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今後の教育の現場ではICTの導入がカギになる。授業を教員の力量の限界から解き放つ工夫が必要 第25回(後編) 藤原和博氏

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日本のゆとり教育は間違ってはいなかった

みんなの介護

みんなの介護 人間の役割がどこにあるか、と考えると、人との関わりによって生まれるところにあるのかもしれないですね。人工知能にはできないことばかりです。

藤原 あとは、教室運営やいじめの対処といったことは最後まで残るでしょうね。異質な他者が集まる限りは、そういう教室運営が上手な先生も必要だと思う。教育をどれだけスマホで開いても、そこは残るんじゃあないかな。

ゆとり教育はダメだっていうことになって悪く言われがちだけれど、ちょっと違うんだな。たしかに若者世代は揉まれていないという面もありました。でもそれは、ゆとり教育が悪いというより、社会全体が子どもたちを揉んで大人にしようとしていないだけ。

まず、少子化と核家族化が同時に起こって家族の中で揉まれることが減ります。ほぼ同時に地域社会も後退していったから地域でも昔のように揉まれない。さらに少子化が進んで学校でもクラスが減っていく。すべてに手をかけて育てる予定調和の世界になってしまったんです。それで揉まれるわけがない。ゆとり教育が悪かったわけではないと思います。

みんなの介護 日本の社会はまだ多様性を認めるところまではいっていないと思います。だからGoogleやAppleのような企業が生まれないんでしょうか?

藤原 もちろん、そういうことはあると思いますが、結局は中編「バブル崩壊以降の社会では正解がなくなっていくのに、まだ、正解を当てるのが得意な情報処理力の高い子を増産している」でも言ったように、日本の社会では、情報処理力対情報編集力で目指す割合は7対3でいい。それを3対7にする必要はないんじゃないかと思うのです。つまり、クリエイティブな要素が増えると面白い社会になるかというと、そういう面もあるとは思うけれど、無茶苦茶な社会になる可能性もあるわけ。日本の場合は正解主義教育が過度に行われて、情報処理力が高い人材が多数生み出されたからこそ、秒単位で新幹線の運行が管理できているわけですよ。フランスやイタリアでは考えられない。

例えば、人と会うときに「来週金曜日の夜7時に近鉄奈良駅の噴水の前で会いましょう」と約束したとします。そのときに、ほとんどの人が来てくれると信じられるような、安心できる社会というのは、正解主義教育のおかげだと思うんです。レストランでも、頼んだものが正確に出てくるし。レストランに入ったとき、頼んだもの以外が出てくるような、予測できないようなハラハラする展開って、緊張感が高すぎるでしょ(笑)。だから、7割ぐらいのことは、考えなくても正しく行われてほしいと思う。そういう意味で、これまでの教育は間違っていなかった、と。

いつの時代でも、天才というのは学校教育の中では育たないんです。天才を学校教育の中で育てようとするのは愚の骨頂です。天才というのは外で勝手に育つものなんです。アウトサイダーとして。アメリカのハーバード大学には東大より難しい試験を受けて入るものだと勘違いしてしまうのは無理ないけれど、そうではなくて、アメリカ社会にはそういう天才を大学に招くシステムがあるんです。

奈良と言えば「大仏」「鹿」「一条高校」の3つが基本。一条高校への教育視察はこれからさかんになる

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藤原 私が同意できないのは「日本の教育は管理教育ですね。もっとクリエイティブなものに変えるべきです」なんてロマンチックなことを言う教育評論家。現場を知らないから、こういう単純なことが言えるんだと思います。

これからは、授業を教員の力量の限界から解き放つ工夫が必要でしょうね。それと同時に、教員の事務負担を軽減しなければならない。そのためには、ICTの導入が鍵になります。明治以来140年、一斉型の授業では、教員がすべて正解を知っているという必要性があったけれど、もはや教員ですら正解を知らないという世の中になっている。知らないものは一緒にタブレットやスマホで調べましょうとするなら、いいと思うんです。

中編「バブル崩壊以降の社会では正解がなくなっていくのに、まだ、正解を当てるのが得意な情報処理力の高い子を増産している」で例を出した「安楽死の是非」だって、そんなのは私も含めて教員が正解を知っているわけないんだから。そういう中でディベートをするときは、教員の知識の限界から生徒たちを解き放たなければいけない。

みんなの介護 知識の限界から解き放たれる…ですか。学校の先生が“知らないこと”でも生徒が知っている、なんていうことはこれから増えていくんでしょうね。

藤原 スマホを授業でも持たせれば、世の中の方にある知識の世界に出ていけるわけなので。ただ、単に自由に使っていいとなると学校が荒れてしまうので、生徒指導の先生たちの知恵で検討してもらって、教員の指導下であれば、学校でスマホをWi-Fiにつなげて勉強するのはOKにしています。例えば、リクルートのスタディサプリも入れているので、それをやってもいい。授業中にググってもいいし、前述した「C-Learning」機能で意見を取るアンケート機能も使います。

日本の教育全体が達成してきたこと、あるいは学校や先生のあり方は間違っていなかったと言っていいと思います。今は移行期にあるけれど、保守的な先生もそれはわかっている。わかってはいるけれども“ゆとり教育批判”で教科書が3割増えてしまって、教えなければいけない知識がまた増えたのも事実。でも、結局1割も授業時間が増えなかったから、すごく忙しくなってしまったんですね。要するに、詰め込み教育に戻ってしまったということ。だから、これを21世紀型に戻すには慎重にやる必要がある。

でも、なんとかなるんじゃないかと思いますよ。生徒個人のスマホを授業で使うというのは、一条高校が世界で初めてなんです。すでにフランスからの視察が来ているし、来年になれば海外からの視察も、もっと増えるんじゃあないかな。奈良の観光は、大仏、鹿、一条高校の3つが基本。一条高校の教育視察を打ち出していきます。

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