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- 2011年08月01日 20:48
「満州開拓団」慰霊碑建設に伴う問題
自民党の佐藤正久参議院議員等が韓国金浦空港で入国拒否された事件を見るといろいろ難しいものだなと思いますが、ハングルも読めず韓国でどのように報道されているか知ることもできません。また、韓国人が実際どのような考え、どのような思考パターンを持っているかもよく知らないので、あまり考察することもできません。
従って韓国ネタではなく、今日はいつも通りの中国ネタで似たようにいろいろ難しいものだなと感じた記事を紹介させていただきます。『新華網』に掲載されていた「鄢龙江方正县为日本“满洲开拓团”逝者立碑」(黒竜江省方正県が日本の”満州開拓団”の死亡者のために碑を建設)という記事です。
この標題を見てもわかるとおり、基本的には、戦前「満州」に開拓団として渡ったものの、戦後の混乱期に現地で亡くなった方々の慰霊碑が建設されたというだけのことです。しかし、これを報じているのが天下の『新華網』なので、当然片田舎に単に建設されたという事象だけをもって記事にしたわけではありません。
実はこの記事は前段があり、ある方がマイクロブログで「黒竜江省方正県は日本からの投資を呼び込むため、70万元もの金をかけて、中国を侵略した日本軍人のために碑を建設した。」と書き込んだことから、瞬く間に話題になりました。
7月30日に書き込まれて、翌31日の午後4時には既に8万1千回も転送され、書かれたコメントは1.8万件にものぼるということですから、かなり関心が高かったことが伺えます。なお、書かれたコントは「尊厳を棄てたのか」という感じのものが列んでいたことはいうまでもないかと思います。
これだけ話題になったので、真相は如何にということで、記者が現地に取材に行ったというのがこの記事です。結論からいうと、マイクロブログに書き込まれたのは誤解で、経済的利益のために建設されたものもなければ、旧日本軍人の慰霊碑ではなく”満州開拓団”及び中国残留孤児を育ててくれた中国人養父母の慰霊碑だったことがわかったというものです。
記事によると、日本がポツダム宣言を受諾した後、帰国の途につくため1.5万人の方がこの方正県に来たとあります。しかし、長期の移動による疲労や、伝染病の流行のため5千人の方が亡くなったそうです。もともとそうして亡くなられた方を埋葬した場所で、そこに今回、慰霊碑が建設されたというものでした。
その中には親を亡くされた方もおり、そうした孤児を引き取って養った中国人もいるわけで、そうした行いを尊び、となりに養父母の碑も建設されたそうです。
つまりこれは旧日本軍人のためのものではなく、前提からして違っていたというわけです。何がどう違い、どうしてこれだと問題にならないのかと思う方もいるかもしれませんので少し解説をさせていただきます。中国では、第二次世界大戦時に中国に侵略したのは日本の一部の軍国主義者(及び軍人)であり、大多数の日本国民は彼らに騙された被害者であるという理論構成をとっております。
従って、この記事でも日本人がこの地を訪問することによって、日本人は侵略者だけれども被害者であることを知ってもらいたい、という意見を紹介しております。そのためこうした被害者でもある開拓民のために慰霊碑を建設するのであれば問題はありませんが、侵略してきた日本軍のために碑を建設したというのであれば、全く意味が異なってくるわけです。ちなみにこの典型的な例が靖国神社となります。
ただ、頭でわかっていても、なかなか割り切れないのはどこの国でも一緒で、日本というだけでいろいろネガティブな意味にとられたり、デモの対象とされたのは記憶に新しいところかと思います。実際、最初にマイクロブログに書き込んだ方もそういう思いがあったから、感情的になってしまい、ロクに調べもせずに書き込んでしまったという面もあるかではないでしょうか。
実際、ブログなどを見ると、開拓団だとしても被害者が強盗のために碑を建てるだろうか、ユダヤ人がナチのために碑を建てるだろうかという意見を述べ、批判しているものなどもあります(http://bbs.tiexue.net/post_5228282_1.html)。
