- 2016年10月17日 18:07
マルコス目指すドゥテルテ氏?フィリピン大統領の反米発言の裏を読み解く - 野嶋 剛
フィリピンには、世界の記憶に残る指導者がよく現れる。個性あふれる歴代の大統領のなかでも、マルコス元大統領は、靴のコレクションで有名になったイメルダ夫人(現下院議員)とあわせて、ひときわ抜きん出た存在だ。現在、暴言を吐きまくって世界を震撼させているドゥテルテ大統領の言動を丁寧に追ってみると、マルコス元大統領との意外なほどの近さが浮かび上がってくる。
超法規的に進める麻薬犯罪者の殺害問題や、米国のオバマ大統領に対する暴言などが注目されるドゥテルテ大統領に対して、国際社会の論調は厳しくなる一方だが、対照的にフィリピン国内の支持率はいまなお80%を維持していることに現れているように、いまだハネムーン期が終わる気配はない。彼のハチャメチャぶりが強調されるが、何と言ってもドゥテルテ大統領は南部の地盤であるダバオ市政を20年間以上にわたって牛耳ってきた人物である。
カギとなる「マルコス」との関係
地方政治家の経験しかないとはいえ、豊富な政治の経験とスキルを有する強者であることは間違いない、単なる反米主義者の狂人として軽視することは禁物で、ドゥテルテ氏なりの政治的計算はきっちりと読み解いておくべきである。その中でもカギとなるのは「マルコス」との関係ではないかと考えられる。
いまのドゥテルテが展開する中ロへの接近と対米関係の再調整を含めた対外政策は、1970年代のマルコスが行った「全方位外交」を想起させる部分があると指摘するのは、日本のフィリピン政治研究者である高木佑輔・政策研究大学院大学准教授だ。
「マルコス大統領は親米政治家のイメージが強いですが、それは1980年代のレーガン米大統領と急接近してからのことで、1970年代は中華人民共和国と国交を結び、イメルダ夫人を親善大使のような形で、ソ連や中国、リビアなどにも訪問させる全方位外交を展開していました。また、ドゥテルテ氏の国内のマルコス勢力との関係の深さは大統領選挙前から盛んに指摘されていましたが、副大統領選挙で惜敗したマルコス大統領の息子、フェルディナンド・マルコスを、選挙後一年は落選候補を重要閣僚に起用できないという規定があるので来年になりますが、いずれ有力閣僚に起用するという憶測も流れています」
高木氏によれば、マルコスの対中接近には、1970年代から毛沢東主義を掲げるフィリピン共産党と新人民軍にパイプのあった中国共産党を取り込もうという狙いもあったようだ。現在の新人民軍を中国は支援していないが、いまなお毛沢東主義を掲げる新人民軍に対して、ちょうどオスロで和平交渉も行われているタイミングでもあり、対中接近のメッセージを送るという意味が込められていた可能性もある。
もちろん、南シナ海問題で米国と一線を画したアプローチを取ろうとしているのは、中国から経済援助や投資を引き出し、好景気が続くフィリピン経済のなかでも比較的出遅れている南部など地方活性化に役立てたいという思惑も当然あるだろう。
ドゥテルテ大統領の本拠は南部のダバオではあるが、そもそもの生まれはレイテ島で、レイテ島はイメルダ夫人一族の影響力が強い地域である。そして、ドゥテルテ大統領の父親はマルコス時代の閣僚でもあった。
マルコス大統領の遺体問題
そんなドゥテルテ・マルコス関係の近さを感じさせる問題が現在進行形で起きている。それは、マルコス大統領の遺体の埋葬問題である。ドゥテルテ大統領はかねてから「マルコスは最高の大統領だった」と語っているなど、マルコス元大統領への敬愛を隠してこなかった。そこには、なおフィリピンで隠然たる勢力を持つマルコス勢力を取り込む思惑もあるはずである。
ドゥテルテ大統領は今年のマルコスの命日に、その遺体を、独立戦争で犠牲になるなど国家に貢献した人々をまつっているマニラ郊外の英雄墓地に移設する考えを明らかにした。現在、マルコスの遺体はルソン島北部の北イロコスにあるマルコス記念博物館にある特設霊廟に冷凍保存されている。マルコス一族や地元の支持者は英雄墓地への移設を願っているが、マルコスの歴史的評価をめぐってはフィリピン内部でも考え方が二分されており、死後27年経ても英雄墓地への移設ができるかどうか結論が出ていない。
ドゥテルテ大統領が打ち出した移設方針に対して、マニラでは「マルコスは英雄ではない」と主張する人々が街頭デモを行うなど、フィリピン各地で反発は広がっている。一度は9月18日の移設が決まったが、その後、反対側の差し止め提訴を受けて最高裁の判断で10月18日までの移設凍結が決まった。その期限も近づいてくるなかで、ドゥテルテ大統領がどのような決断を行うかはまだ分からないが、もし移設を強行した場合、ドゥテルテ大統領のマルコスへの心情のありようがいっそう明確にされる形になるだろう。
歴代のフィリピン大統領は、ピープルパワーによる1986年のエドサ革命以来、アキノ一族に代表される洗練された親米エリートの主導で行われてきた。今年5月の大統領選でドゥテルテ大統領が戦ったのはロハス氏やポー氏らいずれもマニラのエリートである。地方出身で家父長的な「鉄拳」を売り物に彼らを打ち倒したドゥテルテ大統領にとって、統治のモデルにできるのは、同じ地方出身で「強い男」を売り物に一世を風靡したマルコス元大統領なのであろう。今後、ドゥテルテ大統領の「マルコス化」がどこまで進むかは注目に値しそうだ。
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