ……A□ B□ C□
・名言集や著名人の座右の銘などは人生の指針である……A□ B□ C□
・今職場から自分がいなくなったら仕事が回らない……A□ B□ C□
・「冗談が通じないやつだ」と言われたことがある……A□ B□ C□
・一度決めたことはやりぬくべきだ……A□ B□ C□
・テレビの通販番組などの「今だけ!」「限定80台」のうたい文句に弱い……A□ B□ C□
・気兼ねなく愚痴をこぼしたりしない……A□ B□ C□
・過去の失敗を常に意識している……A□ B□ C□
・権利を主張する前に義務を果たすべきだ……A□ B□ C□
・順番を守らなかったり、列を乱したりするのはよくないことだ……A□ B□ C□

 【判定】A=5点 B=3点 C=1点
25点以下の人は問題なし
26~49点の人は危険性ややあり
50点以上の人は危険性が高い

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和田秀樹
国際医療福祉大学大学院教授。1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒。精神科専門医、臨床心理士。専門は老年精神医学、精神分析学。

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