おそらく、この記事は少なくともマイクロブログにより広がった誤解を解消するために書かれた記事かと思います。確かにこの広がりを見ると、下手に放置しておくと日本に対する悪感情が生まれかねない面もありました。だからこそわざわざ『新華網』での報道となったのかと考えます。
従って韓国ネタではなく、今日はいつも通りの中国ネタで似たようにいろいろ難しいものだなと感じた記事を紹介させていただきます。『新華網』に掲載されていた「鄢龙江方正县为日本“满洲开拓团”逝者立碑」(黒竜江省方正県が日本の”満州開拓団”の死亡者のために碑を建設)という記事です。
この標題を見てもわかるとおり、基本的には、戦前「満州」に開拓団として渡ったものの、戦後の混乱期に現地で亡くなった方々の慰霊碑が建設されたというだけのことです。しかし、これを報じているのが天下の『新華網』なので、当然片田舎に単に建設されたという事象だけをもって記事にしたわけではありません。
実はこの記事は前段があり、ある方がマイクロブログで「黒竜江省方正県は日本からの投資を呼び込むため、70万元もの金をかけて、中国を侵略した日本軍人のために碑を建設した。」と書き込んだことから、瞬く間に話題になりました。
7月30日に書き込まれて、翌31日の午後4時には既に8万1千回も転送され、書かれたコメントは1.8万件にものぼるということですから、かなり関心が高かったことが伺えます。なお、書かれたコントは「尊厳を棄てたのか」という感じのものが列んでいたことはいうまでもないかと思います。
これだけ話題になったので、真相は如何にということで、記者が現地に取材に行ったというのがこの記事です。結論からいうと、マイクロブログに書き込まれたのは誤解で、経済的利益のために建設されたものもなければ、旧日本軍人の慰霊碑ではなく”満州開拓団”及び中国残留孤児を育ててくれた中国人養父母の慰霊碑だったことがわかったというものです。
記事によると、日本がポツダム宣言を受諾した後、帰国の途につくため1.5万人の方がこの方正県に来たとあります。しかし、長期の移動による疲労や、伝染病の流行のため5千人の方が亡くなったそうです。もともとそうして亡くなられた方を埋葬した場所で、そこに今回、慰霊碑が建設されたというものでした。
その中には親を亡くされた方もおり、そうした孤児を引き取って養った中国人もいるわけで、そうした行いを尊び、となりに養父母の碑も建設されたそうです。
つまりこれは旧日本軍人のためのものではなく、前提からして違っていたというわけです。何がどう違い、どうしてこれだと問題にならないのかと思う方もいるかもしれませんので少し解説をさせていただきます。中国では、第二次世界大戦時に中国に侵略したのは日本の一部の軍国主義者(及び軍人)であり、大多数の日本国民は彼らに騙された被害者であるという理論構成をとっております。
従って、この記事でも日本人がこの地を訪問することによって、日本人は侵略者だけれども被害者であることを知ってもらいたい、という意見を紹介しております。そのためこうした被害者でもある開拓民のために慰霊碑を建設するのであれば問題はありませんが、侵略してきた日本軍のために碑を建設したというのであれば、全く意味が異なってくるわけです。ちなみにこの典型的な例が靖国神社となります。
ただ、頭でわかっていても、なかなか割り切れないのはどこの国でも一緒で、日本というだけでいろいろネガティブな意味にとられたり、デモの対象とされたのは記憶に新しいところかと思います。実際、最初にマイクロブログに書き込んだ方もそういう思いがあったから、感情的になってしまい、ロクに調べもせずに書き込んでしまったという面もあるかではないでしょうか。
実際、ブログなどを見ると、開拓団だとしても被害者が強盗のために碑を建てるだろうか、ユダヤ人がナチのために碑を建てるだろうかという意見を述べ、批判しているものなどもあります(http://bbs.tiexue.net/post_5228282_1.html)。
おそらく、この記事は少なくともマイクロブログにより広がった誤解を解消するために書かれた記事かと思います。確かにこの広がりを見ると、下手に放置しておくと日本に対する悪感情が生まれかねない面もありました。だからこそわざわざ『新華網』での報道となったのかと考えます。



